テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
新くんが手際よく差し出してくれたおしぼりで手を拭いながら、俺はわざとらしく「はぁ~、最近忙しかったからなぁ。今日は初めから飛ばしてみよかな?」と、ハイテンションな声を無理やり喉の奥から引っ張り出した。「お疲れ様です、秀太さん。洸くん、秀太さんと毎朝一緒に出勤できるようになって嬉しいって、この間話してましたよ」
新くんがクスッと笑いながら、目の前にメニューを開いてくれる。
うお! マジか! 新くん、絵に描いたようなナイスフォローありがとう……!!
心の中でガッツポーズを決める。これで、明日からの陸さんの「朝のお見送り」を角を立てずに断れる口実ができた。さすが洸くんの恋人や、できる男すぎる!
「そうなん? 俺も洸くんと朝に仕事の話しながら電車に乗るの好きやねん。まさか洸くんも同じ気持ちやったとはなぁ。……新くん、とりあえずアルコール度数の高いやつ、おまかせでガツンとちょうだい!」
「おまかせですか? わかりました! 陸さんはどうされますか?」
「僕はいつものを。……それにしても秀太さん、そんなに急いで飲むと体に障りますよ?」
隣から聞こえる陸さんの声は、いつもの穏やかで優しいトーンに戻っていた。
タクシーの中でのあの凍りつくような冷ややかさと、もとちゃんを値踏みするような視線が嘘だったかのように、完璧な「大人の余裕」を身にまとっている。この人の前では、自分のすべてが透けて見えているような錯覚に陥る。
新くんが手際よくカクテルを作り、俺たちの前に静かにグラスを差し出した。
綺麗な琥珀色の液体を見つめながら、俺は小さく息を吸い込む。
よし……。これを一気に煽って、2杯目、3杯目で完全に泥酔したフリや。陸さんが呆れて『仕方ないですね、帰りましょうか』と言わざるを得ん状況を、力技で掴み取ったる。
いうても、成人してからずっと『元宮酒店』で嫌というほど鍛えられてきた身体や。ちょっとやそっとの酒じゃ酔わへん自信はある。
頭の片隅には、まだあのもとちゃんの目が焼き付いている。だからこそ、一刻も早くここを終わらせて、家にいる彼のもとへ帰らんとあかん。
「じゃあ、乾杯」
陸さんがグラスを軽く傾け、俺のグラスにカチリと澄んだ音を響かせる。
俺はその音を合図に、喉を焼くような強いアルコールを一気に胃の中へと流し込んだ。
「……っ! うっわ、これ凄いな。でも美味い!」
わざとらしく声を張り上げ、空になったグラスをカウンターにコンッと置く。新くんが「ええっ、もうですか!?」と目を丸くした。
「新くん、おかわり! 次ももっと強いやつで!」
「ちょっと、秀太さん、いくら何でもペースが早すぎ──」
新くんが心配そうに身を乗り出した、その時だった。
俺の隣で、陸さんが静かにグラスを置いた。
カラン、と氷が微かに揺れただけのわずかな音だったはずなのに、なぜかやけに重く、店内の空気をピシッと凍らせた。
「新くん。彼の言う通り、次も強いものをお願いします」
陸さんは、完璧に洗練された微笑みの形だけを残したまま、真っ直ぐに俺の目を射抜いてきた。
「秀太さんがそこまで楽しそうに飲まれるなら、僕もとことんお付き合いしますよ。……もちろん、酔い潰れたらお部屋までお送りしますので」
低く、けれど逃げ場をすべて塞ぐような質量を持ったその声に、背筋を冷たい悪寒が駆け抜ける。
うまいこと切り抜けるどころか、俺の浅はかな作戦は最初から一瞬で見抜かれていた。
……こうなったら、本気で行ったる。どっちが先に潰れるか勝負や……!
2,243
122
#オリジナル
モノクロナツキ
505
腹をくくった。陸さんも俺の企みを悟ったかのように、一切引かずに同じものをと頼み続ける。
絶対に負けるわけにはいかん。もし負けて、俺の家に一歩でも踏み入れられたら──そこにいるはずのもとちゃんの姿を一瞬でも見られたら、すべてが終わる。
でも、そんな必死の願いも虚しく、陸さんは大人の余裕を崩さないまま、強い酒を涼しい顔で美味しそうに飲み続け……やがて、俺の限界が先に訪れた。
「秀太さん、大丈夫ですか? どこか近くで休憩しますか?」
混濁していく意識の向こうで、陸さんの楽しそうな声が響く。
終わった。最悪や、こんな気持ちの悪い結末、誰が望んでんねん……。
「オーナー、ちょっと交代できますか?」
声も出せずに絶望している俺の耳に、聞き慣れた声が届いた。
「あ、僕が」
「いえ、この人は僕の恋人のお兄様なので」
珍しく彼の強い口調が、聞こえる。
……新くんか。そうや、俺、今新くんの店におるんやった。
「秀太さん、大丈夫ですか? 一度外の空気吸われますか?」
身体を支えられ、何とか顔を上げると、すぐ近くに世にも美しい新くんの顔があった。
「ふふっ……新くんやん。どこのイケメンかと思ったわ……」
泥酔した頭のままへらりと笑うと、新くんは困ったように眉を下げて「しっかりしてください」と俺の背中を優しくさすった。
俺だって……俺だって、しっかりしたいよ。俺は、みんなを守りたいだけやねん。誰も傷つけたくない。もとちゃんも、弦も、洸くんも、空くんも……陸さんだって。でも、俺じゃあかんねん。俺1人じゃ、何もできひんねん。
「……陸さんと何かあったんですか? どう考えても、この状態はおかしいでしょう」
外の夜風に当たっても頭はすっきりせず、真っ直ぐに俺を見つめてくる新くんの綺麗な瞳を見ていたら、急に泣きそうになってくる。助けて、と声を上げて叫びたかった。
でも、新くんに本当のことを言えば、確実に洸くんにも伝わってしまう。だって、新くんはまっさらな天然やから。悪気がなくても、ポロッと言っちゃうのが新くんやから。
「ふふっ……」
日頃の新くんの様子を思い出して、思わず笑ったら、新くんが呆れたように俺の身体からそっと手を離した。支えを失った俺の身体が、そのまま地面へゆっくりへたり込む。アスファルトの冷たさがじんわりと伝わってきた。
「……俺の大切な人のお兄さんが、好きでもない人に口説かれてるのを見ていて、いい気分はしません。それが、例え空くんのお兄さんだとしても、です」
新くんが少し口を尖らせて、ポケットからスマホを取り出した。
……助かった。
タクシーでも呼んでくれるんやろうか。新くんが個人で呼んでくれたものなら、店内にいる陸さんだって文句は言えんはずや。
「……誰が、1番に迎えにくると思います?」
さっきまでの真面目な顔とは裏腹に、新くんはいたずらが大成功した子どものようにニヤニヤしながら、スマホの画面を俺の目の前に突きつけてくる。
そこに移る文字を確認する間もないまま、俺は急激な睡魔に襲われ、気を失うようにゆっくりと目を閉じた──。