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「あの、クラウディーヌ大佐殿?」
戸惑う部下らの声に、ええ、はい、まあ、などとうわ言のように生返事を返す彼女、アンナ・クラウディーヌ・ミコライ大佐には目の前の部下の対応よりも何よりも重要な事があった。
「糞っ、誠意持ってもてなしてやりゃぁちょこまか逃げやがって…!!」
「生憎俺は客人じゃねぇ、皮肉至上主義のシャルカスが一丁前に気取ってんな!!」
それが何なのかというと、もうお察しであろう、目の前で繰り広げられる激戦の事である。
それを止めるどころか、大体の士官は何事もないような顔で通り過ぎていくか、野次馬に混じって囃し立てるかだ。
アンナの見知った顔の中には、こぞって賭事に勤しみ、自らの信じる大隊長殿に全てをぶち込んでいる奴もいる。
どちらが勝つかと問われれば、当然彼女もほぼ反射でアントーニエヴィチ大将殿ですと答えるが。
軍人とは、そういう生き物なのだ。こうなればこうするように、一から百まで叩き込まれた完璧な忠犬だ。
はっきり言って、城内ではこういう模擬戦、もとい殺し合いはよくある事だ。
まだこの国ができた当初、一八〇年くらいは仲間内の殺し合いなんぞ起こった記録もないし、アンナも当時を知っている。
だが、結局人間は退屈と刺激に弱い生き物なわけで、二〇〇年もすると普通の模擬戦では物足りなくなって、より過激なことをしたいと思うようになる。
その欲求がだんだんと過剰になり、三四〇年を過ぎたあたりから、多い時は一日に二、三回はやりあっているのを見るようになった。
元々が血の気の多い集団だった為に、こうなるのも時間の問題だったのだろうが。
アンナは元々血気盛んなタチではなかったが、不思議なことに、上官同士の諍いを見るのは好きだ。
本人達は相手へ報復をなさんと夢中で、そんな事は一片たりとも考えていないかもしれないが、彼女にとってはお偉方の戦い方を学べるいい機会であり、敬愛する大隊長殿のお役に立てるよう自身を見直すきっかけでもある。
人の不幸はなんとやらという、シャルカス特有の思想も持ち合わせていないではないけれども。
そうこう言っているうちに決着がついたようだ。
糸が切れたように床に倒れ込むロンドンと、勝ち誇ったように笑う大隊長トーニャ。
遠くには、賭けに負けたらしく膝から崩れ落ちるロンドンの部下と思しき連中と、勝利の雄叫びをあげる大隊員共。
アンナは幾度となく見たそれを、一生に一度だとでも言うようにしかと目に焼き付け、やはり付いていくのがこの人で良かったと心から心酔し直す。
でも、ただ付いていくだけでは駄目なのだ。一人前の責任を背負いたいと、ここに入隊したはずなのに。
―こんな事を言ったら、隊長殿に生意気だと笑われてしまうかな。
アンナは薄く笑みを溢し、部下とのやり取りを素早く済ませると、足早に上官達の手当てに向かった。