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三年生が引退し、私たちはついに合唱部の最高学年になった。
――音楽室の空気は変わったはずなのに、私の立ち位置だけは前と何も変わらなかった。
三年生が引退してから最初の練習日、音楽室に集まった人数は、去年より少し少ない。
誰もまだ大きな声を出さない。譜面をめくる音と、椅子を引く音だけがやけに響いていた。前に立つのは、昨日まで私たちと同じ列で歌っていた先輩――いや、もう先輩じゃない。そう思うと、胸の奥が落ち着かなくなる。
「千波~新しく音取りする曲のピアノ難しいから弾いてくんない?」
「あ、この曲ね。いいよ」
新体制が始まる前に顧問から指定されたパートリーダーに頼まれた私はピアノの前へ向かっていた。
「どこから弾けばいい?」
「じゃあ、3小節目からでどう?」
「分かった」
鍵盤に指を置くと、見慣れた白と黒が、今日も変わらずそこにある。
最初の和音を鳴らすと、ばらばらだった声が少しずつ重なり始めた。その中に自分の声はない。そんなことは知っていたのに、何故か毎回哀愁してしまう。
私が通う青海中学校合唱部はコンクールで全国大会出場常連の強豪校だった。全国大会は10月末開催なので、引退は11月や12月になることが多い。そして新しく1,2年で編成された新体制になるのは1月からだった。
「千波さん、12日の成人式の伴奏2曲、お願いできるかしら?」
「分かりました。来週までに完成させます」
「頼りになるわ、ありがとう」
”ピアノで”頼ってくれてる。
練習が終わって音楽室を出ると、廊下の窓から夕方の光が差し込んでいた。
誰かが「お疲れさま」と言って、私はそれに「お疲れ」と返す。
ピアノの椅子を戻して、譜面をしまって、最後に電気を消したのも私だった。気づけば、そういう役回りが自然に身についている。
下駄箱へ向かう途中、階段の踊り場で立ち止まる。遠くの運動部の声が、校舎の中まで響いてきていた。あんなふうに、声を出すことに迷いがなければいいのに、と思う。
歌うのが嫌いになったわけじゃない。むしろ、その逆だ。
ただ、合唱部での私は、歌う人じゃなくて、歌わせる人になっている。
それが必要とされていることだとわかっているから、文句も言えない。ピアノを弾けるのは、確かに私の強みだ。そう思おうとするたびに、胸の奥が少しだけ重くなる。
靴を履き替えて外に出ると、息が白くなりかけていた。
私は小さく息を吸って、音程を確かめるみたいに、誰にも聞こえない声で歌ってみる。
思ったより、声は出た。
次の日の放課後、音楽室に入ると、もう何人かが集まっていた。窓は半分開いていて、昨日より少しだけ空気が冷たい。
「先輩、おはようございます」
声をかけてきたのは、一年生の女子だった。まだ譜面の持ち方もぎこちない。私は軽く会釈をして、自分の席に向かう。
「千波先輩。ここ、どうしても一人で音取りできなくて、弾いてくれませんか?あと、もしよければLINEでピアノの音源送ってくれませんか……?」
「あ、うん。できるだけ今日中に送るね……」
「千波?少人数編成のコンクールの楽譜もらったから、真ん中の音音源送ってくんない?」
「分かった…今日中に送れるように頑張る」
「千波、成人式の2曲、意外と難しくてさ。ピアノ送れたりしない?」
「うん、いいよ。夜遅くなるかも。いい?」
「全然大丈夫!いつもありがとう!」
気が付けば、私は断れなくなってしまった。
練習が始まってしばらくして、顧問の先生が楽譜を見ながら言った。
「伴奏が安定してると、全体が締まるね。さすがだな」
その言葉に、何人かがうなずく。褒められているのは確かなのに、なぜか背中が少し丸くなった気がした。
「先輩、歌わないんですか?」
休憩中、一年生が何気なく聞いてくる。
責めるでも、不思議がるでもない、ただの疑問。
「……ピアノだから」
自分でも驚くほど、答えは短かった。
「あ、そっか」
それだけで会話は終わる。でも、その一言が、頭の中で何度も繰り返された。
ピアノだから。
それは理由なのか、それとも言い訳なのか。
指揮の合図で、私はまた鍵盤に向き直る。
鳴らした和音の下で、たくさんの声が重なっていく。
その中に、自分の声を混ぜたいと思ってしまったことを、誰にも気づかれないようにしながら。
「ただいま」
「おかえり、千波。今日は塾あるよね?」
「あー、うん……早く行って帰ってくる。お腹空いてないからご飯いらない」
「えっ、ちょっと千波!」
ごめんなさい、お母さん。こうでもしないと、私は……
ピアノも失っちゃう。
これは、ずっと昔の話。
ピアノのコンクールで1位を取って全国大会に出たことが一度だけあった。
ずっと昔の話なのに、しかも全国大会を棄権したのに、みんなは”全国”という言葉を聞くと”すごい”と思って頼ってくれる。
頼ってもらえるのはもちろん嬉しいけれど、最近私は思うようになった。
私は、合唱部なのだろうか?
2年間一度もコンクールの選抜に入れず、全員参加のイベントにしか出ていない。
その代わり、イベントのピアノを任されることがほとんどだ。
伴奏だけでなく、コンクールメンバーの音取りを助けたりすることがほとんどで、最近は部活で全く歌ってない気がする。そんな自分に嫌気がさしたけれど、もう後戻りできなくなってしまった。
毎日のように頼られる音取りの音源。「千波ちゃんだから」「先輩だから」「頼ってるよ」「いつもありがとう」「これからもよろしく、ピアノ」
――私が合唱部にいるのって、ピアノを弾くためなの?
ちゃんとストーリー書いたの初めてでぎこちないですがよろしくお願いします
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