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俺は感情的になって反発してしまったが、南木曽先生は非常に温厚かつ親切な人物だった。まもなく退院日が迫りベッドの上から移動することも許された頃、彼はある提案をしてくれた。「拙老の知り合いに精神科医がいてね、彼女は人の心が生み出すものへの造詣が深いんだ。君さえよければ一度会ってみないかい?」俺はまだ師匠が自分の中の存在だと認めてはいなかった、認められなかった。防犯カメラに映った自分があらぬところに向かって叫んでいるのを見ても尚、認められるわけがなかった。それでも何かが変わるのなら……。「会いたいです」哀しみに終止符を打てるのなら……。 2018年4月中旬―退院日―「お世話になりました。南木曽先生、どうかお元気で」「ありがと。君の方こそね、さよなら」病院に別れを告げ、桜舞い散る道をリハビリを兼ねて歩いていく。軽く二時間は歩いただろうか、落ちた桜が魅せる幻想的な花道の上を散歩するのは全く苦にならなかった。地図によるともうそろそろで目的地に着く頃だ。小綺麗な看板が設置してある。矢印の導くままに進むと森の手前に手入れの行き届いたコテージのような場所があった。そんな景観のいい場所に俺は何も羽を伸ばしに来たのではない。こう見えてここは精神病院なのだ。扉を開くとそこには、落ち着きのあるブルーの素敵な空間が広がっていた。内装は一応、病院としての体を成しており、大小様々な器具や本などが一所に収まっていた。病院は病院でも今朝までいた所とはまるで雰囲気が違った。中に入ると一人の女性がいた。彼女はこちらに顔を向けた。眼鏡美人だ。弾むような胸に目がいく、俺って巨乳好きなのね……。「あら、ようこそ。海猫相談所へ、御用はなにかしら」どうやら敢えて病院というワードを避けているらしい。「南木曽先生に紹介していただいた栢山と申します」「お待ちしていたわ、わたしは彲(ミズチ)よ。早速、2階へ上がっていただける?」階段の道中には世界の国々の旅行写真とお土産らしきものがたくさん置いてあった。通された2階の部屋には観葉植物とアロマが置かれていた。理想の家すぎるなぁ。「それにしても、男性のお客様なんていつぶりかしら」あれ?なんかウキウキしてます?いやいや、勘違いだ。俺の勘は当てにならない。「ねぇ、南木曽さんから伺っているわ、師匠さんのこと。大切な人を失ったのよね……」「はい、でもそれは俺の想像かもしれないんです」「分かってる、大丈夫よ。簡単な質問をしていくから、それに答えてくれる?」「よろしくお願いします」「こちらこそ、よろしく。さて、一つ目の質問。あなたの師匠の名前と一人称は?」「名前は”亜無”(アム)さんで、一人称は”私”です」「では、二つ目。師匠さんのお仕事は?」「俺と同じで探偵をしています」「そうなのね、……それでは、師匠さんが追っている事件なんかはご存知?」「勿論それは!…それは―」……知らない。俺は師匠の追っている事件なんて知らない……。「……知らないです」「成る程ね、四つ目の質問です。師匠さんの好物は分かる?食べ物でも飲み物でもいいわ」「師匠は珈琲が、大の好物です。いつも俺が珈琲を淹れて飲んでもらってるんです!」少し得意気になって言う。「師匠と会う日は必ず珈琲を用意していました!」彲さんはメモをとりながら問う。「最後に、あなたと師匠さんは……いつ、どこで出会ったの?」俺は誘拐事件の詳細を淡々と話した、俺たちを襲ったのが、再び現れた誘拐犯だったことも。苦しみがなるべく滲み出ないように。彲さんは少し考える素振りを見せた後、はっきりと言い放った。「今聞いた話から、栢山さん。……残念だけど師匠さんはあなたの想像上の人物である可能性が高いわね」 次回 第7話「泪」