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村の人達に引っ越すことを話すと送別会を開くと言ってくれた。朝は村で毎年やる祭りの予定を繰り越して今日やってくれて、夜は村で1番大きな家で宴をして、みんなでお酒を飲んで、歌って踊った。彼も賑やかなのは好きだと楽しんでいた。次の日アタシたちは村長さんの車で村の人達に見送られながら東京の新しく住む家へ送ってもらった。
家は前のような一軒家ではなく、少し古いアパートに住むことになった。部屋にはダブルベット、大きめのタンス、食事のための机と椅子、家族や村の人達との思い出の写真と水槽の中のベタ。質素で寂しいと感じる人がいるかもしれないけれど、アタシたちにとっては思い出の詰まったものばかりで暖かな空間になっている。
彼は前の仕事から大手企業の経営部で仕事をすることになった。
2ヶ月たったある日ののこと。
「これからは俺が働いてお金を稼ぐから和音は家にいて欲しい。暇に感じる時は趣味をしていていいから。」
アタシは不思議と嬉しくはなかった。人の役に立てているというので働くことが好きだったからなのか、彼に役に立たないと思われてしまったと感じたのか。
「嫌われたくない。私を愛して。あなたを愛し続けるから…。お願い…」
その時玄関の扉が開いて彼が帰ってきた。職場でなにかあったのかとても不安げな顔をして家に入ってきた、そう思っていたらとても心配した瞳でアタシの名前を呼んでいる。アタシはその時静かに涙が頬を伝ったと感じた。
「なぜ泣いているんだい?悲しいことがあったのか?」
「違うわ、なんともないから気にしないで。目が乾いただけだろうから。」
疲れているだろうに。彼は自分よりもアタシを優先してくれた、こんなに嬉しいことがあるだろうか。彼の愛を疑っては行けない。それがアタシにできる彼の愛への恩返し。
「楓(かえで)こそ目の下に隈ができているわ。会社でなにか辛いことでもあったの?」
「君には敵わないな。バレないように薄くしてきたのに。」
「どれだけ一緒にいると思っているのよ。あなたの変化は全て分かるわ。疲れているならコーヒーをいれてこようか?」
「ああ、頼めるかな?」
彼は苦いものが昔から苦手でコーヒーもオレくらいに甘くしないと飲めない。そんなことをアタシが知らないはずないのに。襟に着いた濃い女性の口紅も気づけないと思われているなんて。
「苦っ!ブラックじゃない?!」
「あらごめんなさい、アタシのと間違えてしまったみたい。」
「何歳になっても苦い物が苦手なんだ…ごめんかっこつかなくて。」
かっこがついていないのは横切る度にふわりと香る女性の香水の匂いのせいなのに。あれはアタシの香水の匂いじゃない。だってあの匂いはアタシの嫌いな柑橘系の香水。