昔から変装が得意だった。
数寄屋造りの南端廊下で騒ぐ一つの影があった。
「おい〇〇‼︎どこに行った‼︎」
また、親父が俺を探している。
一歩、足を進めると親父の視線が移り変わる。
「”執事”‼︎早急に〇〇を探せ‼︎」
出張だと言い数日前から家を開けている執事が、今ここにいるはずないのに。
「承知致しました。」
ペコリと頭を下げれば呆れた表情を向け、どこかへと去っていく現当主。
実の息子にまんまと騙される当主。根っからの酒飲みで母親には毎度何かある度にDV三昧。
挙げ句の果てには従業員にも手を出す始末。
なんとも情けないものだ。
けど、そんな親父を論破し、その何かある度に登場する救世主のような人物が1人だけいた。
「やぁ、ライカ。今日は執事の格好?」
白髪の彼は誰からも慕われる存在であり、唯一俺の変装を見破れる存在でもあった。
だから俺はとことん彼が苦手だった。
「また来たのか…クソトランパ」
「君は相変わらず酷いなぁ。僕は君ら家族の救世主的存在じゃなかったのかい?」
綺麗な笑顔とは裏腹に、気味の悪いことを言う彼。
いつだったか、毎度のこと助けてくれる彼に対し何故か敬意を払っている母親が口を滑らせたらしい。それからというもの、彼はやたらと俺に絡んできては先程のセリフを吐くようになった。
俺はそんな彼に、前々から疑問を抱いていた。
何故そんなにも”都合の良い時間なのか”と。
「いいか?何度も言うが俺はお前を一度も尊敬したことが無い。なんなら面倒臭いとまで思っている。なのに何故毎度のように来るんだ?」
「本当に君は僕に対しての罵倒が過ぎるね。けれど生憎と僕にそのような趣味は無い。」
竹垣に座っていた身を前へ飛ばし、丁寧に整えられた庭へと飛び移る。
彼が進んだはずの足跡は無かった。
「しかし、僕は”そちら側の趣味”ならあるけどね?」
人差し指で自身の顎をクイッと撫でる彼。
背筋に嫌な汗が垂れると、気がつけば彼の肩を思い切り突き飛ばし距離をとっていた。
まだ平然と笑顔を向ける彼を睨む。
「やめろよ気色悪い。」
「ははは」
乾いた笑いを残し、ガラス戸の閉じた縁側へ足を運ぶ彼の後を渋々着いて行く。
母屋南端廊下から出た庭の先には、森林の中に一つだけ佇んだ”離れ座敷”がある。
普段はそこが自室になっているが、今は俺を探し回った親父がいることだし帰る必要も無い。
「どこに行くんだ?」
「お風呂に入ろうと思ってね。」
「は、まだ昼時だぞ?」
「分かってるさ。」
彼は後ろを一度と振り返らなかった。
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