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桜はシャワーを浴びたばかりの濡れた髪を拭きながら、ソファーにドサッと倒れ込むように座った
頭の中はまだあの瞬間のことでいっぱいだった
あの時・・・道頓堀の川沿いで彼に強い力で抱きすくめられ、唇を貪られた
その瞬間、途端に桜の脳裏に突風が吹いた、雲一つ無い草原に吹いてくる風!まるで「風の呼吸・弐ノ型・ 爪々科戸風」の様だった
思わず桜は吹っ飛ばないように、逞しい二の腕をぎゅっと掴んだ、カッチカチだった、そして誘う様に唇をこじあけられ、彼の舌が桜の舌をつついて煽って来た・・・
もっと開けろと言ってるのだ、咄嗟に従ったのは、ほとんど女の本能だった
桜はあの5分間・・・彼の腕の中で蕩け・・・体を、心を震わせた
ふと我に返った時は何も言えず、無言のまま彼に手を引かれてタクシーに乗り込んでいた
彼に見送られ、一人タクシーの中で我に返った、彼がまるで本気で自分を好いていてくれる様なキスをするものだから、ついこちらも本気で応じてしまった
―バカだわ・・・彼は演技をしていただけなのに―
桜の唇はまだ火照っていた、強く吸われ、ジンジンする疼きが今も残っている
はぁ~・・・
「キスしちゃった・・・今夜眠れるかな・・・」
桜は冷蔵庫に駆け寄り、キンキンに冷えた缶ビールを引っ張り出した、一気にゴクゴクと飲み干すと、炭酸の刺激が喉を突き抜け、ようやく少しだけ冷静になれた気がした
「それにしても・・・素敵なキスだったな・・・めっちゃ気持ち良かった・・・」
桜は思わず口に出してしまい、慌てて自分の頬を両手でパチンと叩いた
―ダメダメ!こんなこと考えちゃダメ!彼は偽装結婚のパートナーとしてキスの演技をしただけよ、現に私に「アドリブ」って言ったわ・・・入国管理局の審査を乗り切るための、ビジネスライクな契約なのよ
それなのに・・・なぜか胸の奥がチクチクと疼く、あのキスの感触、ジンの真剣な眼差しが忘れられない
「このまま彼の側でどんどん好きになっていって・・・半年後に何ごともなかったように解散なんて・・・私・・・出来るかな・・・」
きっと身が引き裂かれるように辛いに違いない・・・自分はただの偽装婚の道具に過ぎない、それを最後まで忘れないようにしなければならない
ジンのあの女性を魅了する物言いや振る舞い・・・あの笑うと可愛いえくぼ、さりげない優しさ、まるでドラマの主人公のような雰囲気――
あれは彼が無意識にやってのけるものだ、カリスマCEOの自然体な魅力、そこに引っかかっちゃダメ!
「そうよ!もっと私が彼の魅力に免疫をつけなければ!半年後に幸せな離婚出来るように!」
桜はむんっと気合を入れて拳を握りしめた、まるでリングに上がるボクサーのように気合い十分だ
「よし!明日のために、ちょっとエクササイズして寝よう!」
その時、テーブルの上でスマホが「キンコン♪」と軽快な音を立てた
LINEの通知だ、差出人はジンからだった、桜の心臓がまたドキンと跳ねた
「ジンさん?こんな時間に?」
時計はすでに夜の11時を回っている、ドキドキしながら画面を開くと、そこにはシンプルな一文が桜の目に飛び込んで来た
―今夜は月が綺麗ですね―
・:.。.・:.。.
「月?」
桜は首を傾げて思わず呟いた、好奇心に駆られた桜は、ガラッと窓を開けてベランダに出た、ひんやりとした夜風が頬を撫で、大阪の夜の匂いが鼻をくすぐる、見上げるとそこには息をのむほど美しい光景が広がっていた
「わぁーーー!!」
真っ黒な夜空に光り輝く満月が浮かび上がっていた、雲一つない澄んだ空に、月はあまりにもハッキリと輝き、クレーターまで見えるほどの鮮やかさだ
桜の目はキラキラと輝き、思わず笑顔がこぼれた
なんて綺麗な月!彼はこれを見ろって教えてくれたんだ、桜は急いでスマホを手に取り、指を滑らせて返信した
キンコン♪―ほんとだ!すごく綺麗!教えてくれてありがとうございます―
送信ボタンを押した瞬間、なんだか胸が温かくなった
すると、すぐに次のメッセージが届いた
キンコン♪
―おやすみなさい―
・:.。.・:.。.
フフッ・・・
「用件はそれだけ?変な人・・・」
桜は思わず笑い声を上げた、ジンのそっけない締めくくりになんだか拍子抜けしつつも、どこか心が温かくなった
桜はスマホを胸に当ててベランダの手すりに寄りかかった・・・満月が静かに夜空を照らし続けている
―月が綺麗ですね―
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それからも、なぜか桜はジンから度々この「謎のメッセージ」を受け取るようになるなんて
今は知らなかった
コメント
2件
お返しは「ずっと一緒に見てくれますか?」とかなら相手は嬉しいと思います😊
月が綺麗ですね。この意味を知らない人の方が多いと思うよ😊