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壁の下あたりに目をやると
スプレーではなく チョークで、
いくつも落書きが並んでいた。
色とりどりの線で描かれた大きな顔や、 適当な文字。
ふざけ半分で 描いたことが一目でわかる。
修哉「なぁ、ちょっと こっち来てみ?」
田仲君が 手招きした。
紫鶴「…私?」
修哉「そう、ほら みんなで描いてんねん。
紫鶴も一緒にやろうや」
冗談みたいに軽い声。
でも、その目はどこか優しくて
からかうような悪意は 少しも感じられなかった。
断ろうかと思ったけれど、その雰囲気に
流されるように、気づけば彼らの 輪に近づいていた。
修哉「ほら、これ 使えよ」
チョークを差し出される。
紫鶴「ありがとう…」
手に持つと、すぐ横から
別の男子が 声をかけてきた。
芳典「おー まさか参戦すんの?まじ?」
巳波「どんな絵 描くんやろな笑」
みんなが笑いながら見守っている。
その中に、一舞君もいた。
壁にもたれてチョークを持ちながら、
私の方をちらりと見て――
それから、何も言わずに 視線を落とした。
心臓が小さく震える。
見ないようにして、
壁の一角へ しゃがみ込む。
線を描きはじめると、不思議なほど手が動いた。
子どもの頃から自然と
身についていた 絵の感覚。
次第に、静かな川辺の風景が 壁の中に広がっていく。
芳典「おおーー」
巳波「やっば、上手すぎん?笑」
あっという間に 周りから歓声が上がった。
顔を上げると、
田仲君が にこにこと笑っていた。
修哉「ばり上手いやん笑お前 絵得意なんや」
頬が熱くなる。
ただ 落書きをしただけなのに、
胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
修哉「おい 見ろよ!俺の方が 上手いやろ」
芳典「あほか、それ顔に見えへんわ笑」
そんな声を背に、
3人は壁に思い思いの落書きを 重ねていた。
大きな魚を描いていて、そこだけ妙に賑やかだ。
その少し離れたところに、
彼――
一舞君が、ひとり腰を下ろしていた。
膝を立てて、それに腕を預けるようにして。
どこかぼんやりと、仲間たちの騒ぎを見守っている。
話しかけようか 迷った。
でも、自然と足が向いていた。
紫鶴「描かないの?」
声をかけると、彼が顔を上げる。
一舞「ん?ああ、不器用やから。絵心ぜろ笑」
少し照れくさそうに笑って、後頭部をかいた。
その仕草に、思わず口元が 緩む。
紫鶴「…意外かも。」
一舞「え なんで?」
紫鶴「だって…体育祭の案、考えてくれたとき
細かいとこまで ちゃんと見てたから。」
紫鶴「絵も上手そうだなって、勝手に思ってた」
一舞「あー、あれは なんとなく笑」
そう言いながらも、彼の目は
どこか嬉しそうに 細められていた。
少し沈黙が落ちる。
けれど不思議と気まずくはなくて、
川のせせらぎや 遠くの笑い声が、
心地よい間を 繋いでくれる。
一舞「そういやさ、」
彼がふと思い出したように言った。
一舞「この前、放課後に考えた案。
皆、結構褒めてたよな」
紫鶴「うん、ちょっと 嬉しかった」
一舞「だよな。お前 すごいなって思った。」
一舞「みんなが嫌がることでもちゃんと整理して、
まとめられるん。
俺、そういうの 苦手やからさ」
紫鶴「そんなことないよ。 だって、
私一人じゃ 思いつかなかったもん。」
紫鶴「一舞君が もっとシンプルにすればいいって
言ってくれたから、うまくまとまったんだよ」
一舞「俺 そんなこと言ったっけ?笑」
くすっと笑って、彼は少しだけ視線を逸らす。
耳が赤いのが、川面に反射した夕陽のせいなのか
それとも――。
胸が少しだけ高鳴る。
こんなふうに二人で話すのは初めてに近くて、
けれど不思議と緊張しすぎず ほんの少し楽しい。
気づけば彼の横に腰を下ろしていた。
すぐそばで、川の音と友達の笑い声に混じって、彼の息づかいが聞こえる。
一舞「なぁ」
一舞「本番まで、うまくいくかな」
紫鶴「んー、大丈夫だよ。きっと」
一舞「根拠は?」
紫鶴「え、なんとなく」
二人して、声を押し殺すように笑った。
その瞬間だけ、橋の下の世界が
少しだけ 自分たちだけのものになった気がした。
追加:登場人物 プロフィール 一覧
名前:椙本 芳典(すぎもと よしのり)
年齢:中学3年生 15歳
ツッコミ上手のお笑い担当
鈍感な 一面がある。
名前:梶谷 巳波(かじたに みなみ)
年齢:中学3年生 15歳
勘が鋭い。
気遣い上手で 優しい
次のお話は、ハート40から