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帳が降りる奈良の山中。空気は重く、辺りに漂う気は肌を刺すように冷たい。
「お前ら呪術師の時代は、もうすぐ終わる」
不知火は楽しげに笑いながら呪霊の背を軽く叩いた。その瞬間、怨嗟ノ鬼が口を大きく開け、黒い霧を吐き出す。
「ッ! 毒か……!」
庵歌姫がすぐに後退しながら、結界術を展開する。黒い霧が触れた木々が一瞬で枯れ果て、地面すらも黒く染まった。
「面倒な能力だな」
楽巌寺は眉をひそめながら刀を抜く。
「時間をかけるのは得策じゃねぇ。一気に片付けるぞ!」
「待て、楽巌寺。まだ敵の全容が見えていない」
夜蛾が冷静に言う。しかし、その言葉が終わる前に、不知火が指を鳴らした。
「お喋りはそこまでだ。怨嗟、やっちまえ」
次の瞬間――怨嗟ノ鬼の複数の眼が光り、その視線を受けた庵歌姫の足が止まる。
「……!?」
彼女の身体が鉛のように重くなり、その場に膝をついた。
「術式か……!」
夜蛾が即座に状況を分析する。
「特級呪霊・怨嗟ノ鬼の生得術式:『視線呪縛』――視線を合わせた相手の動きを封じる術式」
「クソッ……こんな厄介な奴が……!」
庵歌姫が歯を食いしばるが、身体は思うように動かない。不知火は愉快そうに笑った。
「呪霊ってのは、化け物じゃねぇんだぜ。ましてや俺が調整したこいつは、お前らみたいな呪術師を狩るために作られたもんだ」
「調整……?」
夜蛾の脳裏に、ある疑念が浮かぶ。
「まさか、お前……呪霊を”術式で改造”しているのか?」
「ご名答。呪詛師が呪霊を利用しちゃいけねぇなんて決まりはないだろ?」
不知火がニヤリと笑い、懐から呪具を取り出す。古びた札のようなそれが、一瞬だけ紫色の光を放った。
「お前ら呪術師は、己の力に頼りすぎなんだよ。呪力がないと何もできねぇ。……俺みたいにな」
「……お前、呪力がないのか?」
楽巌寺が驚いた表情を浮かべた。不知火は不敵な笑みを浮かべる。
「呪力なんてものに頼らなくても、俺は呪術師を超えられる。それを証明してやるよ」
「なら……試してみろよ!」
楽巌寺が間合いを詰める。彼の『雷音刀』が煌めき、不知火へと振り下ろされる――が、次の瞬間、不知火の姿が掻き消えた。
「……ッ!?」
楽巌寺の刃が空を切る。
「残像だと……?」
「さっき言ったろ、呪術師は呪力に頼りすぎなんだよ」
不知火の声が響く。彼は楽巌寺の背後に回り込んでいた。
「手品みてぇなもん。呪力がねぇなら、補う手段を探すだけ……俺は、”呪力を持たない”からこそ、お前らと違う戦いができる」
「ふざけんな……!」
楽巌寺が再び刀を構える。しかし、その刹那――
「――動くなよ」
不知火の手が、庵歌姫の首筋にあてられていた。彼女は未だ呪霊の視線呪縛に囚われ、満足に動けない。
「……クソが……!」
楽巌寺が歯を食いしばる。
「いいぜ、殺したくなきゃ、大人しくしな」
不知火が不敵に笑う。
「さて、どうする? 呪術師様よ」
沈黙が落ちる。夜蛾は冷静に思考を巡らせた。
(楽巌寺が斬り込んでも、奴は避ける。庵歌姫は動けない……なら)
彼は静かに、手元の呪骸に呪力を込めた。
カタ……カタ……
不知火の目が、僅かに夜蛾の手元へ向く。
「……ん? 何だ、そりゃ?」
彼が呟いた瞬間――
「今だ!!」
夜蛾が呪骸を投げつける。呪骸は空中で爆発し、強烈な光を放った。
「ッ!?」
閃光が一瞬、不知火と呪霊の視線を遮る。その隙を突き、楽巌寺が疾風のように駆けた。
「――雷閃斬!!」
剣が一閃。眩い雷光が不知火を襲う。
「チッ……!」
不知火は素早く身を引いたが、肩に深い傷が走る。
「は……やりやがったな……!」
血を流しながら、不知火は鋭い目で夜蛾と楽巌寺を睨みつけた。
「……面白れぇ。今日はここまでにしとくか」
彼は懐から札を取り出し、呪霊に向けて投げつける。
「怨嗟、撤収だ!」
呪霊が叫びを上げながら、不知火と共に闇へと消えた。
静寂が戻る。庵歌姫がゆっくりと立ち上がった。
「……逃がしたわね」
「仕方ねぇさ。だが、手応えは掴んだ」
楽巌寺は刀を鞘に収め、夜蛾を見た。
「お前の呪骸、役に立ったな」
「……そうかもな」
夜蛾は呪骸の残骸を拾い上げ、静かに呟いた。
(俺の呪骸は、もっと進化できる……)
そして、この戦いは、呪術界の大きな変革の始まりに過ぎなかった。