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第十一話 意識する理由
「……してたら悪いか」
日曜日の帰り道。
悠真が言ったその一言。
たったそれだけ。
たったそれだけなのに――
月曜日になっても。
火曜日になっても。
僕の頭から離れなかった。
◇
朝。
教室。
窓際の席でぼんやりしていると。
「おはよ」
声がした。
反射的に顔を上げる。
悠真だった。
いつも通り。
本当にいつも通り。
なのに。
目が合った瞬間。
心臓が跳ねた。
「お、おはよう」
声が少し裏返る。
悠真が怪訝そうな顔をした。
「どうした?」
「なんでもない」
なんでもなくない。
全然なんでもない。
◇
昼休み。
屋上。
僕は一人で昼食を食べていた。
正確には。
一人になろうとしていた。
考えたいことがあったからだ。
だけど。
ガチャ。
「先輩!」
やっぱり来た。
蓮だった。
「いた!」
「うん」
「探しました!」
嬉しそうである。
そして当然のように隣へ座る。
近い。
今日も近い。
だけど。
最近は少し違った。
前はただ人懐っこいだけだと思っていた。
でも。
今は。
悠真の言葉を思い出してしまう。
――あいつ、お前のこと好きだろ。
まさか。
そんなわけ。
そう思うのに。
気になってしまう。
「先輩?」
「え?」
「どうかしました?」
蓮が覗き込んでくる。
近い。
本当に近い。
「なんでもないよ」
「怪しいです」
「怪しくない」
「怪しいです」
即答だった。
◇
放課後。
写真部。
部室には僕と蓮だけだった。
他の部員は撮影に出ている。
静かな空間。
カメラのシャッター音だけが響く。
「先輩」
「ん?」
「ちょっとこっち向いてください」
またか。
最近やたら撮られる。
「嫌だ」
「お願いします」
「嫌だ」
「お願いします」
負けた。
僕が振り向くと。
パシャ。
シャッターが切られる。
そして。
蓮は画面を見て微笑んだ。
優しい顔だった。
いつもの元気な笑顔じゃない。
少しだけ大人びた顔。
「やっぱり」
小さく呟く。
「先輩撮るの好きだな」
ドクン。
胸が鳴る。
「……僕ばっかり撮るよね」
何気なく聞いた。
すると。
蓮は少しだけ黙った。
それから。
「好きだからです」
さらり。
あまりにも自然に。
息をするみたいに。
僕の思考が止まった。
「え?」
「先輩の写真撮るの好きです」
そう言って笑う。
いつもの笑顔。
だけど。
今の言葉は。
本当にそれだけの意味だったんだろうか。
分からない。
分からないから困る。
◇
帰り道。
今度は悠真と一緒だった。
夕焼けの空。
並んで歩く。
しばらく沈黙が続いたあと。
悠真が言った。
「最近変だな」
「え?」
「お前」
ぎくり。
「ぼーっとしてる」
「そうかな」
「してる」
即答。
さすが長年の付き合いだ。
隠せない。
「何かあった?」
聞かれる。
どうしよう。
言うべきだろうか。
迷っていると。
悠真が立ち止まった。
「……もしかして」
低い声。
「蓮?」
心臓が跳ねる。
なんで分かるんだ。
「図星か」
悠真は苦笑した。
少しだけ寂しそうな笑顔。
それを見た瞬間。
胸がちくりと痛む。
「違う」
気づけば口から出ていた。
「え?」
今度は悠真が驚く。
僕も驚いた。
でも。
それが本音だった。
蓮のことを考えていたのは事実。
だけど。
本当に気になっているのは。
「……悠真のせいだから」
小さく呟く。
「は?」
聞こえなかったらしい。
良かった。
聞かれていたら死んでいた。
第十二話 二人きりの撮影会
日曜日。
朝。
待ち合わせ場所の駅前に着いた僕は、スマホの画面を確認した。
集合時間の十分前。
少し早かったかな。
そう思った瞬間。
「先輩!」
聞き慣れた声が響く。
振り返ると蓮が大きく手を振りながら走ってきた。
「おはようございます!」
「おはよう」
「早いですね!」
「蓮も」
「楽しみだったので!」
満面の笑み。
本当に分かりやすい。
僕も少し笑ってしまう。
「悠真は?」
「まだ来てないですね」
そう言いながらスマホを見る。
グループチャットには何も来ていない。
珍しい。
悠真は時間に正確な方だ。
五分。
十分。
十五分。
待っても来ない。
すると。
ピコン。
メッセージが届いた。
『悪い。部活の用事入った。遅れる』
「部活?」
僕が呟くと、蓮が画面を覗き込んだ。
「あー……」
なぜか微妙な顔をした。
「どうした?」
「いや、別に」
絶対何か思っている顔だった。
◇
結局。
先に撮影を始めることになった。
目的地は川沿いの公園。
休日ということもあり、人が多い。
「先輩」
蓮がカメラを構える。
「こっち向いてください」
「なんで?」
「撮るので」
「被写体じゃないんだけど」
「いいからです」
パシャ。
勝手に撮られた。
「蓮」
「良い顔です」
「消して」
「消しません」
即答だった。
◇
しばらく歩きながら写真を撮る。
花壇。
川面。
遊ぶ子供たち。
休日の街並み。
蓮の写真は前より上手くなっていた。
構図も。
光の使い方も。
ちゃんと考えているのが分かる。
「上手くなったね」
僕が言うと。
蓮は一瞬目を丸くした。
「本当ですか?」
「うん」
「……やった」
少し照れたように笑う。
普段は犬みたいに元気なのに。
こういう時だけ年相応だった。
◇
昼過ぎ。
川辺のベンチで休憩する。
「先輩」
「ん?」
「俺、写真部入って良かったです」
突然だった。
僕はペットボトルを持ったまま振り返る。
蓮は川を見ていた。
「最初はカメラなんて全然興味なかったんです」
「そうなの?」
「はい」
意外だった。
今では誰より楽しそうなのに。
「でも」
蓮が少し笑う。
「先輩の写真見て、やりたいって思いました」
僕は言葉を失った。
そんな風に思われていたなんて知らなかった。
「だから」
蓮は僕を見る。
真っ直ぐな瞳。
「憧れてます」
少しだけ胸が熱くなる。
「ありがとう」
それしか言えなかった。
◇
その時だった。
「……楽しそうだな」
低い声。
振り返る。
そこにいたのは――
悠真だった。
「悠真!」
ようやく来た。
だけど。
なぜだろう。
少し不機嫌そうに見える。
「遅かったね」
「悪い」
そう言う割には視線が鋭い。
その視線の先には。
当然。
僕の隣に座る蓮。
「何話してた」
悠真が聞く。
「写真の話です」
蓮が答える。
「へえ」
短い返事。
怖い。
なんか怖い。
◇
その後。
三人で撮影を再開した。
……はずだった。
「湊」
「ん?」
「これ撮れ」
悠真が景色を指差す。
「いい場所だから」
「確かに」
撮る。
すると。
「先輩!」
今度は蓮。
「こっちも綺麗ですよ!」
撮る。
すると。
「湊」
「先輩」
「湊」
「先輩」
忙しい。
非常に忙しい。
僕は撮影会なのに疲れていた。
◇
夕方。
帰り道。
蓮が先に電車へ乗った。
「また明日です!」
元気よく手を振る。
扉が閉まる。
電車が去る。
ホームに残ったのは僕と悠真だけだった。
少し沈黙。
そして。
悠真がぽつりと呟く。
「……あいつ」
「蓮?」
「距離近すぎる」
思わず笑ってしまう。
「またそれ?」
「事実だろ」
不満そうな顔。
本当に分かりやすい。
「悠真」
「ん?」
「もしかして嫉妬してる?」
言った瞬間。
悠真が固まった。
数秒。
沈黙。
そして。
「……してたら悪いか」
僕の心臓が止まりそうになった。
え。
今なんて?
聞き間違いじゃない。
確かにそう言った。
でも。
悠真はそれ以上何も言わなかった。
ただ少し赤くなった耳を隠すように視線を逸らしただけだった。
僕の胸は。
その帰り道ずっと落ち着かなかった。
第十三話 「意識する理由」
悠真の「してたら悪いか」に振り回される湊。
そして蓮もついに、自分の気持ちを隠さなくなり始める――。
13
第十三話 意識する理由
「……してたら悪いか」
日曜日の帰り道。
悠真が言ったその一言。
たったそれだけ。
たったそれだけなのに――
月曜日になっても。
火曜日になっても。
僕の頭から離れなかった。
◇
朝。
教室。
窓際の席でぼんやりしていると。
「おはよ」
声がした。
反射的に顔を上げる。
悠真だった。
いつも通り。
本当にいつも通り。
なのに。
目が合った瞬間。
心臓が跳ねた。
「お、おはよう」
声が少し裏返る。
悠真が怪訝そうな顔をした。
「どうした?」
「なんでもない」
なんでもなくない。
全然なんでもない。
◇
昼休み。
屋上。
僕は一人で昼食を食べていた。
正確には。
一人になろうとしていた。
考えたいことがあったからだ。
だけど。
ガチャ。
「先輩!」
やっぱり来た。
蓮だった。
「いた!」
「うん」
「探しました!」
嬉しそうである。
そして当然のように隣へ座る。
近い。
今日も近い。
だけど。
最近は少し違った。
前はただ人懐っこいだけだと思っていた。
でも。
今は。
悠真の言葉を思い出してしまう。
――あいつ、お前のこと好きだろ。
まさか。
そんなわけ。
そう思うのに。
気になってしまう。
「先輩?」
「え?」
「どうかしました?」
蓮が覗き込んでくる。
近い。
本当に近い。
「なんでもないよ」
「怪しいです」
「怪しくない」
「怪しいです」
即答だった。
◇
放課後。
写真部。
部室には僕と蓮だけだった。
他の部員は撮影に出ている。
静かな空間。
カメラのシャッター音だけが響く。
「先輩」
「ん?」
「ちょっとこっち向いてください」
またか。
最近やたら撮られる。
「嫌だ」
「お願いします」
「嫌だ」
「お願いします」
負けた。
僕が振り向くと。
パシャ。
シャッターが切られる。
そして。
蓮は画面を見て微笑んだ。
優しい顔だった。
いつもの元気な笑顔じゃない。
少しだけ大人びた顔。
「やっぱり」
小さく呟く。
「先輩撮るの好きだな」
ドクン。
胸が鳴る。
「……僕ばっかり撮るよね」
何気なく聞いた。
すると。
蓮は少しだけ黙った。
それから。
「好きだからです」
さらり。
あまりにも自然に。
息をするみたいに。
僕の思考が止まった。
「え?」
「先輩の写真撮るの好きです」
そう言って笑う。
いつもの笑顔。
だけど。
今の言葉は。
本当にそれだけの意味だったんだろうか。
分からない。
分からないから困る。
◇
帰り道。
今度は悠真と一緒だった。
夕焼けの空。
並んで歩く。
しばらく沈黙が続いたあと。
悠真が言った。
「最近変だな」
「え?」
「お前」
ぎくり。
「ぼーっとしてる」
「そうかな」
「してる」
即答。
さすが長年の付き合いだ。
隠せない。
「何かあった?」
聞かれる。
どうしよう。
言うべきだろうか。
迷っていると。
悠真が立ち止まった。
「……もしかして」
低い声。
「蓮?」
心臓が跳ねる。
なんで分かるんだ。
「図星か」
悠真は苦笑した。
少しだけ寂しそうな笑顔。
それを見た瞬間。
胸がちくりと痛む。
「違う」
気づけば口から出ていた。
「え?」
今度は悠真が驚く。
僕も驚いた。
でも。
それが本音だった。
蓮のことを考えていたのは事実。
だけど。
本当に気になっているのは。
「……悠真のせいだから」
小さく呟く。
「は?」
聞こえなかったらしい。
良かった。
聞かれていたら死んでいた。
◇
その夜。
ベッドの上。
スマホを眺める。
文化祭の写真。
撮影会の写真。
何気なくスクロールしていると、一枚の写真で指が止まった。
悠真。
グラウンドで笑っている写真だった。
みんなの前で見せる人気者の笑顔じゃない。
僕がカメラを向けた時だけ見せる、少し無防備な表情。
気づけば何度も見返していた。
「……重症だな」
小さく呟く。
誰もいない部屋に声が消えた。
思い返せばずっとそうだった。
写真を撮る時も。
昼休みも。
帰り道も。
悠真がいるのが当たり前だった。
蓮に「好きだからです」と言われた時。
驚いた。
意識した。
でも――胸が苦しくなるほど気になったわけじゃなかった。
本当に心をかき乱したのは。
「してたら悪いか」
あの日の悠真の言葉。
少し赤くなった耳。
照れた横顔。
優しい手。
頭を撫でられた感触。
全部覚えている。
忘れられない。
「……好きなんだ」
驚くほど自然に言葉が出た。
否定したい気持ちはなかった。
むしろ。
やっと答えが見つかった気がした。
悠真が好きだ。
友達としてじゃない。
幼なじみとしてでもない。
もっと特別な意味で。
認めた瞬間。
胸の奥が少しだけ苦しくて。
でも同時に温かかった。
「どうしよう……」
そう呟きながら笑ってしまう。
今さらだ。
自覚したところで、何かが変わるわけじゃない。
……変わらないはずだった。
その時。
スマホが震える。
蓮からのメッセージだった。
『先輩、今度二人で撮影行きませんか?』
画面を見つめる。
胸が少しざわつく。
蓮の気持ちにはまだ確信が持てない。
でも。
自分の気持ちは分かった。
だからこそ。
この誘いをどう受け取ればいいのか分からない。
そして湊はまだ知らない。
この約束が、悠真との関係を大きく動かすことになることを。
#月日
#サスペンス
コメント
3件
いやあ…じじさん、もう完全に湊の心情描写にやられました。悠真の「してたら悪いか」が一章まるごと引っ張って、湊が夜ベッドで「好きなんだ」って自覚する流れ、すごく丁寧でした。蓮のストレートな好意と悠真の不器用な距離感がきれいに対比になってて、構造としても好みです。写真を見返すシーンで「重症だな」って呟く湊、完全に恋する顔してましたよ…続きが気になります!