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誰かが自分の名前を呼んでいる。
振り向こうとするのに、足は勝手に前へ前へと走り続ける。
暗闇の中を駆け抜け、胸を打ち破りそうな鼓動
声は遠ざかったり近づいたりしながら、何度も繰り返した。
――、ー!! ー、!
それは、間違いなく自分の声だった。
けれど今の自分ではない。
幼くもあり、年老いたようにも聞こえる。
過去か未来か。
あるいは、死んだ後の自分なのか。
眩い光と耳を裂く轟音に呑まれた瞬間、意識が跳ね上がった。
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第一章 日常のズレ
「……おい、◯◯。授業中だぞ」
教室。黒板には数式。
机に突っ伏して眠っていたらしい。
隣の友人が小声で笑う。
「すげえ寝言だったぞ。名前呼んでやったらすぐ起きたし」
その言葉に、心臓が再び大きく跳ねた。
夢の中で呼ばれたのと同じ声色だった。
昼休み、
食堂に行くと昨日とまったく同じメニューが並んでいた。
「偶然か?」と呟いた。
友人は首をかしげた。
「何言ってんだよ。昨日はカレーじゃなくてラーメンだっただろ」
記憶違いだろうか。
だが、スプーンの重みや匂いまで鮮明に覚えている。
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第二章 夢と痕跡
その夜も夢を見た。
走っている。
背後から呼ばれる。
振り返ろうとするが、体が言うことを聞かない。
転んで膝を打った瞬間、
激しい痛みで目が覚めた。
布団をめくると、現実の膝にも擦り傷があった。
次の日、
教室で友人に話しかけると、
相手は一瞬不思議そうな顔をした。
「それ、昨日も全く同じこと言ってただろ」
「……いや、今が初めてだろ」
「何言ってんだ、お前」
会話がずれている。どちらの記憶が正しいのか、わからなくなる。
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第三章 声
放課後、昇降口で靴を履き替えていると、廊下の奥から声がした。
――ー、ー!
振り返ると誰もいない。
けれど、
その声は自分自身の声にしか聞こえなかった。
声は日を追うごとに鮮明になる。
時には幼い調子で。
時には疲れ果てた大人の声で。
昨日の自分か、明日の自分か、それとも
――死んだ直後の自分なのか。
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第四章 断片
夢と現実が少しずつ重なり始める。
夢で聞いた言葉を友人が口にし、夢で見た景色が現実に現れる。
廊下の窓から夕焼けが差し込み、床を赤く染めた瞬間、頭に映像が流れ込む。
線路、警報灯、ブレーキ音。
それは未来の記憶のようでもあり、
死の走馬灯のようでもあった。
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数日後の帰り道。
踏切の前に立つと、胸が締めつけられた。
夢で見た光景が、そこにあった。
赤いランプが点滅し、遮断機が降りていく。
夕陽に照らされた線路。遠くから列車の轟音。
――ー、ー!
背後から声が響いた。
それは確かに自分の声。
だが、どの時間の自分なのかはわからない。
未来の自分が警告しているのか。
過去の自分が叫んでいるのか。
死んだ後の自分が呼びかけているのか。
ーー、は振り返ろうとした。
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耳を裂くブレーキの音が、世界を切り裂いた。
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