テラーノベル
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⚠注意
•潔カイ左右相手固定
•BM所属if
•設定・関係性などに独自の解釈を含みます
•潔カイですが恋愛要素は薄め
•ネスも登場しますが、恋愛描写はありません(友情です)
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日本式の朝食には未だに慣れなかった。
温められた、栄養と彩りが考えられた朝食。朝っぱらから、当たり前のように与えられる「幸福」が、どうにも居心地を悪くさせた。
食卓につく。ひんやりとした空気のダイニングルームには、食欲を刺激するいい匂いで満ちていた。カーテンのすき間から朝日が差し込んで、テーブルに線を引く。花瓶に生けられたガーベラが春を伝える。
向かいに座る人物は、何でもない、みたいな顔をして朝食に口をつけた。
潔がカイザーの家に入り浸るようになったことには、何ら深い意味合いやドラマチックな物語があった訳では無い。
たまたまカイザーが飲み会の帰りにベロベロに酔った潔の世話を押し付けられたためである。家の方向が一緒だったとか。カイザーからしてみればクソほどどうでもいい理由でお荷物クンを押し付けられていい迷惑である。大して飲めもしないのに周りに流されて、結果的に飲み過ぎるとかガキかよ。1ミリも同情できないな。
タクシーに仲良く押し込められたはいいものの、ベロベロに酔った潔が自分の住所を言えるはずもなく、仕方なく、本当に仕方なく自宅に招いたのだ。もちろんソファに転がしておいた。床でないだけ感謝してほしい。
翌朝すべてを理解した潔は律儀に感謝を述べてきたのでカイザーは丁寧にこき下ろした。自分で飲む量も調整できないガキをこれ以上任されたくなかったからだ。
……それが何を思ったのか、潔は純に自分を心配しての言葉だと思ったらしい。なんと後日手みやげ片手にカイザー宅へ訪ねてきたのだ。自宅住所を知られたのが運の尽き。
追い返してもまた来るからなー!の一点張り。そして本当にまた来る。恐怖。どれだけきつく言っても意見を頑なに聞き入れないのですっぱり諦めたほうが早かった。なぜこんなやつばかり寄ってくるのだろうか。(……いや、最初にちょっかいをかけたのは全部カイザーの方だ)
手みやげ片手に何度も訪ねてくるうちに敷居が下がりに下がって今に至る、と言うわけだ。最近は練習帰りにそのままカイザー宅に直行することも増えた。
だがしかし、半同棲以下。ほとんど潔のためのものはなく、かろうじて存在する領域の大半はキッチンの戸棚や冷蔵庫が占めている。
曰く、「ドイツの食生活は無理」とのことだ。この食いしん坊わんぱくヤーパンガキは朝から晩まで3食きっちりがっつり食べないとすまないらしい。ちなみにこれ、潔としてはカイザー宅の無駄に広々としていてきれいなキッチンを好き勝手に使いたいという下心もあった。(使っていないからきれいなのだが )
最初は帰れば?としか思っていなかった。が、モニターを眺めてサッカー談義に花咲かせているうちに食事時をとっくに過ぎていることも多々あって。そんな時に潔は自分が食事作りを買って出るためカイザーは潔をハウスキーパーよろしく扱うことに決めたのだ。
―カイザーは自炊が苦手だった。そもそもあんな家庭環境に自炊という概念は存在しなかった。父親はもっぱらジャンキーなものばかり食べていたし、カイザーもそのまま食べられるものばかりを盗んで口にしていた。当然料理という概念は存在しない。そんなものだから、料理というものにはあまり興味はなくて。アスリートとして必要最低限、不摂生にならないようにとだけ考えていた。
美味しいものを食べたいとはかねがね思っていた。が、幼少期にまともなものを食べてなかったせいか見事なバカ舌になっていた。そんな自分にしてみれば、世の中たいていのものは美味く感じる。
潔の料理は自炊にしてみればそれなりに良いものだとは思う。人の手料理なんて食べたことないから分からないけど。家にあげるだけでその見返りにそれなりに満足感のある食事がでてくる。こんないいことはないな、と現状に甘んじていた。
……そんなふうに楽観的なのは最初のうちだけだった。潔がカイザーの味の好みを考えて料理をするようになってから、なんとなく感じるようになったのだ。肌がゾワゾワするような居心地の悪さ。今すぐ目の前の食事をひっくり返して席を立ちたい。そんな感覚に襲われるようになった。
とくに朝。これは頻度が少ない分ダメージが大きかった。夜遅くまで話し込んで、明日休みだし泊まってもいいか?なんて言われるともう翌朝が思いやられるのだ。
ボサボサの頭をそのままにリビングへ向かえば、キッチンを我が物顔で占領している、エプロンを付けた男がそこにいる。グツグツ煮え立つ味噌汁をお玉でかき混ぜながら、今日も遅かったな〜なんて笑っていた。
食卓にはすでに食事が並んでいる。もそもそと定位置に座れば、よそった味噌汁碗を熱いぞの文言とともに横からそっと差し出してきた。エプロンを外しながらどかっと向かいに座った潔は「いただきます」と手を合わせた後、朝ごはんを食べ始めた。
つられて味噌汁碗を手に取ればじんわりと温もりが伝わってきた。わかめとじゃがいもの入った味噌汁。ずずっと一口。塩ジャケと白米、小鉢が少し。あまりにも「正しい」食卓。自身のために用意されたそれらを、やっぱり好きにはなれなかった。とっくに使い慣れた箸でひょいひょいと口に入れていくと、
「美味しい?」
と聞かれる。カイザーはそう尋ねる潔の顔を見れたことはない。食事から目を逸らさず、
「まぁ、」
と曖昧に返事をするだけだった。潔はそのつまらない返答にはなんにも文句を言わなくて、それがよりカイザーの居心地を悪くさせた。
衝動に身を任せ、卓の皿を全部ひっくり返してやろうかとも思った。何度も。そうしてどれだけ潔がお人好しのクソバカであるかを証明して。そうやってヘラヘラしながら与えているものの全てが不要で迷惑だと突きつけたいと考えて。
結論から言うとそんなことはできなかった。潔世一という男は底抜けにお人好しだった。人からむけられる悪意なんて無縁ですと言わんばかりの男だ。カイザーは悪辣な性格最悪野郎ではあるが、それでも根っこはマトモだ。
想像する。手塩にかけて作った料理をひっくり返されて、今までの時間のすべてが無意味だと知ったときの潔が、どんな顔をするのか。傷ついた顔はするのか。やはり、激昂しそうな気もする。人間関係カスのカイザーには想像力の限界であり、どんな反応があるのかなんて正味分からなかったが。たった一欠片でも、潔が深く悲しんで、それで困ったように笑って、食卓を片付けて。そんなことがもし起きるなら。
それは、居心地が悪いことよりももっと悪い事のように思えた。
「最近のカイザーって、なんだか落ち着いてるよね」
分厚い雲がどんより空を覆っていた憂うつな午後。ローゼ通り。焼きたてふわふわの塩パンを前にして。聞き慣れた声は心地が良かったが、それでいて背中の真ん中あたりがぞわぞわした。
チームの主力格となった後でもやることは変わらない。作って、壊して、その繰り返し。あいも変わらず泥臭いやり方をしていたし、それが自分に合っていると思う。今日も休息日にも関わらずボールを蹴りたくなったものだからクラブのコートをちょっと借りることにしたのだ。
ジャージに着替えて、バッグを片手に家を出て、大通りを歩いていたら行きつけのパン屋から焼きたてのパンのいい匂いがしたものだから足を止めた。少し古めかしい見た目をしていて、今は三代目、孫娘が店主をしているというなかなか歴史のあるパン屋だ。クラブと自宅の導線にあるから所属当時からよく世話になっていた。
世一が新しいパンの味を開拓しようと最近違う味ばかり買ってきていて、久々にいつもの味が食べたいと思っていたところ。世一はピザトースト派閥だったため内心見下していた。カロリーに支配されやすそうな顔だしな、あいつ。塩パンの飾らない素朴なうまさにまったく気づいていない。
ちなみにだがカイザーはこの店で塩パンしか買ったことがない。塩パンこそがこの世で最もうまいパンだと思っている。
ちょっと買っていこうかと店の外からパンを眺めつつ悩んでいると、ガラス越しに葡萄色の瞳と目が合った。一瞬、時間が止まる。どうしようかと考えていると、先にネスの方が動いた。いそいそと店から出てきて声をかけられる。
「カイザー、君もパンを買いに来たの?」
「あぁ」
「そうなんだ。外から見てないで、お店の中に入らない?まだまだ風は冷たいから」
ネスは店の扉を開いて優しく笑いかけてきた。誘われるまま入店する。パンの匂いがふわっと香る。明るい、いらっしゃいませという店員の声が聞こえた。
新英雄大戦でのあれやこれやを経てネスとはギクシャクとした関係性が続いていたが、今となってはそれも解消されている。というのも、クラブチームをも巻き込んだ大げんかをしたからだ。この話は長くなるので、また別の機会に。二人そろって頬に湿布を貼って練習に出たのをよく覚えている。
一直線に塩パンのもとへ向かおうとすると、かけられた言葉が冒頭のそれだ。
「……?」
「もしかして、自覚してなかった?」
落ち着いてきている、とは。確かに昔より調子づいた言動は減った様に思うが、その分一つ一つの言葉のキレは良くなっていると思う。この間もネットで『ミヒャエル・カイザーレスバまとめpart3(14:27)』という動画がアップされていた。世一はpart6まであった。勝った。いや、まとめなんて動画がある時点で同じ穴のムジナではあるが。なんにせよとにかく勝っているので細かいことは気にしない方がいい。
「……クソ知らん、別に興味ない」
「そっかぁ」
「……」
「……」
そうして二人して無言のまま塩パンの前へ歩いていって、見つめる。塩パンを。カイザーとしてはこういった沈黙はなんとも思わないしどうでもいいがネスはそうでもないらしい。なんかこう、そわそわしている。気が散るから、何か言いたいなら言えばいいのに。
「……ねぇ、カイザー。ぼく、カイザーにも、プレッツェルを食べてほしかったんだ」
急に何の話だ、と言おうとしてやめた。チラリと盗み見た横顔があまりに真剣だったから。これは、なにか大事な話なんだと理解した。にしても今か?とは思ったが。
「何度も二人でこのお店に来たけど、君は毎回同じパンばかりを選んでいたから。好きなのって聞いても反応はいまいちだったし。プレッツェルおいしいよって、言ってみたけど……。でも、カイザーってば、結局いつも塩パンだったよね」
「それがどうした」
緊張しているのか、のどが強張っているのを感じた。責められているわけでもないのに。
「んーとね、何が言いたいかって言うと、…。うん、食べてほしかった。ただそれだけ」
一呼吸置いて、結局最初と同じ言葉を告げたネスは、はにかんでいた。その柔らかな笑みに、すこし驚いていると、今度はくすりと笑われた。俺が知ってるネスの笑い方だった。
「ごめんね。混乱させちゃって。…今日は、どうしますか?」
塩パン一択、とはさすがに言えなくて目を伏せる。塩パンと、プレッツェルと、ネスの顔。順繰りに見て、やっぱり塩パンを選んだ。
ネスはそれを見ても怒るような素振りは見せなかった。手を伸ばして同じように塩パンを取って、懐かしいいたずら顔を向ける。
「えへへ、僕、塩パンも大好きなんです。カイザーが教えてくれたんだよ」
塩パンが、2つ。ネスはその一つを大事そうに手で包んでる。自身の手にある塩パンを見て、ほんのすこしの違和感がある。これでよかったのか。変わらない味。変わらない日々。降って湧いた思考を振り払うように、レジへと向かった。
その日の夜、自主練で流した汗を軽くシャワーで流して、いつものようにガウンを羽織る。雑にタオルドライしただけの髪の毛はしっとりしていて、ときおり水滴がたれていた。
練習バッグから例の塩パンを取り出す。キッチンへ向かいながら、そう言えば……ハムとチーズがあったはず。
はさんでみるか。いつもと違う食べ方を、ちょっとだけ。
塩パンをおいしく食べるコツは、トースターで焼くこと。時間も大事で、5分くらいが丁度いい。焼き上がる間に冷蔵庫からハムとチーズを取り出して、適当な大きさに切る。すこし大雑把かもしれないが、なかなかいい感じだ。
トースターでほどよく焦げ目がついて、バターの香る塩パンを半分にスライス。ハムとチーズを間にはさんで、ブラックペッパーをゴリゴリと削って味付け完了。ちなみに、このペッパーミルは世一が買ってきたもの。どうしてもこれで削ってみたからったらしい。自身も、ガリガリと黒胡椒が削れる感覚が楽しくて気に入っている。
自作塩パンサンドを口に運ぶ。じゅわっとバターが染み出して、塩気のあるハムとチーズが引き立つ。
……美味しい。
今までトースターで焼いただけだったのはもったいなかった。もっと凝るべきだったな。次はジャムでも挟んでみようか。
つらつらとそんなことを考えながら、気づいたらぺろりと完食してしまった。小腹も満たされ、ふと手持ち無沙汰になったとき、自然と世一とネスのことが頭に浮かんだ。
…なんであいつらは、俺にものを食わせようとするのだろうか。俺の反応を見たいから?、…ないな。むしろ2人のほうが断然食事を楽しんで、大げさに反応している。
ネスも世一も、美味しいだの味がどうだのといちいち俺に告げてくる。俺はというと、それを黙って聞いて、黙々と食べてさっさと帰る、みたいな食事をしている。…2人は、つまらなくないのだろうか。
なんだか、考えても答えが出ない問いに頭を突っ込んだ気がする。でも、結論を出さないことにはどうにも思考をジャックしてくるから仕方がない。
布団に入ってぼんやり天井を見つめながら、2人の真意に思考を巡らせる。答えは出ないまま、まぶたがゆっくりと閉じていった。
ふわ、と意識が浮上した。あれから数日、答えは出ないままにまた世一を家に泊めてしまった。ぼんやりとベッドに横たわり、カーテンのすき間からこぼれた光を意味もなく見つめていた。…、もう少し、寝ていよう。
2度寝を決意し布団を被り直すと、ちょうど世一の声が。
「カイザー、起きた?ご飯できてるよ」
「……、いまいく」
至福の二度寝時間が奪われてしまったが仕方ない。朝ごはんは出来立てが一番おいしいと知っているから。以前、朝起きられなかったことがあった。気を利かせた世一が冷蔵庫に朝食を入れておいてくれたのだ。一人になって、朝食を温め直して食べたら味がいまいちだった。それからはきちんと起きている。
いつものように、寝癖のついたままダイニングルームへ向かう。今日は何だろうか。この前食べたおからの和え物はなかなか良かった。そんなことを考えながら席に着く。
……、今日は量が少ないな。材料を買い忘れたのか?
そう言おうとして世一の方を見ると、何やら取り出した。
「カイザー。ほら、これ。買ってきたんだけど、どう?」
その手にあったのは、プレッツェルだった。袋から出して皿に乗せて、目の前に置かれる。
「朝ごはんにパンも悪くないと思って。目についたから買ってきたんだよ」
そうやって、自分の分のプレッツェルを同じように皿に乗せる。テーブルには、いつもの朝食と、プレッツェルが2つ。
「…………。」
「……もしかして、嫌いだった?」
「違う。……こういうのは、トースターで焼いたほうが、美味い」
「まじか。じゃあチンしよ」
そう言ってトースターに2つのプレッツェルを入れると、じっとそれを見ていた。
「……、なにしてるんだ?」
「焦げないように見守ってる」
……アホらしい。そう思いながらも、なぜかやめさせる気にもならない。熱心にプレッツェルを見守る世一を眺めて、暇をつぶすことにした。
少しの沈黙の後、世一がプレッツェルを取り出した。ほどよく焼けていて、香ばしいバターの香りがする。いつもと少し違う朝食。
まだ熱いプレッツェルに思い切ってかぶりつく。
「……どう?美味しい?」
世一の問いかけにすぐには答えず、プレッツェルを味わう。サクっとした外側にふわふわのなか。バターの風味が強くて、粗塩がすこし多いのかしょっぱい。この間の塩パンもおいしかったけど、今日のプレッツェルも、
「……、悪くない」
「……、そっか。良かった」
世一は安心したように息を吐いた。すこし笑って目を伏せて、プレッツェルを食べ始める。その瞬間、美味しいと言わんばかりにほにゃっとほおが緩んだのが分かって。そうして初めて、今まで、自分が世一のことを見ずに食事していたことに気がついた。
食べ終わった皿を片付けていると、世一が語りかけてきた。
「気に入ってくれて良かった。嫌いだったらどうしようかと思ってたから」
「俺の味覚バカにしてんのか?」
「だってお前が塩パンばっかり食うから」
そのムカつく物言いに文句でも言ってやろうかと思うけど、そのとおりでなにも言えない。黙っていると、世一が独り言のようにつぶやいた。
「はぁ、お腹いっぱい。幸せ〜」
……、『幸せ』。そうか、俺は幸せだったのか。他人事のように思っていたその感覚が、心にストンと収まった。完食した皿に目線を落とす。美味しい。幸せ。知識として知っているけれど、実際に体験すると不思議な感じだ。
今まで、皿をひっくり返さなかったのは、きっと面倒くさかったからじゃない。世一の悲しげな顔をみたくなかったからじゃない。
たぶん、……ちゃんと、食べてみたかっただけだ。
プレッツェルの、あの香ばしさ。塩の強さと、あったかいパンのふわふわ。
それを「美味しい」と思ってしまった、ただそれだけで。
……もう、壊す理由なんてどこにもなかった。
おまけ
ちょっと進展した潔カイ
※同棲
ダイニングルームに向かうと世一がいた。一足先に椅子に腰掛けている。白いTシャツの背中越しに、がさがさと紙袋の音。
窓際の光はやわらかくて、空気もやけにぬるい。春だと思った。
「……今日はさぼった」
背を向けたまま、世一が言った。声だけは軽い。罪悪感がなさすぎて、逆に腹が立たなかった。
「俺の朝飯はどうするつもりだ」
「ほら、パン屋で買ってきた。2人なら食べきれるでしょ」
そう言って、紙袋の口を開いて見せてくる。焼きたてのロールパン、バゲットの端、クロワッサン、……その隙間に、
どう見ても砂糖と脂肪の暴力みたいなチョココロネ。
「朝から血糖値跳ね上げる気満々じゃねぇか」
たまにはいいじゃん、と悪びれもなく言う世一に呆れながら、自分も席につく。
中身を物色しようと袋に手を伸ばすと、世一にすっと取り上げられた。
文句を言おうとして、クロワッサンを取り出したのを見て止める。切り分けるかと思いきや、ナイフも持たず素手でちぎろうとした。
「おい、それカスまみれになんぞ」
「大丈夫、いける」
……いけなかった。
裂け目は途中で曲がり、大きさに明らかな偏りができた。ひと口で食べられそうな端と、丸ごと顎を外す必要がありそうな残り。潔がしばし無言でパンを見つめる。
「……はい、大きいほう」
迷いなく大きい方を俺に寄越してきた。目の前に差し出されて、バターと小麦の匂いが強く香る。
「雑すぎだろ」
文句を言いながらも、受け取ってる自分がいた。気づけば、パンくずを落とさないように指をそっと添えている。
パンくずがポロポロ落ちる。テーブルにも、世一の服にも。
世一が手で払おうとして、余計に散らかした。
「ナフキン持ってこいよ」
「めんどい」
「クソがよ」
そんなくだらない会話を交えながら、2人でパンを食べる。テーブルにはいつもの2つのマグカップ。一つはカフェラテ。俺はもう片方の真っ黒な方を手にとって飲んだ。
味に文句はなかったが、強いて言えばいつもよりほんのすこし甘かった。多分、わざとだ。
クロワッサンはバターが強くて、手に少しだけ脂が残った。
でもそのあと指先を拭くのもパンくずを拾うのも、べつに嫌じゃなかった。
そして、それが当たり前になっていることにふと気づいた。
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