テラーノベル
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春になった。
窓の外には柔らかな陽射しが差し込んでいる。
伊波ライは洗濯物を干しながら、大きく伸びをした。
「今日あったか……」
「ライー、ハンガー足りる?」
部屋の中から聞こえる声。
「足りるー」
そう返すと、マナがベランダへ顔を出した。
ふわりと風が髪を揺らす。
以前より顔色もずっと良くなっていた。
ちゃんと食べて、
ちゃんと眠れている。
それだけで、ライは安心する。
「……なに」
マナが不思議そうに首を傾げた。
ライははっとして視線を逸らす。
「いや、元気そうだなって」
「ふふ、誰のおかげだと思ってるの」
「俺?」
「俺」
マナが得意げに言う。
ライは思わず笑った。
こんなふうに笑える日がまた来るなんて、あの頃は思えなかった。
───
ライは今もカウンセリングへ通っている。
仕事で疲れる日もある。
嫌なことがゼロになったわけじゃない。
でも、前みたいに全部を抱え込むことは減った。
「今日ちょっとしんどかった」
そう言えるようになった。
マナも、
「無理しすぎないでね」
とちゃんと受け止めてくれる。
それだけで違った。
ひとりじゃないと思えるから。
───
その日の夜。
ふたりでソファに座りながらテレビを見ていると、マナがぽつりと言った。
「……ねぇライ」
「ん?」
「前さ、俺ほんとに怖かったんだよ」
ライの身体が少し強張る。
マナはテレビを見たまま続けた。
「玄関の音聞くだけで、心臓バクバクしてた」
静かな声だった。
責めるような言い方じゃない。
でも、その言葉はライの胸に深く刺さった。
「……うん」
ライはゆっくり頷く。
「ごめん」
マナは小さく首を振る。
「でもね、今はちゃんと安心してる」
その言葉に、ライは目を見開いた。
マナはふっと笑う。
「最近、ライ帰ってくるの楽しみだもん」
「……っ」
ライは言葉に詰まる。
胸が熱くなる。
「だから、もう自分のこと許してあげなよ」
その言葉に、ライは苦しそうに眉を寄せた。
許すなんて、簡単にはできない。
自分がしたことは消えないから。
でも。
「……これからで返していく」
ライは静かに言った。
「一生かけても」
マナは少し驚いたあと、優しく笑った。
「じゃあ俺も一生隣いる」
その瞬間、ライの目が揺れる。
マナは昔と変わらない。
優しくて、
まっすぐで、
あたたかい。
だからこそ、もう二度と傷つけたくなかった。
ライはそっとマナの手を握る。
マナも握り返した。
以前は恐怖で震えていたその手が、今はちゃんと温かい。
窓の外では、春の風が静かに揺れていた。
遠回りして、
傷ついて、
壊れかけて。
それでもふたりは、もう一度隣を選んだ。
「……マナ」
「ん?」
「好き」
突然の言葉に、マナが目を丸くする。
「え、急に?」
「言いたくなった」
ライが少し照れたように笑う。
するとマナも笑いながら肩にもたれかかった。
「……俺も好き」
静かな部屋。
穏やかな空気。
もう、「ただいま」が怖い言葉になることはない。
ふたりはこれから先も、
少しずつ、
何度でも、
幸せを作り直していく。
コメント
1件
読み終えた。このエピソード、静かで温かい空気がずっと続いてて、読んでて自然と息がゆるんだわ。「許せない自分」を抱えながらも「これからで返していく」って決めるライの覚悟と、その隣で「一生いる」って言うマナの優しさが刺さった。暴力とか支配じゃなくて、ちゃんとカウンセリング行って、自分のしんどさを言葉にできるようになったって描写が、この作品の誠実さだと思う。ただのハッピーエンドじゃなくて、傷を抱えたままそれでも一緒に生きていくって選択、えぐい好きだわ。ナイス完結🔥