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【恋の重さ】(仮題)
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私としにがみくんの出会い
夜の街は、月明かりが降り注ぐほどに静かだった。
時折、遠くから車のエンジン音が聞こえるだけで、通りを行き交う人の姿はほとんどない。
私は一人、家に帰る道を歩いていた。
いつもの夜と同じはずだった。
けれど、その夜だけは何かが違っていた。
ふと、足を止めた。
通りの向こう、薄暗い街灯の下に、見慣れない男が立っている。
真っ黒なコートを纏い、無表情な顔でこちらをじっと見つめている。
目が合った瞬間、心臓が一瞬止まったかのように感じた。
「……君、誰?」
自然と口をついて出た言葉は、自分でも驚くほど静かだった。
声が震えたのか、冷たい風のせいなのかはわからない。
だが、男は答えなかった。
ただ、まるで誘うように片手を差し出す。
「……変な人」
そう呟き、私はその場を離れようと足を踏み出した。
その瞬間だった。
「逃げないんだね」
声が高く、でもどこか冷ややかで、それでいて妙に心地よい声が背後から聞こえた。
驚いて振り返ると、そこには先ほどの男が、まるで瞬間移動したかのように近くに立っていた。
「……なに、それ。君、ちょっと怖いんだけど」
「それでも、君は逃げなかった。面白いね」
男の瞳が私を貫くように見つめてくる。
まるで魂の奥底を覗き込まれているような感覚に、思わず身震いした。
けれど、不思議と怖いだけではなかった。
その視線には、言葉にならない引力のようなものがあった。
「君……何者?」
「僕? 僕はしにがみだよ」
しにがみ――?
思わず笑ってしまった。
「え? なにそれ、嘘でしょ??そんなの本気で言ってる?」
男は微かに眉をひそめたが、すぐに小さく笑った。
その笑顔は氷のように冷たく、それでいてどこか寂しげだった。
「嘘だと思うなら、それでいい。でも、君がこれからどうなるかを知ってしまうと、きっと信じるしかなくなるよ」
「どうなるって……何の話?」
不安と好奇心が入り混じった声で問い返した。
けれど、彼はすぐには答えなかった。
代わりに、私の足元に冷たい影が広がっていくのが見えた。
まるで闇そのものが生き物のように這い寄ってくるかのようだった。
「これ、何?」
思わず後ずさる。
「これが君と僕が出会った理由さ」
しにがみくんは、一歩近づいてきた。
その瞳は深い闇のようで、目を逸らそうとしても引き寄せられる。
「君は……面白い運命を持っているんだ」
「運命って……何の話? どういう意味?」
「教えてほしい?」
彼の声は高く、囁くようだった。
それなのに、私の胸に直接響くような力を持っていた。
「別に、そんなに知りたいわけじゃない……けど、どうせ教えてくれるんでしょ?」
「ふふっ、確かに。君はそういう子みたいだね」
そう言って、しにがみくんは私の肩に手を置いた。
触れた瞬間、全身に鳥肌が立った。
その感触は現実のものとは思えないほど冷たく、私の体の芯まで凍りつかせるようだった。
「君の命は、普通の人のものじゃない。だから僕は、ここにいる」
「……普通の人の命じゃない? 意味がわからないよ!」
「すぐにわかるよ。君がどうなるのかも、僕が何を望んでいるのかも」
彼の言葉に抗うことはできなかった。
気づけば、私は彼の手の冷たささえ気にしなくなっていた。
その笑顔に、なぜか引き込まれるような感覚があった。
それが、私としにがみくんの出会いだった。
1話
君が私を見てる理由
あの夜、しにがみくんと出会ってから数日が経った。
普通なら、あんなの夢だったのだろうと思って忘れてしまうはずだ。
でも、私には無理だった。
目を閉じるたびに、あの冷たい手の感触や、瞳の奥に潜む暗闇が、心の中で何度も蘇る。
私の中に、どうしても彼のことを忘れられない何かが残っている。
その日も、いつも通りカフェでコーヒーを頼み、席に着こうとした。
その瞬間、後ろから声がかかる。
「やぁ、また会ったね」
振り返った先には、やっぱりしにがみくんが立っていた。
黒いコート、無表情な顔、周りの空気さえ引き締めてしまうような、異常な存在感を放っている。
「あ、君……なんでここに?」
私の心臓がまた、早く打ち始めるのを感じた。
心の中で思わず叫びたくなる。
どうして、この人はいつも突然現れるんだろう?
「君のこと、気になってね」
死神くんは微笑んだ。
その笑顔は冷たく、どこか心を掻き乱すような力を持っている。
まるで私の中にある恐れや不安をすべて引き寄せるように。
「気になるって……でも、君、やっぱり変だよ」
「変だと思うなら、それでいい。でも、君の命が普通じゃないから、僕はこうしているんだよ」
その言葉に、どうしても納得できなかった。
私の命が普通じゃない?
それがどういう意味だろう?
私が知っている自分の命なんて、ただの平凡なものだ。
変わり映えのしない毎日が、私を無理にでも生きさせている。
「だからって、君が私を見てる理由にはならないよ」
「君が逃げようとしないから、僕は君に関わらずにはいられない」
その言葉を聞いた瞬間、私はぞっとした。
逃げないから関わる、って――まるでそれが運命だと言わんばかりに。
「逃げるって、私が?」
しにがみくんは黙って頷いた。
その一瞬の沈黙が、私の心を重くさせる。
「君が逃げなければ、僕が君を見守る。君の運命を知るのも、僕の役目だから」
「でも、君の役目が私に必要なわけじゃない」
私が反論するたびに、胸が締め付けられる。
心の中では何度も叫びたかった。
こんなにも不安で、怖いのに、どうしてか彼の言葉を無視できない。
彼が言う「役目」って、いったい何だろう。
私に、何をしろというのだろう?
しにがみくんはゆっくりと席に座ると、静かに言った。
「君の命は、僕が関わることで変わる。普通の人間の命じゃない。君は、知らず知らずのうちに、特別なものになってしまった」
「そんなことない」
私は思わず否定した。
でも、心のどこかで、彼の言葉が少しずつ重みを持ち始めていた。
普通の人間、じゃない?
何が違うんだろう。
それを知るのが怖い。
もしかしたら、私の中にある何かが、彼を引き寄せているのかもしれないと、少しずつ感じ始めていた。
「君が何を怖れているのか、僕は知っているよ」
「……知ってるって、何が?」
「君が僕を引き寄せている。君の心の中に、闇が潜んでいるからだ」
その言葉に、私は驚きと恐れが入り混じった感情を抱えながら、言葉を失った。
闇――私の心に潜んでいるもの。
それが本当にあるのだろうか。
ないわけがないのに、否定したくてたまらない。
「君の心の中にある空白は、僕が埋めてあげる」
その言葉に、身体が震えた。
しにがみくんの言葉が、私の一番深いところに触れるような気がした。
「やめて……」
そう言おうとしたけれど、声は震えてうまく出せなかった。
恐怖が私を支配し、何もできない。
けれど、同時に心の奥底では、彼に引き寄せられている自分がいた。
「君が拒んでも、僕は君から逃げない」
しにがみくんの目は、どこか遠くを見ているようで、それでいて私をしっかりと見つめていた。
その視線が、私の内側を深く見透かすようで、私は思わず顔を伏せた。
「……君がいると、普通の生活ができない」
私はぼそっと呟いた。
あまりにも現実味がなさすぎて、言葉にするのが辛かった。
「それがどうした?」
「それが、私の一番大切なものだから」
でも、彼はそれを知らない。
知りたくもないだろう。
それでも、彼のことを無視できない自分がいる。
どうしてこんなにも、心が揺れ動いてしまうのか。
「普通の生活なんて、君にはないんだよ」
その言葉が、まるで私の世界を覆い隠すように響いた。
何もかもが変わってしまうんじゃないか、そう感じると胸が苦しくなった。
怖い。
あまりにも怖い。
でも、どうしてか、私は彼の手を拒否できなかった。
その後、何も言わずに席を立った。
しにがみくんは、私の後ろから静かに歩いてきた。
彼の存在が、どんどん私にとって欠かせないものになりつつあるような気がして、ますます不安になった。
けれど、止められなかった。
彼が私の中に入り込んでくるのを、何か無理にでも許してしまっている自分がいた。
next2話
♡ちょうだぃ、
コメント
2件
楽しみ!
静空ちゃんのお話ほんと好き!