テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
朝の教室は、いつも通りうるさかった。
椅子を引く音。
笑い声。
チャイム前のざわめき。
私は、自分の席に座ってそれを眺めていた。
(……平和だな)
そう思ったのに、
胸は少しも温かくならなかった。
「モモ!」
ライナが手を振る。
「おはよー! 昨日の動画見た!? また再生数伸びてたよ!」
私は一拍置いてから答えた。
「……ああ、うん。よかったね」
自分でも分かる。
声が平坦だ。
ライナが一瞬、瞬きをした。
「……テンション低くない?」
「そう?」
私は首を傾げる。
「別に、普通だけど」
ミオが静かにこちらを見る。
何かを測るみたいな目。
「モモ、昨日ちゃんと寝た?」
「寝たよ。七時間」
即答。
でもミオは納得しない。
「……“疲れてない?”じゃなくて
“眠れてた?”って聞いたんだけど」
私は少し考えてから言った。
「眠れてたと思う」
言葉にした瞬間、
自分で違和感を覚えた。
“思う”って、何だろう。
――放課後。
三人で帰る途中、
横断歩道の前で子供に声をかけられた。
「ねえ! ルピナスだよね!?」
目を輝かせた男の子。
ライナがすぐにしゃがみこむ。
「そーだよ! 写真撮る?」
ミオも小さく笑う。
私は——
少し遅れて、手を振った。
「……応援ありがとう」
それだけ。
子供は嬉しそうだったけど、
ライナが私をちらっと見る。
「モモ、サインしないの?」
「必要ある?」
その言葉が、
空気を切った。
「……え?」
「だって、 任務の効率には関係ないでしょ」
私は本気でそう思っていた。
沈黙。
ミオが、ゆっくり口を開く。
「モモ。 前のあなたならそんなこと
絶対に言わない」
私は歩き出す。
「前の私がどうだったかなんて、
今は重要じゃないよ」
背中に、
二人の視線が突き刺さる。
――その夜。
星守院のトレーニングルーム。
私は一人でサンドバッグを叩いていた。
痛くない。
息も乱れない。
効率的。
(……もっとやれる)
「モモ」
振り向くと、
露花が立っていた。
「最近、調子がいいみたいね」
「はい。問題ありません」
即答。
露花は微笑む。
「適合率が高い子ほど、
余計な感情が削ぎ落とされていくの」
……削ぎ落とされる?
「それは、
悪いことですか?」
私が聞くと、
露花は少しだけ目を細めた。
「どうかしら」
「でもね」
一歩、近づく。
「戦うには、とても“正しい”状態よ」
その言葉を聞いても、
胸は何も揺れなかった。
――帰り道。
ライナが耐えきれずに言った。
「モモ……最近さ、
自分のこと、どう思ってる?」
私は立ち止まる。
少し考える。
そして答えた。
「……使える」
その瞬間。
ミオが、はっきりと顔を歪めた。
「それ以上言わなくていい」
ライナの声が震える。
「ねえ……モモ。
私たち、仲間だよね?」
私は二人を見る。
本当に、
分からなかった。
なぜそんな顔をしているのか。
「……当たり前でしょ」
そう言ったはずなのに。
胸の奥で、
小さく何かが
欠けた音がした。
今日の夜はいつもより暗い
電気をつける気にならなくて、
カーテンの隙間から入る街灯の光だけが、床を薄く照らしている。
ベッドに腰掛けて、
私は自分の手を見た。
……何も変わらない。
(今日も、役に立てなかったな)
そう思った瞬間、
胸の奥に、ぎゅっとした圧がかかる。
ミオの視線。
ライナの声。
心配されているのは分かるのに、
それが申し訳なくて、
逃げたくなる。
(ちゃんとしてないからだ)
理由は分からない。
でも、そう思った。
「……静かにしなきゃ」
誰に向けた言葉でもない。
ただ、
自分の中のざわつきを
止めたかった。
しばらくして、
私はベッドに横になった。
天井を見つめながら、
呼吸を数える。
ひとつ。
ふたつ。
心臓の音が、
少しずつ遠くなる。
それでいい。
それだけでいい。
翌朝
制服に着替えようとして、
袖を通したときだった。
ミオが、
ほんの一瞬だけ動きを止めた。
「……モモ」
その声は、
低くて、硬い。
「それ……どうしたの」
私はきょとんとする。
「え?」
視線を辿って、
自分の腕を見る。
……ああ。
「昨日、どこかにぶつけたんだと思う」
口から出た言葉は、
嘘のつもりはなかった。
本当に、
そう思ったから。
ライナが笑おうとして、
途中で止まる。
「……ぶつけた、だけ?」
ミオは何も言わない。
ただ、
視線を逸らさずに、
私を見る。
その目が、
なぜか怖かった。
「大丈夫だよ」
私は続ける。
「戦えるし。支障ない」
それが正解だと思った。
でも。
ミオは一歩、近づいてきて、
静かに言った。
「……それが、一番怖い」
ライナの声が震える。
「モモ……医務室、行こ」
「必要ないよ」
即答だった。
「こんなの、問題じゃない」
その瞬間。
ミオの表情が、
はっきりと曇った。
「……違う」
声を絞るように。
「“問題じゃない”って言えることが、
もう問題なんだよ」
私は言葉を失った。
何が違うのか、
分からなかった。
でも、
二人の顔を見ていると、
胸の奥が
ひどく、痛んだ。
(……あれ?)
痛み。
そういえば、
昨日の夜。
私は、
何をしていたんだっけ。
思い出そうとしても、
そこだけが
白く抜け落ちている。
「モモ」
ミオが、
はっきり言う。
「今日は、戦わせない」
「え?」
「もし任務が来ても、
私とライナで行く」
ライナが、
強くうなずく。
「うん。だから……
今日は、休もう」
休む?
その言葉が、
ひどく遠く感じた。
(私がいないと)
そう言いかけて、
口を閉じる。
言ったら、
何かが壊れる気がした。
私は、
小さくうなずいた。
「……分かった」
その瞬間、
二人の肩が
少しだけ、落ちた。
――その夜。
私は一人、
ベッドに座っていた。
腕を見下ろす。
知らないはずの痛々しい傷跡が そこにある
でも、
怖くはなかった。
怖くないことが、
一番、怖かった。
(……私、どうしちゃったんだろ)
答えは出ない。
ただ、
胸の奥で
小さな不安が、
静かに膨らんでいった。