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森の奥についたセレーナは、ポシェットから古びた魔導書を取り出した。父親の書庫からこっそり盗み出したらしい。
「いい、エド。これで私とあなたの『共犯』なんだから。誰にも言っちゃダメよ」
木の枝で地面に描かれた歪な魔法陣。彼女が読み上げる呪文を、僕はなぞった。
「森の息吹、光のさざめき。我らが精霊に、形を与えん――」
僕が唱えた瞬間、翠色の光が爆発した。光の中から現れたのは、親指ほどの小さな二人の精霊だった。
「わあ、きれい! 光の粒が跳ねてる!」
セレーナは目を輝かせ、僕の肩に飛び乗った精霊に手を伸ばす。けれど、彼女には精霊が光の粒にしか見えていないようだ。
「おい、エド。お前の主人のねえちゃんはすげえ可愛いじゃねえか。同じ種族(精霊族)ならほうっておかねえのに」
やんちゃそうな男の子の精霊、リオンが僕の耳元で囁く。
「ちょっと、あんた。私たちの役目は契約者(エド)を守ることでしょ」
銀髪の女の子の精霊、ステラがリオンの耳を引っ張る。
「いてて、わかったから離せってば」
僕がくすっと笑うと、セレーナは不思議そうに首を傾げた。
「エド、あなたはきっと素敵な精霊師になれるわ」
セレーナは無邪気に言うけれど、僕の魔力はまだ不安定で、精霊たちを呼び出すのが精一杯だった。魔導書には、精霊術による二つの上級魔法が記されていた。
一つは、風と土を掛け合わせ、地形ごと粉砕する攻撃魔法、『真空爆裂(エアロ・バースト)』。そしてもう一つは、術師の命を精霊へと変換し、対象者に流し込む『生命力の譲渡(ライフ・トランスファー)』。破壊と献身。今の僕には、どちらも遠い夢物語にしか思えなかった
一方、セレーナの治癒魔法は、僕よりずっと強かった。彼女が森の枯れた草花に触れると、それらは魔法のように——いや、事実魔法によって、瞬時に息を吹き返す。けれど、治癒の代償は生命力を削ること。魔法を使った日の彼女は、肌が青白くなり、ひどくやつれてしまう。だから僕は、彼女にあまり魔法を使わせたくなかった。
夕暮れの森は黄金に染まり、ひんやりした風が頬をかすめていった。セレーナは木苺の汁で赤くなった指先を僕の服の裾で拭いながら言った。
「エド。あなたはずっと、私のそばにいなさい。約束よ?」
「はい」
命令にも聞こえたし、祈りにも聞こえた。その声を聞いたとき、僕は確信した。僕は、一生この子には勝てない。でも、それでいい。
セレーナが振り返ると、光を受けた瞳が揺れる。それは森にある深い湖のように澄んでいるのに、人を惑わせる。気づいたときには、もう手遅れだった。あの瞳はきっと毒だ。無味無臭で、気づかないうちに日常で蓄積されて、体を蝕む——ヒ素のような。
ふとした時の可憐な微笑み。ドレスからのぞく華奢な手足。小首をかしげる癖。名前を呼ばれ、返事をするときの少し舌足らずな声。彼女が離れてしまう未来を想像すると、僕はいたたまれなくなった。