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《 この世界で龍と出会してはなりませぬ!》
セイリュウの⋯声がする。
《此方の龍は災いに成りかねない!!》
ゴキ⋯ッ!ゴッ⋯!ゴリリッ!
何かが砕け折れる様な鈍く不快な音が
定期的に耳に響く。
その音に併せ
大量の液体が地面に打ち当たる音や
獣が呻く様な掠れた音
足元に伝わる生温い湯水の感触
鼻腔を穿く刺激臭
その総てが不快さを
ゾワゾワと掻き立ててくる。
《ろろ⋯!》
セイリュウの名を呼ぶ声に
私は目を開いた。
暗闇の中で立ち尽くしていた私は
思考に靄が纏わり付いたままに
声がする方へ
一歩⋯また一歩と
枷でも嵌められたかの様な足を進める。
歩を進める度に
足元で跳ねる水の感覚が深くなり
異臭は濃さを増し
耳に響くあの不快な音が近付いてくる。
ぐに。
柔らかでいて生温かい
何かを踏み付けてしまい
私は足元に視線を落とした。
「⋯⋯っ!?」
靄が〝畏怖〟と云う嵐に掻き消され
私の思考に稲妻が疾走り
躰中を穿き通っていく。
ー⋯山羊の首無し死体!?ー
気付けば私は
暗闇だけではなく
血の海に立っていた。
山羊の死体から
目線を先へと延ばす。
ーこれは⋯何事だ⋯!ー
暗闇に拡がる一面の血の海
その彼方此方に
無惨にその躯を浮かばせているのは
私の見知った顔ばかりであった。
副会長、補佐
いつもの文具店の店主、カフェの女主人
クラスメイト、教職員
両親⋯
酷く歪んだ顔で
誰も彼もが血の海に揺蕩っていた。
《ろろ!ろろっ!!》
血の海の先で
セイリュウが私の名を叫ぶ声がする。
腰元にまで掛かる血の海と
無惨に浮かぶ夥しい骸を掻き分け
無我夢中で進んだ。
過ぎる度に骸の双眸がじろりと
その者を置いて進む私を
咎める様に見つめ続けてくる。
視線を振り切って進むと
巨大な蠢くものが2体
いや、3体ある事に気付き
嫌な予感と共に喉がヒリつき
渇いた呼吸が小刻みに漏れ出した。
「セ⋯イリュウ⋯?」
分厚い下顎と
剥き出した鋭い牙が喉元に喰い込み
ゴリッと鈍く低い音が不快に響くと
迸る鮮血が血の海を波立たせる。
ドラゴンがドラゴンに
食い殺されている⋯?
セイリュウには角は無かった。
その角の無いドラゴンが
無惨に喉を喰い裂かれ
息も絶え絶えに低く唸っている。
喉元に喰いついたままのドラゴンは
山羊のそれの様に緩く湾曲した
黒曜石を鋭く磨き澄ませた角を持ち
暗闇で翠色の双眸を光らせながら
私を睨みつけていた。
その角のドラゴンの後方で
暗闇でも解る闇で象られた怪鳥が
大きな翼を拡げ
捩じ伏せられている
セイリュウの上に降り立つと
その腹部に鉤爪を穿つ。
「やめろぉぉぉ!!」
制止も虚しく
断末魔と共に私に降り掛かる
滝の様に押し寄せる鮮血の波と
セイリュウの腑。
闇に象られた嘴の口角をニヤリと歪め
私を不死鳥が嘲笑う。
「紅蓮よ!この身を焦がし⋯私を導け!!」
詠唱と共に私は足許に魔力を練ると
それを足場に血の海の水面に立つ。
「 くすぶる欲望!!!!」
足許から炎が猛りこの躯を包むと
口角を歪め上げたままの不死鳥が
セイリュウの上から飛翔し
私の目前に降りて来た。
ゆっくりと降り立つ最中で
不死鳥の姿は私よりも小さくなり
人の形を成していく。
砕けるのでは無いかと思う程
神経を逆撫でるその光景に歯を食いしばる。
不死鳥はあろう事か
あの子の姿を真似て
私の目前に降り立ったのだ。
あの子の姿で
その顔で
醜く嘲笑を浮かべると
私と同じ様に躯を燃え上がらせ
しんと音が張りつめる中
血の海の水面で対峙する。
幼くして魔法が顕現したあの子は
〝正しさ〟を知らぬまま火を扱い
暴走した魔法は炎となり死に至った。
何も出来なかった私を
あの子なのか
それとも己なのか
呪う如く私に顕現した能力は
この身を焦がし包む炎⋯
正しく生きるべき私にあろう事か
その名は《くすぶる欲望》となった。
あぁ⋯
何と憎く、おぞましい能力か。
あの子の姿で対峙する事で
それを突き付け私を乱そうと云う魂胆か。
私を絶望させ力を得る算段であろう。
ーだが、お前はあの子では無いー
腕を横に間一に振る事で
生まれた炎を掴むと
それは燃え盛る錫杖として召喚される。
錫杖を下から振り翳すと
不死鳥へと向かい
血の海の水面の上で
一閃の炎の足場となった。
炎の足場を蹴り上げ走り
不死鳥へと距離を縮める。
ーお前はー
「怪物めっ!!」
あの子の顔で嘲笑う不死鳥へ
振り下ろされた錫杖が
急に顔前で、びたりと止まる。
否、直前で何者かに掴み止められたのだ。
錫杖を炎に戻しその手をすり抜けさせ
瞬時に宙に足場となる炎を灯し
それを蹴り上げ躯を回転させると
水面にも魔力を燃やして炎の足場を作り
私は距離を取った。
ー何者だ!?ー
不死鳥の横で
高い体躯を黒衣に包んだその者は
顔を山羊の首で隠し
不気味な佇まいを醸し出している。
「⋯悪魔!?」
その山羊の首の奥から
黒曜石を緩く湾曲させた様な角が窺えた。
ーセイリュウの喉元に喰らい付いていた
ドラゴンか!?ー
ギリッと音が鳴る迄
歯を噛み締めた。
魔法はイマジネーション。
その時私は
不意に結晶の彼女を思い出した。
一枚の燃える刃の羽根で
その胸を穿いた彼女の姿を⋯。
背中に魔力を集中させ
くすぶる欲望の炎を翼へと象らせると
私は高く飛翔する。
「この⋯悪党共め!!」
両翼を翔かせると
刃と化させた幾枚もの炎の羽根を
不死鳥と山羊の首の者に穿ち放った。
ー獲った!ー
そう思った瞬間であった。
山羊の首の者が
ドラゴンの両翼を防壁にすると
炎の羽根を薙ぎ払い
飛翔する私に腕を延ばす。
轟音と共に雷が一閃
私の体躯に穿ち墜ちた。
「⋯がっ!!」
避ける事も適わず
その直撃にくすぶる欲望も掻き消え
為す術なく墜ちる私の目に
山羊の首の奥
その者の顔が垣間視える。
翠色の双眸で
墜ちる私を冷たく見遣る
その顔には見覚えがあった。
ー貴様は⋯っ!!ー
ざぶんと血の海に墜ち
雷撃に痺れた躯は藻掻く事もできず
血の海の底から黒い茨が私の躯に巻付き
意識と共に深く深く沈められていく⋯
《此方の龍は災いに成りかねない!!》
セイリュウの言葉は
まったくその通りだったのだ。
ならば災いに転じる前に
私が粛清してやろう。
黒い茨を握ると
霞む意識で遠ざかる海面を睨む。
「待っていたまえ⋯
マレウス・ドラコニアぁぁぁ!!」