テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
髪のカットを終えて、そのまま顔剃りへ。
背もたれの倒れたイスはこの部屋にはないので、やりにくいけれどカウチに横になってもらった。
ルシアナのただならぬ気配に、ケイリーは黙って従うことにしたようで、大人しくされるがままになっている。
「動かないで下さいね」
「剃刀も使えるの?」
「もちろんですわ」
絶対に顔を傷つけないよう、慎重に。
深剃りすると切ってしまう可能性がある。
深すぎず、かと言って剃り残しが目立たないよう浅すぎず。
ケイリーは元々肌がきれいだし髭も濃くはないので、剃り終わると女性も羨むようなツルツル・スベスベの素肌になった。
外で控えていたモニカとケイリー付きの侍従に湯を持ってきてもらい、軽く洗髪をして切った髪の毛を洗い流し、ドライヤーとオイルで仕上げ。
これだけでも十分男前だが、ルシアナの手はまだ止まらない。鞄から更に、化粧道具を取り出した。
「な、何をする気?」
ずっと黙っていたケイリーが、素っ頓狂な声を上げた。
「うふふ。傷跡にこうしてちょこっと塗れば……」
傷跡の上に、ブラシでササッとメイクを施していく。前世の世界ほどコスメは豊富ではないが、それでも何もしないよりはずっと薄く、ぼやけて見える。
「さあ、完成しましたわ。鏡でご自分の姿を見てください」
ダンスの練習用にと置いてくれた大きな姿見の前に、ケイリーの手を引いて立ってもらった。
どうか、わたくしの想いが届きますように。
半ば願うように、ルシアナはケイリーを一歩後ろから見つめる。
左側の髪は傷が隠れるように長く、そして右側はケイリーの美しい瞳と横顔がよく見えるよう短めにして、アシンメトリーに仕上げた。少しだけ癖のあるケイリーの髪質のお陰で、少しオイルを馴染ませただけでもこなれて見えてみえる。
元々の素材がいいだけに、卒倒しそうなほどのカッコ良さ。
以前の、いかにも育ちの良さそうなお坊ちゃんスタイルも悪くはないけど、こちらは少々悪ガキ感がでた。それと以前にはなかった影のある感じが、何とも色っぽくミステリアスな雰囲気を醸し出している。
これはもしかしたら、とんでもないイメチェンをさせてしまったかもしれないわね……。
あまりの出来栄えの良さに見惚れていると、ケイリーが振り返った。
「ルシアナが……なぜこの髪型に仕上げたのか聞いてもいい?」
気に食わないのとはまた違う戸惑いをみせるケイリーに、ルシアナはキッパリと言いきった。
「ケイリー様、見せたくないのなら隠せばいいのです」
「隠す……?」
「髪の毛で隠して化粧で誤魔化すのは、みっともないって思いますか? わたくしは少し耳が大きいのを横髪で隠して、面長な顔面を少しでも丸く見せるように前髪を作って、横にボリュームを持たせることでカバーしていますわ。多くの女性は化粧で、より自分を美しく見せようとしています。それをケイリー様は見苦しい行為だと思いますか?」
じっと見つめるルシアナに、ケイリーはハッとしたように目を見開いた。
「ありのままを受け入れられない自分を恥じないでください。誰にでも欠点や気に入らない点はあるものです。それらをどうにか出来ないかと工夫してカバーして……そうやって自分と折り合いをつけて生きている人がほとんどなのです」
そんな傷跡など気にするな。堂々としろ。
その言葉にケイリーは囚われ過ぎだ。
見られたくないのなら隠して、誤魔化して、見せなきゃいい。
醜い傷跡が顔にあっても、これが私。これがありのままの自分だと、胸を張って言いきれたらどんなに気持ちいいだろう。
でも、みんながみんな、自分をそっくりそのまま受け入れられるわけじゃない。
カッコ悪くなんてない。
隠すことでケイリーが前を向けるなら、楽になれるのならそれでいい。
「完璧なルックスとプロポーションをお持ちだったケイリー様が、知らないのも無理はありませんわね。結構みんな必死ですのよ?」
「ははっ、何それ」
少しだけ目尻に溜まったものを、ケイリーが指で拭った。その手をルシアナは自分の両手で包み込む。
「隠しても隠さなくても、ケイリー様は素敵です。ケイリー様が自分に自信を持てて、心が楽になる方法を選んで下さい」
「楽になる方法……。それを選んでもいいのか……」
「もちろんですわ。オシャレとはより自分を好きになるためのものです。誰だってしていることですもの。ケイリー様がして悪いはずなどありません」
美に固執すぎるのもまた良くないが、程よく身なりを整え着飾ることは、心にとってプラスに働く。自信を与え背中を押してくれる。
それがオシャレをすることの意義だと、ルシアナは思っている。
「ルシアナ……ありがとう」
二度目のハグは、辛いものでなくてよかった。
ぎゅうっとキツく抱き締められる心地良さに、ルシアナはしばらく身を委ねた。
「さてと……」
あんまりのんびりはしていられない。ルシアナだってまだ、自分の支度が残っているのだ。
「ケイリー様がわたくしに並ぶにふさわしい男になったところで、改めて言うことはございませんこと?」
ツンっと鼻を尖らせて聞くと、ケイリーはぷッと吹き出した。
「ははっ。本当に君、いい性格してるよ。……でももう、相手がいるんだろう?」
「その話でしたら、ここへ来る前に断りを入れてきましたわ。お相手の方はどうやら、わたくしのような高飛車で出しゃばりな女はお嫌いなようですもの。断られて今頃、安堵しているくらいでしょう」
別にパーティーでエスコートしたからと言って、どうこうなる訳ではない。
最初の一曲目さえ一緒に踊れば、お互い別の人と踊ってもいい。
それでも周りからみると、あの二人いい感じなのかしら? と思われなくもないし、親交が深まることもよくあるので、出来ればタイプの女性をエスコートしたいと思うのが普通だ。
「ですから……わたくしを寂しい女にしないでくださいませ。お待ちしておりますわ」
ニコッと微笑んでから、返事を聞かずに部屋を出た。
ケイリーを急かしたくはない。
決意を固めるまでに時間が必要なはずだから。
でもきっと、来てくれる。
信じてる。