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雷公童子を見た女のモンスターが叫んだ。
『な、何よそれッ! ここは人の魔法を封じた世界ッ! 魔法を使えるはずが……!』
「僕は魔法を使ってないよ。何度やっても使えなかったしね」
魔法が使えないのは今も変わっていない。
試しに『導糸シルベイト』を伸ばして、『属性変化:炎』で燃やそうとするのだが燃えない。何も変わらない。
だから、ここが『魔法の使えない世界』であることには変わりないのだ。
そう、俺は魔法なんて使ってない。
俺はただ妖精を呼び出しただ・け・だ・。
『もうやって良いか、童わっぱ』
「うん、お願い。雷公童子」
俺が雷公童子にそう合図を出すと、奴は前に一歩踏み出した。
その瞬間、空から無数の雷が雨のように降り注いだ。
ジャングルジムで遊んでいたモンスターが被雷して爆発した。
手だけのモンスターに落雷して、見事に粉々になった。
校庭でサッカーをしていたモンスターの一匹が、ボール代わりにしていたモンスターを雷公童子に向かって蹴った。けれど、雷公童子に届くよりも先に空中で爆ぜた。
『思い上がったな、入れ墨女! 熟しておらぬッ! まだまだ熟しておらぬぞッ! 青二才ッ!!』
雷公童子は取り逃したモンスターに網のような雷を放った。
それに巻き込まれたモンスターたちが丸焦げになって死んでいく。
やっぱりこいつ、強いな。
俺が雷公童子の強さに感心していると、それを避けた女のモンスターが叫んだ。
『アンタはこっち側でしょ! どっちの味方してんのよッ!』
『ふははッ! 我はすでに死んだ身。冥府の底から生き返ったのであれば、生き返らせた者の味方よッ!』
『ふざけてんじゃないわよッ! 美学は無いの!?』
『美学を語るのはいつも弱き者と決まっている。強さこそが、美しさなのだ』
雷公童子は笑う。
見る見る内にグラウンドにいたモンスターたちが減っていく。
だが、女のモンスターはグラウンドで無双ゲーして遊んでいる雷公童子を無視して俺に向かってやってくる。
『アタシの妹を殺した恨み。絶対に晴らしてやるからなァ……!』
そう言って女のモンスターが一歩踏み込んだ瞬間、それを上から雷公童子が組み伏せた。
『我が思うにお前の妹は熟していなかったのだろうな』
『うるせェッ! そもそも、熟すって何よッ! 如月イツキは熟しているとでも?』
雷公童子が上に乗って、女のモンスターがソリみたいに滑る。
俺は勢いよく走っている人を後ろから押さえつければ、スライディングするんだということを生まれてはじめて知った。
ガリガリと女のモンスターの頭をグラウンドに押し付けながら、雷公童子が笑う。
『無論ッ! 良く実みのっているではないかッ!』
『……農家でもやってなさいよ』
刹那、モンスターの頭を取り押さえていた雷公童子の腕に向かってぐるぐると『導糸シルベイト』が伸びる。そして、手錠のように縛り上げると、組み伏せられていた女のモンスターが雷公童子を蹴り飛ばした!
『はい。油断したわねェッ! あたしの勝ちィ!』
そして、雷公童子の両腕が『形質変化』。
俺が瞬きした瞬間、腕がキューブに変化していく。
『このまま如月イツキと一緒に川に流してやるわ! 仲良く植物の肥料になりなさいッ!』
勝ち誇ったように高笑いする女のモンスター。
だが、俺は雷公童子と戦ったから知っている。
その程度じゃ、雷公童子は止められない。
『ふむぅ? 物体への形質変化と見た。しかァし! この程度、所詮は児戯じぎ。お遊戯会が関の山よ』
雷公童子はそう言うと、両腕を噛みちぎった。
何を言っているのかと言うと、指の先からキューブになっていく両腕の根本……肩よりわずかに先の部分を噛んで、千切った。
千切って、捨てた瞬間、身体が紫・電・に・なった。
その雷はすぐに人型――鬼の姿を取る。
そして、何事も無かったかのように無傷の雷公童子は言った。
『形質変化はこのように使うのだ』
起き上がった女のモンスターの顔が引きつったのが分かった。
いや、そりゃあ引きつるだろう。
自分の両腕を自分で噛みちぎってそれごと再生するなんて、『治癒魔法』によっぽどの自信を持っていないと出来ない芸当だし、物体をキューブにするよりも遥かに高度なことをやっている。
しかも、生み出された他のモンスターたちはすでに一体も残っていない。
雷公童子が全て祓い終えているのだ。もはや滅茶苦茶である。
流石は『第六階位』と言ったところか。
『……アンタ。何者よ』
『あいにくだが』
両腕を癒やした雷公童子が踏み込む。
『熟す気配の無い者に名乗る名は持っておらぬッ!』
そして、雷みたいな速度で駆け抜けた。
『動体視力強化』を使えない俺には何が何だか分からないが、次の瞬間には女のモンスターがぶっ飛んでいたから、殴ったのか蹴ったのか……まぁ、とにかくどっちかをしたんだろう。
遅れて腹の底に響き渡るような低音が右奥から鳴り響いた。
音の聞こえてきた方向を見ると、体育館に女のモンスターが突き刺さっていた。
流石に死んだか、と思っていたのだが女のモンスターはフラつきながら腕を伸ばした。
こっちもこっちでしぶといな。
まぁ『第五階位』だから、当然っちゃ当然か。
『ま、まだまだァ……! 最後の切り札があんのよ……!』
女のモンスターがそういうと、タトゥーが光り輝く。
そのタトゥーが生き物みたいにうごめいて、女のモンスターが生み出した『導糸シルベイト』が体育館を包んだ。
刹那、体育館がプレゼントボックスみたいに開く。
その瞬間、中から出てくるのは巨大な腕。
見た感じで正確なところは分からないが……腕だけで5,6mくらいある。
その腕が体育館の壁を投げ飛ばして、そこから出てきたのは10mくらいありそうな巨人。腕が異様に長く、足が短いのが特徴的なモンスター。そして、なによりも巨大な頭には目が1つしかない。
『あたしの全力を注いで生み出した最後の妹……ッ! 箱にするのは止めたわッ! 潰れて死ねや、如月イツキッ!!』
そして、自分の生み出した巨人の肩に乗っかってモンスターが叫んだ。
一方で巨人は巨人で女のモンスターの言うことを気にした素振りも見せずに単眼をぎょろりと動かす。
いろんなところを見回して、俺を見た。
そして、雷公童子を見て、先生を見て、ニーナちゃんを見た。
次の瞬間、巨人が笑う。地面を蹴る。その巨体に似つかぬ素早さでニーナちゃんに向かって、手を伸ばす。
「……ッ! 雷公童子っ!」
『うむッ! 実る素質ありッ! 狙われるのは勿体もったいない!』
いつかアヤちゃんに言ってたようなことを言いながら雷公童子の身体が紫電になった。消えた。
次の瞬間、巨人が真上に向かって吹き飛んだッ!
いや、違う。吹き飛んだんじゃない。蹴り飛ばされたんだ。
だって雷公童子が紫電を纏わせた状態で蹴りの残心に入っている。
おい、嘘だろ。
あの『身体強化』ってそこまでできるのかよ……ッ!
俺は普段使いしている『身体強化』の先・を見て息を呑んだ。
次の瞬間、わずかに遅れて巨体が吹き飛んだ衝撃波が俺を殴りつけた。生まれた風がびりびりと校舎の窓ガラスを震わせた。
『ふむ。思っていたよりも軽いな』
そんなことを言いながら、雷公童子は天高く舞い上がった巨人にまっすぐ腕を伸ばした。
『童わっぱ。我の遺宝を使って、雷魔法の練習に励んでいたようだな』
「え? う、うん。まぁね」
とは言っても、形になっているのは『身体強化』と『機雷』の2つくらいなのだが。
『ならば、1つ面白い物を見せてやろう!』
雷公童子の腕に『導糸シルベイト』が巻き付いていく。
それが、バチッ! と、紫電を撒き散らすと放電。その全てが『導糸シルベイト』で制御されて、雷公童子の右腕だけに集まっていく。
雷が一点に集中して、真っ白に光り輝く。
それはまるで、雷のバーナーみたいで、
『いつか言ったな。雷が炎を起こすのが自然の道理だと。これがそうであるッ!』
雷公童子がそう言った瞬間、真上から落ちてきた巨人の身体に雷公童子の腕が触れる――その瞬間、何故だか俺の視界がゆっくりになった。
『童わっぱに倣ならって名付けるのであれば――』
そのゆっくりになった視界で、俺は見た。
雷公童子が巨人を祓う瞬間を。
『雷突いかづち』
雷公童子の腕が巨人の胸に触れた。一瞬で巨人の胸が熔けた。
それだけじゃなく背中から思いっきり巨人の内臓が噴火した。
まるで、見えない巨大な槍に貫かれたみたいに巨人は胸にぽっかりと穴を空けると、黒い霧になっていく。
そして、最後に巨人の胸から飛び出してきたのは無傷の雷公童子。
『ふむ。この程度が切り札か。やはり児戯だな』
雷公童子はそういうと、女のモンスターに『導糸シルベイト』を伸ばす。
モンスターは雷公童子に向かって叫んだ。
『あ、アンタさえいなければ如月イツキを殺せてたのにィ!』
『哀れなり』
紫電が走る。
それが消えた後には、黒い霧しか残っていなかった。
モンスターが祓われた瞬間、世界がブレた。
続けて空が割れると、そこから太陽の光が覗く。
月と一緒に太陽の光が見えてるというの変な話だが、俺はその不思議な景色を見て直感的に理解した。
どうやら、この不思議な空間から解放されるみたいだ。
『さて、我が主。気は召されたか』
「流石だよ。雷公童子」
『いつでも呼ぶが良い。童わっぱはすでに我の主なのだから』
俺は雷公童子の身体を解ほどいた。
すとん、と俺の手元に雷公童子の遺宝が戻ってくる。
それと同時くらいに、俺たちは現実世界に戻ることができた。