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「先日亡くなった議員の体には月桂樹の花が咲いたそうです。この結果に国民はどのように感じているのか聞いてみました」
ニュースキャスターがそう言うと画面が切り替わり、街頭インタビューの映像が流れ始めた。
なんの予兆もなかった。ある日突然、人間の死体に花が咲くようになった。どういう原理で咲くのかなど科学的に証明されていない謎はまだ多数あるが、わかっているのは咲く花の花言葉がその死体の人物に大きくかかわっていることだ。世間では咲いた花の花言葉でその人の価値を決める風潮が定着した。最近では花のランキング本が出たり、この現象を利用して変な宗教を開く人が現れたりする始末。さらには、希少で人気の花が咲いた死体を保存する人も現れ始めた。有名人が死ねば世間はすぐにどんな花が咲くか楽しみにする。人物像通りの花であれば死人を惜しみ、悪い花言葉の花が咲けば粗探しが始まり、憶測が飛び回る。
僕はこの風潮をあまり好んではいなかった。死体に花が咲くこと自体は興味深いし、実際に誰にどんな花が咲くのかも興味がある。しかし、花言葉でその人の価値を決めることはあまり好ましくなかった。この風潮を好んでいないのは僕だけではなかった。テレビを見つめ不服そうな顔をしている彼女だ。僕は淹れたコーヒーを彼女に差し出し、隣に座った。
「また死体花のニュース見てるの?」
「見たくて見てるんじゃないよ。流れてくるの」
「有名人が死ねば必ず流れてくるよね」
「そうだね。でも、ご丁寧に花言葉を一緒に表記してるのムカつく」
テレビを見てみると右下に「月桂樹:裏切り、不信、栄光、勝利」と字幕があった。
「わざわざマイナスなイメージの言葉を前に持ってくる?確信犯だよね」
「でも、まぁ一応プラスの言葉も書いてあるからさ」
「そうだけど、なんかムカつくんだよ」
ムスッとした顔をしながらコーヒーをグビッと飲む彼女は僕の大学の同級生だ。ただの友達でこれと言った特別な関係はない。彼女はここ数か月か僕の家に住んでいる。住み始めたのは数か月前に彼女の彼氏が亡くなったことがきっかけだった。彼女の家庭環境は悪く、家を追いだされた彼女は彼氏の家に住んでいたが彼が亡くなってしまった今、行き場がなくここに住むことになった。
「自分にどんな花が咲くか気になったりはしないの?」
「気になりはするよ……死体に咲く花ってさ、”自分の行いや想いに関するの花言葉”なのかな?それとも”他人から自分に対する想いの花言葉”のかな?」
「それは考えたことなかったな……どっちの方がいいの?」
「私?うーん……どっちなんだろう。でも、後者の方が私は救われるかな」
「……そっか、そうだね。そう願っておこう」
「でも、それもそれで怖いかも……どんな花が咲くかさ」
彼女の彼氏の死体にはとても美しい薔薇が咲いていたという。このことを僕は彼女から聞いたが、彼女は彼氏の奥さんから聞いたらしい。
彼女が僕に教えてくれた時、彼女は泣くわけでもなく、テンションが変に高いわけでもなく、ただただ日常会話の様に僕に話した。
『さっきね、あの人の家に行ったの』
『家?君が住んでるマンションの事?』
『ううん、それあの人が私の為に借りてた部屋。私がさっき行ったのは一軒家』
『……彼氏に会えたの?』
『ううん、あの人の死体は綺麗に保管されているんだって。あの人の奥さんが教えてくれたんだ』
『奥さん?』
『そう、奥さん。小さな男の子を抱いてたよ。奥さん優しくてさ「主人からあなたの話は聞いてたわ。あの人は優しい人だからあなたのことを凄く気にかけていたのよ。あなたのご家庭のことも気にかけていて……私も力になれたら良かったんだけど、まだ息子も小さくて……あ、あなたが使ってる今の部屋は気にせずこれからも使っていいのよ」って』
彼女は「何を食べたらあんなに優しくなれるんだろうね」と笑いなが窓越しに空を見ていた。
『……知ってたの?』
『んー?何を?』
『お互いだよ。お互いに』
『私が知ってたらあの人と一緒にいるわけないじゃん。いや、怪しんだこともあったよ。でも、両親が厳しいって言ってたし、お金も持ってたみたいだからさ。そこらへんは疑わなかったな……まぁ、でも奥さんも知らないみたいだし。ほら、あの人は奥さんには嘘はついてなかったんじゃん?私との関係は隠してただけで、あとは嘘じゃないし』
『そうだけど……なんでそんな奴に咲くのが赤い薔薇なんだろうね』
『それはさ……あれだよ。あの人の想いじゃなくて、周りの人があの人にどう想っているかだよ』
『そうだとしても!彼氏が守ったのは自分の地位と本当の家族だろ?!』
『だから、咲いた花は周りのあの人に対する想いで、あの人自身の想いじゃない!!そうじゃないと私は……』
彼女の取り乱した姿を見たのはこの時が最初で最後だった。それからすぐに彼女は僕の家に住み始めた。住んでいた部屋はすぐに片付けて、鍵は奥さんに郵送で返していた。
彼女が精神的に病んでいたのは言うまでもなくわかっていた。はじめは行動に移さなかったものの、一人の時間が増えるとオーバードーズをするようになった。僕は彼女を極力一人にしないようにして、彼女が処方される薬は僕が管理するようになった。
今こうして話しているのも最初に比べたらマシな方だった。ただ何気ないことを話して、一緒にご飯を食べて、隣り合わせで並べた布団で寝る。ワクワクもドキドキもない日常。そんな日常が僕は心地良かった。
彼女と一緒に暮らし始めてもう少しで1年が経とうとしていた。彼女は既に大学を退学しており、それからはずっと家事をしてくれていた。明日は彼女と一緒に精神科に行く。そこでもし医師から許可が出れば外出が可能になるかもしれなかった。
「ねぇ、あのさ。もし、明日の診断で外出許可がもらえたら、私仕事を探そうと思うんだ」
「仕事?」
「うん。いや、大学を退学した奴に何ができるんだって感じかもしれないけどさ、君には随分お世話になったからね」
隣り合わせの布団にくるまりながらお互いに顔を見合わせていた。
「それは嬉しいけどさ、まだ外出許可だからね。ゆっくりでいいんだよ」
「わかってるよ。だから、ゆっくりやってくつもり」
「それならいいけど……支えるよ、これからも」
「ありがとう。おやすみ」
お互い顔を見合わせて寝ることがないため、どうしたものかと思っていたが、彼女はそんなそぶりを見せることなくすぐに眠りについた。そんな彼女の寝顔を見ながら僕も眠りについた。
朝が来た。カーテンの隙間から差し込む光で僕は目を覚した。日差しで目がなかなか開けれなかったが目を擦って開けると、目の前には昨日の夜も見た寝顔がそこにはあった。
ただ一つ違うのは、彼女の寝顔の半分が花で覆われていることだった。
血の気が一気に引いた。すぐに起き上がり彼女の上に掛かっていた布団をめくると彼女の体全体に絡み合うように花が咲いていた。
医者が言うには心臓発作が原因らしい。それにしては安らかな顔だそうだ。おまけにいいことも教えてくれた。死体花が咲くのは人によって時差があるが、その中でも彼女は早い方らしい。医者は僕の肩をポンッと叩くと「彼女は死ぬ間際に君のことを思っていたんだね」と慰めの言葉を置いて部屋を出て行った。
それから僕は彼女の死体を引き取った。聞いていたよりも彼女の親族関係は酷かった。彼女の親は彼女の存在自体をないかの様に振舞っていた。しかし、彼女の死体に花が咲いていると知るや否や「咲いた花は何か」と聞いてきた。咲いた花を伝えると価値がなく、売れないと気づきすぐに僕が引き取ることを承諾してくれた。
彼女の死体には紫苑が咲いていた。
花言葉は「あなたを忘れない」「遠くにある人を想う」
彼女が死ぬ間際に誰を想っているのかは一目瞭然だった。彼女を家に連れ帰り再び布団に寝かせた。彼女が自分の体に紫苑の花が咲いていたらなんて言うだろうか。彼女は笑って否定してくれるだろうかと思ったが、今までの彼女を見る限りそれはなさそうだ。死体花は、”自分の行いや想いに関するの花言葉”なのか、”他人から自分に対する想いの花言葉”のかな、紫苑が絡みついた彼女の死体を見ながら考えてみるが、そんなことを考えても結果として彼女の死体には紫苑が咲いた。それが全てであり、どう考えても僕の都合の良い解釈をするのは難しそうだった。
僕は金庫に行くと彼女が勝手に飲めないようにしていた大量の薬を取り出すと、彼女のもとへ戻っていき、薬を一気に飲み干した。なんの薬をどれだけ飲んだのかなんてわからなかった。
ただ、わかることは僕の彼女に対する想いが歪んでいることだった。僕にはどんな花が咲くだろうか。あるかもわからない向こうで彼女にもう一度出会えるだろうか。そんなことを考えながら僕は彼女の隣で目を瞑った。
男女が発見されたのは男の方がが死んで1週間ほどだった。死因は床に散らばった薬のプラスチックゴミを見れば説明するまでもないだろう。その二人が発見されたきっかけは男の大学の友人が心配して家に来たことだったそうだ。警察の事情聴取で友人はこう語った。
「あいつ、彼女の事本当に気にかけてたんですよ。多分、いや、絶対に好きだったと思います。彼女が亡くなったことは知っていましたが、まさかあいつが引き取っているとは思わなかったですね……それにしても、こんなことあるんですね。死体花がこんなに大きくて綺麗な向日葵が1本だけ咲くなんて」
二人のうち男の死体に咲いた向日葵は非常に珍しい咲き方をしていた。コレクター達がこぞって買い取ると交渉を友人に持ち掛けたが、友人は全てを拒否し、二人の死体を一緒に火葬した。
どんな花が咲こうと火葬してほしいというのが男の願いだったという。