テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#学園
大正
5,232
*‥・うらら°🌱🐇☁・‥*
52
耀聖(ようせい)
1,596
背中に呼び止める声が聞こえても、シレントはもう足を止めなかった。
長く荷運び人をやってきて、初めて誰かを見捨てた。
罪悪感はある。助けを求める人間の声は誰であろうと引き裂かれるような痛みを覚える。それでも、我慢の限界だった。許せなかった。どうしても。
(傷は治療した。高級な回復薬まで使ったんだ、後は自分で逃げてくれればいい。生き残ったのなら、僕が背負う罪は少しだけ軽くなる気がするから)
それなりに実力のあるディルなら、真正面から戦いさえしなければ逃げられるだろう。心配なのは囮にされて残ったルルたちだ。脳裏にもしかしたら死んでいる可能性もあるという感覚を振り払って、座標の本来の位置を探す。
(魔物に囲まれていたなら遠くへは行けないはず。そして、場所は第二層。ディルが酷い怪我を負っていたとしても、支援を中心としたルルとシャーロットなら、守りを固めていれば時間は稼げる。助けは期待していないとしても────)
スクロールの座標へ向かうと、魔物の気配が色濃くなる。大型の竜に近い種類の魔物が、中型の狼の姿をした魔物の群れと争っていた。
「グレンウルフと……あの竜みたいなのは見ない奴だ、レア種っぽいな」
群れをつくるグレンウルフの大きさは、平均的な人間よりも二回りはデカい。比較すれば十分に大型といって差し支えないが、竜やミノタウルスと比べれば小さい。戦力差は歴然で、頑丈なウロコをもった竜の体を傷つけられても浅すぎる。
人間からしてみれば群れるグレンウルフは厄介な魔物だが、竜の前では子犬のようにあしらわれている。だが、動きが素早く小回りが利くのもあって群れが壊滅するまでには時間が掛かった。良いタイミングだと建物の陰から観察した。
「あの様子だと獲物を奪い合ってカチ合ったか?」
荷物のリストから、煙幕弾3個に線を引いてボンサックから取り出す。海の遺跡で強い効果のあったアイテムは改良され、強い衝撃を与えると爆発して魔物に特攻のある毒──人体には害のない──も撒き散らす。
まだ投げるタイミングではないとポケットに捻じ込み、追加で魔導器を取った。セットされた魔石の魔力が続くかぎりで、周辺の地形や生物の反応を探知する。ダイヤルを回して対象を人間に絞り、空に思いきりぶん投げた。
「使い捨てなのに高かったんだ、しっかり頼むぞ!」
放射される赤い光が周囲をぐるりと観察して、ぴたりと止まった。一直線に伸びた光の先が指したのは、魔物の争っている場所から離れた建物だ。
反応がある以上は生きていると断定できる。無事でいてくれと祈りながら、シレントは魔物を避けて遠回りするように目的地を目指して一気に駆け抜けた。
「……どうなってるんだ、どこもかしこも魔物が争ってるじゃないか」
いくら獲物の奪い合いで争うといえども、大型の魔物を相手に小型の魔物までもが群れをなして襲い掛かっているのを見ると、シレントも違和感を覚える。狂暴化して見境がない、すべての魔物がミノタウルスが如き暴れっぷりなのだ。
それでも考えるのは後回しになった。やっと辿り着いた今にも崩れそうな家の扉を開けると、中にはルルたちがいた。ひどく疲れ切った顔で、どこか死を覚悟してさえいるように感じる光の失せた瞳が、希望を僅かに取り戻す。
「シレントさん……!? どうしてこんなところに……!」
「ディルの飛ばした転送スクロールで依頼が来てね。今回は僕だけだから、もう大丈夫だとか安心してくれなんて言えないけど、迎えに来たよ」
部屋の奥で、ぼろ布に包まれた誰かの足が見えた。その傍には、もうひとりのかつての仲間であるシャーロットが座り込んでいた。いつも美しかったクリーム色の髪は血と砂埃に汚れて艶を失い、がくりと項垂れる姿には言葉が出ない。
「まさかとは思うが、あの布は……例の新人の子が?」
「突き飛ばされたのよ! ディルが、お前が一番弱いって言ったの!」
怒りっぽいルルの顔が、今まで以上に歪められた。
敵愾心さえ抱くような冷たさに燃え滾る瞳には涙が浮かぶ。
「そうか。じゃあ彼女はもう亡くなったんだね?」
怒りに震えながら、俯いて小さく頷くルルの頭をぽんと撫でた。
「仕方ないさ。冒険者になった以上は、どこで誰が死んでもおかしくない」
死に方としては最悪だが、こうなるのは想定済みだ。無事を祈りながらも予期していた現実。今までに幾度となく目の当たりにしてきた非情に、シレントは胸を痛めながらも冷静に、ただ死者の顔を覗く。
失意の中に沈んだ哀れな者の、現実を焼きつけようと開いた目を閉じさせる。まだ冒険者になったばかりの子が、こんな目に遭うのかと怒りが湧いた。
そっと手を合わせ、それからボンサックの中に遺体をしまう。生かして返してやりたいという想いは届かなかった。せめてもの救いは彼女の遺体が残ったことだ。致命傷を負い、命を奪われたとしても、喰われて亡くなった人間には遺族が最後に会うことさえ叶わない。少しはマシな死に方だと気持ちを落ち着かせた。
「あまり長居はできない。ここもじきに魔物が暴れれば崩れるはずだ。二人の状況について聞かせてくれないか。それ次第で今後の行動が決まる」
「アタシたちは……無理ね、戦える状態じゃない」
ルルが申し訳なさそうに首を横に振り、シャーロットを見つめた。
「無事に見えるけど、シャーロットは骨が折れてて歩けない。アタシも魔力がほとんど枯渇してる。仲間を喰わせないようにするのが精いっぱいだったわ。……でも、簡単な支援魔法くらいなら掛けられると思う」
「いいね、十分だ。じゃあシャーロットには、この中にいてもらおう」
ボンサックをバシッと叩く。それまで座り込んでいたシャーロットが、やっと振り返って力のない微笑みで「すみません、シレント様」と謝罪する。
シレントはただ静かにグッと親指を立てて笑い返す。
「気にしてないよ。さあ、シャーロットも少し休むんだ」
ボンサックの中に入ってもらい、ひとまず準備はできた。使い捨ての魔導器のおかげで重量は少し重くなった程度で、まだまだ余裕がある。
「行こうか、ルル。君の支援魔法があれば必ず切り抜けられる」
「シレントさん。なんで何も言わないの」
「……うん? えっと、ごめん。何の話だい?」
すっとぼけるシレントの苦笑いに、ルルは鋭く睨む。
「アタシたちは捨てたのよ。あなたを。どうして助けようなんて思えるのよ。所詮は元仲間で、裏切り者じゃない。救われる道理なんてどこにもない。アタシたちは身勝手で、自分の都合を優先して見て見ぬふりをしたの! なのにひとりでこんなところまで来て、アタシたちも同じように見捨てれば────」
「それ以上は駄目だ、ルル」
後悔と絶望に手繰り寄せられた言葉を、シレントは遮った。
「僕は君たちを恨んでいないし、償ってほしいとも思わない。冒険者の現実はよく分かってる。ディルはともかく、君たちは銀級の実力には届かない。パーティを組んだときから僕もわかってた。仕方ない選択だ、逆の立場でもそうしたさ」
誰しもが最初から強いわけではない。だからといって誰からも手を差し伸べてもらえるわけではない。強くなるためには経験が必要だ。しかし、その経験を積むにも強い人間の近くにいなければ頭打ちになる。
なのに人間は、自分たちに近い実力を持っていなければ傍には置きたがらない。リスクを回避するためには、そうならざるを得ない。
「君たちの弱味に付け込んだディルが間違っているんだ。ひとりで銀級にあがれない人間が、そう簡単に拾ってもらえるはずがない。行き場を失うのは怖かったはずだ。たいていの場合、立場を天秤に掛けたとき、その重さを超えるものはない。君たちの選択を僕は間違いだとは思わない」
ポケットに捻じ込んでくしゃくしゃになった箱から煙草とマッチを一本ずつ取り出す。フィルター側をとんとん叩いてから、咥えてマッチで火を点けた。
「気に病むなよ、ルル。君がすべきは僕への謝罪じゃない。亡くなった仲間のために生きて帰ることだ。────さて、ちょっくら大仕事といきますか」
コメント
1件
うわ…第17話、めっちゃ重かったけどめっちゃ良かったです…! シレントがディルを見捨てたとこから始まって、ルルたちと合流して新人の子の遺体を見つける流れ、胸がギュッてなりました。 「気に病むなよ、ルル」って煙草吸いながら言うシレント、優しすぎて泣ける…😢 自分を責めるルルに「君たちの選択は間違いじゃない」って言い切るところ、シレントの人間としての深さが出てて好きです。 遺体をボンサックにしまうシーンも、現実的で苦しいけど、そういう細かい描写がこの作品の良さだなって思いました。 智慧砂猫さんの描く「冒険者の現実」が生々しくて、次の話が気になります🌙