テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
祠の中は、外よりもわずかに暗かった。
屋根は崩れかけ、月明かりがところどころから差し込んでいる。
それでも、風を遮る分だけ、外にいるよりは幾分ましだった。
こさめは、入り口に近い石段に座り込んでいた。
奥には入らない。
入ってしまえば、逃げ道がなくなるからだ。
その視線は何度も外へ向けられる。森の闇と、祠の奥。
どちらが安全かを測るように。
📢「……そこにいれば、冷えるぞ」
低い声が、奥から響いた。
こさめはびくりと肩を揺らす。
声の主――あの人は、祠の奥、崩れた石の台のあたりに座っている。
姿は見えるが、距離がある。近くに来る気配もない。
それが、かえって不気味だった。
🦈「……だいじょうぶ」
小さく答える。
嘘だ。
足は冷たく、指先の感覚も鈍い。
それでも、奥には行きたくなかった。
📢「そうか」
それ以上、何も言ってこない。
無理に動かそうともしない。
ただ、それだけだった。
こさめは少しだけ顔を上げる。
(……おこらない)
それが、分からなかった。
これまでなら、「言うことを聞け」と言われる。
動かなければ、無理やり引っ張られる。
それが当たり前だった。
なのに、この人は違う。
言うだけで、それ以上は何もしない。
「……」
沈黙が落ちる。
風の音だけが、祠の中を通り抜ける。
こさめは膝を抱え直し、さらに体を小さくする。
視線は、また外へ。
逃げることも考えている。
だが、足が動かない。
疲れているのもあるが――それ以上に。
(……さっきのとこより、こわくない)
それが、ここに留まっている理由だった。
奥にいるあの人のせいなのか、この場所そのものなのかは分からない。
ただ、さっきまでいた森の暗闇よりは、ここはましだった。
📢「……」
奥にいる男、いるまは、黙ったままこさめを見ていた。
視線は鋭いが、敵意はない。
観察している。
ただ、それだけだ。
(逃げないな)
そう思う。
逃げる力がないのもあるが、それだけではない。
この子は、状況を見ている。
危険かどうかを、測っている。
その目は、年齢にしてはあまりにも冷静だった。
(……歪められている)
本来なら、もっと無邪気に怯え、泣き、すがるはずだ。
だが、この子は違う。
泣きはした。震えもする。
それでも、どこかで「相手を見ている」。
それは、生き延びるために身についた癖だ。
📢「……寝ないのか」
いるまが言う。
こさめはすぐに反応する。
🦈「……ねる」
だが、横にはならない。
そのまま膝を抱えている。
📢「それでは休めない」
🦈「……いい」
短い拒絶。
それ以上、言葉は続かない。
いるまは少しだけ目を細めた。
📢「好きにしろ」
突き放すような言い方。
だが、声に棘はない。
こさめは、その言葉にわずかに安堵する。
命令されなかったからだ。
🦈「……」
再び、静寂。
時間だけがゆっくりと過ぎていく。
やがて。
こさめの体が、少しだけ揺れた。
うとうとしている。
限界が近い。
それでも、横にならない。
完全に無防備になることを、体が拒んでいる。
📢「……」
いるまは立ち上がった。
その気配に、こさめがびくっと顔を上げる。
目が合う。
警戒の色が、はっきりと浮かぶ。
逃げようとするように、少しだけ後ろに下がる。
📢「……動くな」
短い一言。
強い声。
だが、怒鳴ってはいない。
こさめの体がぴたりと止まる。
命令として、受け取ったからだ。
いるまはゆっくりと歩く。
距離を詰める。
一歩ずつ。
急がない。
脅かさないように。
だが、止まらない。
こさめの呼吸が浅くなる。
目が大きく開かれる。
🦈(くる……)
逃げたい。
でも、足が動かない。
声も出ない。
いるまは、こさめのすぐ前で止まった。
手を伸ばす。
その瞬間、こさめの体が強張る。
だが――
触れない。
手は、こさめの横を通り過ぎた。
背後にあった、崩れた板切れを拾い上げる。
それを、祠の壁際に置く。
📢「そこに寄れ」
短く言う。
こさめは動かない。
📢「風が当たらない」
説明は、それだけ。
理由を与える。
命令のための理由。
こさめは少しだけ迷い、ゆっくりとその場所へ移動する。
壁に背をつける形になる。
さっきより、風は当たらない。
🦈「……」
何も言えない。
ただ、そこに座る。
いるまはそれを確認すると、また距離を取った。
元の位置に戻る。
それ以上、近づかない。
📢(……必要以上に触れない)
それが、今のこさめにとって重要だと分かっている。
📢「……」
しばらくして。
こさめのまぶたが、重くなる。
さっきより、少しだけ安心している。
完全ではない。
だが、ほんのわずか。
🦈(……ねても、いいのかな)
その考えが、初めて浮かぶ。
完全に信用しているわけではない。
それでも。
さっきよりは、ましだ。
こさめはゆっくりと、横になった。
すぐに起き上がれるように、体は丸めたまま。
目も、完全には閉じない。
薄く開いたまま、奥にいる男を見る。
いるまは動かない。
ただ、そこにいる。
見張るように。
守るように。
どちらとも取れる距離で。
「……」
やがて、こさめの意識が落ちていく。
浅い眠り。
すぐに覚めるような、警戒の残った眠り。
それでも――眠った。
その呼吸を、いるまは静かに見ていた。
(……脆いな)
簡単に壊れそうで。
それでいて、しぶとく生きている。
矛盾した存在。
📢「……面倒だ」
ぽつりと呟く。
関わらなければよかった。
そう思う。
だが――
視線は、逸らさない。
眠る子どもから。
📢(……朝になれば、離す)
そう決める。
それが正しい。
それが、これ以上関わらないための最善。
なのに。
📢「……」
なぜか、その決断が、わずかに重く感じた。
祠の中。
冷たい空気の中で。
ひとりだったはずの神は、眠る人間の子どもを見つめ続けていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!