四月二十日……夜十時十五分……。
巨大な亀型モンスターの甲羅の中心と合体しているアパートの屋根の上では、ほぼ……いや確実にミノリ(吸血鬼)のせいでコユリ(本物の天使)が『大罪の力』を解放させてしまった。
コユリはナオト(『第二形態』になってしまった副作用で身長が百三十センチになってしまった主人公)にしつこくまとわりつくミノリ(吸血鬼)に対して、敵意を向けていた。
そして、今まさに『傲慢《ごうまん》の姫君』の力を振《ふ》るおうとしていたその時、ミノリ(吸血鬼)のすぐそばで気持ちよさそうに眠っていたナオトが目を覚ました。
彼は『大罪の力』を封印することができる『鎖』を体内に宿しているため、それでコユリの『大罪の力』を封印しようとしている。
「……『|大罪の力を封印する鎖《トリニティバインドチェイン》』だけを使うのは久しぶりだな。最後に使ったのはいつだったかな」
白い髪と赤い瞳と背中から生えている十本の銀の鎖が特徴的な少年『ナオト』は白い光を放ちながら、『大罪の力』を解放したコユリ(本物の天使)にそう言った。
「……マスター……お願いします。そこを退《ど》いてください。私はあなたを巻き込みたくありません」
「そうか……。そうだよな……。俺もお前とは戦いたくないよ。けど、俺はお前とミノリが傷つけ合うのをただ指を咥《くわ》えて見るつもりなんて、これっぽっちもねえんだよ。だから……例《たと》え、お前に嫌《きら》われようとも俺はお前のその力をなんとしてでも封印する」
揺《ゆ》るぎなき眼差《まなざ》しで彼女を見つめる彼の瞳には少し動揺《どうよう》しているコユリ(本物の天使)の姿が映っている。
「そ、そんな……。私はただマスターのそばにいる淫《みだ》らな吸血鬼を排除しようとしているだけなのに……」
「誰が淫《みだ》らな吸血鬼ですって?」
コユリにそう言ったミノリ(吸血鬼)の笑顔は引きつっている。
「無論《むろん》、あなたのことですが何か?」
「あんたね……。あたしに恨《うら》みでもあるわけ?」
「ええ、恨《うら》んでいますとも。私のマスターを……私だけのマスターをいつも独り占めしているあなたのことが憎《にく》くて仕方ありません。なので今すぐ消えてもらえませんか?」
「ろくに力を扱えない不完全な天使に言われたくないわね」
「マスターの血を飲みすぎて暴走しかけていたのはどこの誰でしたっけ?」
「はぁ? あんただって、あたしのこと『お姉ちゃん』って呼んでたクセに!!」
「それは他言無用だと警告したはずですよね? そんなことも覚えていないのですか? あなたは」
「言わせておけば! どうしてあんたはいつもあたしに対して反抗的なのよ!」
「……それは……その……」
「何よ、その反応は。あたしがあんたに何かしたのなら、ちゃんと謝《あやま》るから言ってみなさいよ! ほら、早く!」
コユリは紫色の弓と黒い矢を下ろしながら、少し俯《うつむ》いた。
そんなコユリの様子を見て、珍しくピーンときたナオトは、ミノリを宥《なだ》めた。
「おい、ミノリ。少し落ち着けよ。コユリが困ってるだろ?」
「はぁ? こいつはあたしを殺すつもりだったのよ? 落ち着いてなんかいられな……」
その時、彼は彼女の方へと振り返った。
そして、自分の額《ひたい》をミノリの額《ひたい》に重ね合わせた。
「なあ、ミノリ。少しの間だけでいいから、俺に任せてくれないか? 今のコユリは精神が不安定だし、お前には言いづらいことがあるみたいだから」
ミノリ(吸血鬼)は目をパチクリさせながら、こう答えた。
「そ、それはいいけど、いったいどうするつもりなの? 今のコユリはいつものコユリじゃないのよ」
「おっ、珍しいな。お前があいつのことを名前で呼ぶなんて……」
「き、聞き間違いじゃないの? あたしは別にあいつがどうなろうと知ったこっちゃないわ」
「そうか……。じゃあ、どうしてお前はどうでもいいやつに対して自分の感情を全力でぶつけてるんだ?」
ミノリは彼から目を逸《そ》らしながら、こう言った。
「そ、それは……その……。い、一応、あいつも……か、家族の一員だからよ」
「本当にそれだけか? 俺にはお前とコユリのやり取りが本物の姉妹のようにしか思えないぞ?」
「う、うるさいわね! あたしは別にあいつのことなんてどうだっていいのよ! いつもいつもあたしに突っかかってくるクセにあんたの前ではペコペコして。本当、何なのよ! 本当は仲良くなりたいと思ってるのに!! ……あっ」
「はははは、ようやく本音を出したな……。よし、あとはそれをあいつに伝えるだけだな。けど、それはもう少し後《あと》になりそうだから、少しの間待っててくれないか?」
「え? あっ、うん……。分かった、気をつけてね」
「おう……」
ナオトはそう言うと、コユリの方へと歩み寄っていった。
ミノリ(吸血鬼)は自分の額《ひたい》に手を当てながら、ポツリとこう呟《つぶや》いた。
「……そっか。あたしって……意外と単純だったんだ」
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