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季節はひとつ過ぎて、秋になった。
薬草園は少しずつ種類を増やし、可愛らしい小花を咲かせていた。
ガーデンテーブルと椅子が置かれた薬草園で、薬草学の本めくっていると、ハヴェルが現れた。
「シルヴィエ様。花をお持ちしました」
「ありがとう」
テーブルの上に飾られた花は、ガラスの水差しにこれでもかというくらい入っていた。
薬草園を手入れしている庭師たちは忙しく、この花は後々、乾燥させ、材料のひとつになる。
「ハヴェル。帝国のお兄様から手紙が届きました。貴族たちの後押しもあって、うまくやっているようです」
「そうですか。ラドヴァン様は優秀でいらっしゃいますから、心配しておりません」
相変わらず、ハヴェルは顔が見えないくらい髭をはやし、辛うじて青い瞳を覗かせるだけだった。
だから、今、お兄様の話を聞いて、なにを思ったかはわからなかった。
秋の涼しい風が通り抜けていく。
少しの沈黙の後、私は言った。
「ハヴェル。こちらに、私の世話をしてくれていた侍女を呼びよせることにしました」
「なぜ……」
顔は見えなくても、ハヴェルが動揺したのがわかった。
『なぜ、それを知っているのですか』
そう言いたかったはずだ。
私は微笑み、その言葉の先を言わせなかった。
「恩に報いるためです。お兄様に許可を得て、兵士たちも希望する者は、こちらで住むことができるよう手配しました」
私の幽閉時代、親切にしていただいた人たちを忘れていない。
それはハヴェルも同じ。
仕事が終わった後、私の農園作業を手伝ってくれていたのを知っている。
「王宮のそばに森があるでしょう? その森の管理をハヴェルに任せたいと、アレシュ様がおっしゃっているんです」
「森を……。しかし、侍女はなんと……」
「こちらへ来るそうです。お兄様が即位され、帝国内も落ち着いたからでしょう」
侍女たちは遠くにいて、私たちの会話は聞こえない。
ここにいるのは、私とハヴェル、レネだけだった。
「ハヴェル。待つ人のいる家をお持ちなさい。この国でなら、それができるのですから」
水差しから花を手に取り、にっこり微笑んだ。
そして、神々の加護を受けるからか、ちょっと普通の感覚と違うところがある。
ハヴェルを帝国のスパイと気づいていながら、庭師としての腕を優先し、雇ったのだから。
しかも――
『俺たちが仲良く暮らしていると、報告してくれただろうか』
気になるところは、そこしかなかったようで、後は特に興味を示していなかった。
――アレシュ様は余裕があって、そこが素敵なのですけどね!
心の中で、こっそり|惚気《のろけ》てしまった。
「シルヴィエ。ここにいたのか? 医療院の付属学院に、秋からの入学許可が出たぞ」
「アレシュ様!」
アレシュ様が入学許可証を手に、薬草園に入ってきた。
そして、ハヴェルがいることにも気づいた。
「ハヴェルもいるのなら、ちょうどよかった。頼みたいことがある。医療院の院長が、薬草の生育についての講義を頼みたいと言って、うるさくてな。引き受けてくれるか?」
「もちろんです」
「森番の件は聞いたか?」
「はい。シルヴィエ様からお聞きしました。ドルトルージェ王国のご厚意に感謝し、森番の役目をお引き受けしたいと思います」
アレシュ様は微笑みを浮かべ、うなずいた。
ハヴェルは遅くなってしまったけど、幸せになろうと決めたのだ。
私とアレシュ様を交互に見る。
「お二人の邪魔になってはいけませんから、これで自分は失礼いたします」
ハヴェルは深く頭を下げ、この場を離れた。
私たちはハヴェルの背を見送り、それ以上、この件について語ることはしなかった。
「シルヴィエ。おめでとう」
「ありがとうございます」
医療院に付属する学院への入学は難しい。
国中の優秀な人間が集まり、筆記試験が行われる。
春と秋の二回、入学時期があり、その試験を受けた。
「薬草師になるための勉強ができるなんて、夢みたいです」
アレシュ様から許可証を両手で受けとり、抱き締めた。
「努力が実るって素晴らしいですね!」
「夜遅くまで頑張っていたからな」
「アレシュ様も国王になられるための勉強をなさっているでしょう? 私も遊んでいられません」
表には出さないけれど、アレシュ様は公務をこなし、部屋では夜遅くまで勉強されている。
きっとそれは、国王陛下夫妻、シュテファン様も同じ。
神々の加護を受けているからといって、怠慢なところは、一切みられない。
唯一、ご家族で集まられるのは食事の時と、午後のお茶のみ。
午後のお茶は他国の動向や予定など、話し合いの場でもあった。
もちろん、和やかなもので楽しいものだった。
「今日はシルヴィエのお祝いも兼ねて、ここにお茶を用意してもらった」
「お祝いですか!? そんなお祝いなどしていただいてよろしいのでしょうか?」
「もちろん」
お祝いされるのは、結婚式を含めて二回目。
しかも、今度は私だけのお祝いだった。
「ケーキの準備ができたよっー!」
シュテファン様の明るい声が響き、国王陛下夫妻が現れ、一気に賑やかになる。
「ナタリーが考えてくれたんだ」
生クリームたっぷりのケーキは、花で飾られていた。
「あら、わたくしも負けてなくてよ?」
クッキー類の焼き菓子は王妃様で、一つ一つに文字が入っている。
おめでとうとか、ありがとうとか、なんだか嬉しくなる言葉ばかりで、食べるのがもったいなく感じた。
「お祝いと言えば、贈り物だろう?」
国王陛下が私にくれたのは、医療院の制服だった。
「素敵な制服ですね。胸の紋章にレネがいます」
紋章になるくらい偉いレネは、テーブルの端っこで花の砂糖菓子をかじっていた。
「俺からは花を」
私の髪に約束の|雪《スニフ》の花を飾ったアレシュ様。
忘れない約束の花――私たちは見つめ合い微笑んだ。
庭園には花が満ち、噴水の水は輝き、テーブルの上にはお茶とお菓子が並ぶ。
「シルヴィエ。お茶にしよう」
秋の花が揺れる庭園で、私の名前を家族が呼ぶ。
優しい日差しの中、感謝の気持ちが自然にこぼれた。
「嫁がせていただきありがとうございます」
それは心からの言葉。
私の幸せな結婚生活は、まだ始まったばかり――
【了】