テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#ファンタジー
芙月みひろ
94
設楽理沙
1,542
急に降り出した雨が、私の気分を余計落とす。お母さんは、準備をしているけど私は全然準備が進まない。
「綾愛、早くして。ちゃんと誤解ないように話に行くだけなんだから、ね?」
「…でも、怖い」
「大丈夫だよ、綾愛は悪いことしてないでしょ?
ただ、一緒にいたんだからなにか一言は言いに行かないと」
「今日、来ないかもしれないよ」
「…そしたらまた後日伺いましょ」
お母さんとのやり取りを聞いていた綾葉は、私の服を選んでくれた。
「はい、可愛い!髪の毛も結いてあげるからね」
少し高めのポニーテール。痛くないように丁寧に結んでくれた。
「僕も、行きます」
「え、レオくんも?」
家を出ようとした途端、レオは私たちにそう言った。
「まぁ、助けてくれたのは蒼眞くんだもんね。じゃあほら、行くよ!」
水溜まりばかりの道は、私のズボンを濡らした。
レオは私が濡れる度に、大丈夫かと支えてくれる。そんなの、いいのに。優しい人だなと思った。病院に着いてから、病室までの時間がとても長く感じた。白く塗装された壁が、何処か怖い。
「失礼します」
ノックをしてから、私を先頭に蒼眞の病室に入った。
「…どちら様で?」
綺麗な女の人と、中学生くらいの男の子がいる。
お母さんと、弟さんかな。
「羽野綾愛です、私が体調に気づかなくて蒼眞さんが…!」
「まぁまぁ、そんなかしこまらないで!
話は何となく、お医者さんから聞いているけど大丈夫よ」
そう言って、私の頭に優しく触れてくれる。
「蒼眞はアホのバカだし、具合が悪いって言わないこいつが悪い!」
個室とはいえ、隣の部屋に今にでも聞こえそうな声のボリュームで大笑いするお母さんは蒼眞の性格とは正反対だ。
「…あ、君が蒼眞が助けた子?綺麗な目してるわね。よかった、無事で」
「ごめんなさい、僕の不注意で」
「いいのよ、どうせそのうち目覚めるし、気にしないの!」
蒼眞を見る、蒼眞のお母さんの目は寂しそうだった。口ではそんな風に私たちに優しく言ってくれるけど、本当は誰よりも早く目が覚めて欲しいと感じているんだろうな。
「本当すみませんでした。体調不良に気づけてればよかったんですけど…」
「いえいえ、とんでもないです。
それより綾愛ちゃん、蒼眞と仲良くしてくれてありがとうね」
座って、と小さなソファに私たちを座らせてくれた。
「バカ兄貴、綾愛さんのおかげで最近よく笑うようになったんだ」
「そうなの、私が忙しくてお弁当作れなくてね?購買代はもういらない、毎日作ってくれる子がいるって言うから問い詰めたのよ」
「そしたら、顔真っ赤にしてんだよ。気持ち悪いよね、兄貴のくせに」
蒼眞のお母さんと弟さんは顔を合わせて笑っている。楽しそうな家族だ。
「1年前に夏目くんと色々あってから蒼眞、なかなか笑わなかったからさ。素行も悪くなったみたいだし、綾愛ちゃんのおかげ!ありがとうね」
「蒼眞自身が前に進んだだけで、全然私は何もしてないですよ」
くしゃっと笑った蒼眞のお母さんの顔が、蒼眞に似ていた。
「ううん、何もしてなくない!良かったらこれからも仲良くしてあげて」
「もちろんです」
そう答えた私の胸が、とてつもなく苦しくて痛い。私の発言は、矛盾だらけ。あの子に、これからよろしくねって言ったのに、蒼眞のお母さんの前では仲良くするって言うなんて。
親同士での雑談が始まった。世間話をして、連絡先を交換している。私のお母さんも、蒼眞のお母さんも親しみやすい性格をしているから簡単に仲良くなれてしまうんだ。
一方、私は弟の秋眞くんと蒼眞の話をしている。秋眞くんは、蒼眞とは違って明るい気さくな子。
「…レオ?」
隣に座っていたレオは、突然立って蒼眞の傍に立つ。
「何してるの?こっち戻っておいで」
私の言葉を無視して、掛かっていた白い布団を剥がす。お母さんたちは、気づいていない。
「ちょっとレオ何して___」
レオが蒼眞の手に触れた途端、部屋中が青い光に包まれる。私だけがその光を感じ取っているみたいで、他の3人は、眩しがっている私を見て心配しているようだ。だけど、声など何も聞こえない。ただ、傍によってくる人の気配しか分からない。思わず目を閉じる。
「蒼眞…?!?!」
その声で、私は目を開いた。
驚くことに、蒼眞の意識が戻っている。
「レオ、何したの…?」
レオは私の質問に答えず、さっきまでいたソファに座って平然としている。
「…綾愛、会いたかった」
枯れた声で、蒼眞は私にそう言って私の腕を引っ張ってベッドへ連れ込む。
「え、ちょっと…!」
「良かった、また会えて。
もうてっきり綾愛に会えないかと思って…」
「それはこっちのセリフだか…」
蒼眞は、沢山の涙を流していた。私よりも大きくて長い腕が、私を包み込む。その力は強くて、息ができなくなりそう。
「蒼眞!バカ、このままだと綾愛ちゃん死んじゃうでしょ!」
そんな言葉も聞かず、蒼眞は私をずっと抱きしめていた。
「…ちょっと、蒼眞。そろそろ離してよ、苦しい」
無言で蒼眞は私を離した。ナースコールを押し、病院の先生が来たタイミングで私たちは病院を後にした。すっかり晴れていて、太陽が眩しい。
「良かったね、蒼眞くんの目が覚めて!」
お母さんは、嬉しそうにしている。私も、すごく嬉しい。けど、レオは蒼眞に一体何をしたんだろうか。
「…ねぇ、レオ?どうして触ったりしたの?」
その口は、微動だに動かない。
「ねえ、レオ!!聞いてる?」
「…蒼眞さんから僕の手に触れた時、鈍い電流が走ったんです。まるで触れてはいけない何かに触れたような感覚で。直後、蒼眞さんは苦しみ、倒れました。…だから、僕から触れたら目が覚めるんではないかって思って」
胸元のネックレスのサファイアの色が、以前より薄くなっている気がした。レオは、そう語ってから私の手を握る。
「ごめんなさい、僕が原因なのは知っていました。僕はこの世界の人間じゃないから、何かしてしまったんだって…」
「…そんなことないよ。むしろ、蒼眞を助けてくれてありがとう!」
握られた手を、私は握り返した。思いっきり振って、ふざけてみると、お母さんは私たちを姉弟みたいだと笑っている。
「本当に姉弟なら、私は厄介な姉だね」
「…そうですね」
「認めないでよー」
本当に、姉弟だったら楽しかったのにな。いつの間にか、レオとの別れがあることなんて忘れていた。帰る方法を、この間までインターネット検索してみたけれど、もちろんそんな方法など何処にも載っていない。自然に、向こうの世界へ帰れる日を待とうとレオに伝えて、私たちは今を楽しんでいる。もうすぐ、レオとのお別れがあるとは知らずに。
「ねぇ、今日はハンバーグにしてよ」
「いいね!レオくん、好きだもんね」
「…ハンバーグ、僕大好きです。あんな食べ物、食べたことない」
公園には、沢山の朝顔が咲いていた。
「ねぇ、お得意の花冠作ってよ」
レオを連れて、近くの公園へ行く。お母さんは、先に帰ってハンバーグの仕込みをしてくれるみたい。
青い朝顔は、あっという間に冠になった。
「…お姫様に作って差し上げました」
レオはふざけたようにそう言って、私の頭に置いてくれた。
「王子様、私をお城に連れて帰ってよ」
「僕のお城に着いたら、お好きなドレスを思う存分着てください」
少しの間、お姫様と王子様ごっこでもしてみた。高校2年生にもなって、こんなくだらない事で笑えるなんて、まだまだ私も子どもなんだな。
「作り方教えてよ!」
「いいですけど、時間かかりますよ」
「私器用だから、すぐ覚えられるもん」
15分かけて作り上げた花冠は、下手くそだった。
「花冠、難しすぎない?!私には無理なんだ…」
「それ、フランも言ってました。私は作ってもらう側でいいやって」
レオは幸せそうに笑っている。亡くなったはずのフラン姫が、レオが帰った時に実は生きてましたって現れてくれればいいのに。そうしたら、レオだって幸せになれる。
「じゃあ、生まれ変わりの私も作ってもらう側でいいや!」
「…諦めるの早いですよ」
「うるさい、帰るよ!」
家に帰ると、綾葉の大きな声が聞こえた。何かと思ってリビングに向かう。
「嘘?!読み聞かせのお母さんと再開したの?」
「そうなの!羽瀬川さんだったのよ、ビックリしちゃった!向こうは一目見て分かったみたいで、なんか嬉しい気持ち」
「じゃあ、綾愛は蒼眞くんと…」
「そう!なんだか、運命の人みたいだよね?今日、蒼眞くんに抱きしめられ__」
ニコニコしているお母さんと目が合う。
一瞬、お母さんの顔が引きつったけど、私は何も聞いてないフリをした。くだらない冷やかし話だろう。
「…あ、綾愛、おかえり」
「ただいま」
ピコンっと鳴る通知音に反応して、スマホを開くと蒼眞から連絡が来ていた。
『今日はごめん。綾愛が生きていてよかった。』
そんな1文に、私は頬が緩む。それはこっちのセリフね。お母さんたちは察したみたいで、コソコソ話している。
夏休みが終わるまで、まだ1ヶ月もある。
新学期、あの子としっかり話そう。
私だって、蒼眞を好きでいる、蒼眞と一緒にいる権利を持っている。
私の胸は、勇気でいっぱいになった。
部屋に入ると、抱きしめられたことを思い出して、顔が熱くなる。
どんな意図かは分からないけど、私はふと良くない願望が湧いてしまう。
蒼眞の恋人になれたならいいのに、って願望が。
コメント
1件
蒼眞くん、目覚めてよかったですね!病室での家族の空気感がすごく伝わってきて、特に弟さんとお母さんの明るい掛け合いにほっこりしつつ、お母さんの寂しげな目が印象に残りました。レオが突然蒼眞くんの手を取った瞬間は心臓が止まるかと思いました…あの青い光、サファイアの色が薄くなったのも気になる。綾愛さんの「矛盾だらけ」って自己認識、好きだなって思う気持ちとレオへの想いの間で揺れてる感じが切ないです。花冠作るシーン、すごく可愛かった!ラストの「良くない願望」ってタイトル回収、心にじんわり来ましたね。続きが気になります!