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『クロノアさん』
「うん?」
日常組の配信も終わって、やれやれとひと段落した時。
ふっと姿を現したトラゾーに声をかけられる。
この突然姿を現すのに驚くこともあったけど今じゃもう慣れてしまった。
というより、そこにいることが、さも当たり前のように俺が思っているから。
なんならずっと前から、ここにいたんじゃないかって自然に思うように。
『配信お疲れ様でした』
「うん、ありがとう」
こうやって普通に会話をするのも当たり前の光景で。
××みたいだなと内心笑っていた。
「(××?…なんか、引っ掛かる…?)」
『…何かいいことありました?』
「…っえ?どうして?」
『嬉しそうな顔してるので……結構、大変そうな企画でしたから疲れてるのかと思ったんですけど…』
「あぁ…うん、疲れはしたけど楽しかったし、それでかな?…俺、そんなに顔弛んでた?」
こくりと頷くトラゾー。
「いや、なんかトラゾーにそう声かけられてまるで、こ……」
こ?
俺は何を言おうとしている?
『こ?…ちこ?ん?もしかして、知己のことですか?』
「え…いや、…うーん?」
『俺とクロノアさんはそんな仲じゃないでしょ?初めましてなんですから、よくて友人くらいですよ』
友人。
友達、じゃ物足りない気がした。
『それはそうと、クロノアさんはどうしてここに住んでるんですか?一人暮らし用じゃないでしょ?それなのに、どうしてまだ、ひとりでここにいるんですか?』
「え…」
確かに1人で暮らすには広すぎる。
部屋だって。
『クロノアさんは恋人とか作らないんですか?結婚してもいい年齢でしょ』
不思議そうに首を傾げたトラゾーの唐突な、そして不意に聞かれた質問に言葉が詰まった。
何か、何かを忘れてる気がして。
「…っ、ぐ…」
答えることができない代わりに、トラゾーの聞いたことを体が拒絶していた。
“恋人”という単語に息ができなくなるほど胸が苦しくなって、頭も痛くなる。
そう言われたことがとてつもなく嫌で。
『クロノアさん…?』
「ご、めん…あんまりその話題のこと、なんだか話ししたくないかな…」
トラゾーは何か言いかけて、きゅっと口を閉じた。
『…いえ、ごめんなさい不躾にも程がありましたね。無関係な俺に話すようなことでもないですし、仮にいたとしても俺には関係ないですもんね。それに、幽霊がいるようなこんな部屋に大切な恋人をあげたくなんてないですもんね…』
すみません、と謝ったトラゾーがふっと姿を消した。
哀しそうな顔が一瞬だけ見えて、傷付けてしまったとひどく後悔の念に駆られる。
トラゾーの言う通り俺に恋人がいようがいまいが彼には関係のない話だ。
寧ろ俺が謝ることでもない。
それなのに泣きそうな歪んだように見えたトラゾーを見て、泣かせない、って決めたのにと胸が痛む。
そこでトラゾーのことじゃないのに、どうしてそう思うのか。
誰かを重ねて見ているようで、それが誰なのか、なんなのか分からず頭は痛む一方だった。
───────────────────
頭痛も胸の痛みも引いて、落ち着いた頃。
申し訳なそうにそろりと姿を見せたトラゾーに笑いかけて手招きした。
顔のようなものが書いてある袋を深く被ってるトラゾーの表情は見えなくても、しゅんとしてるのが見て分かる。
「怒ってないよ。だから、そんな申し訳なさそうにしないで」
『……でも、俺の軽はずみな言葉であなたにつらい思いをさせました。それは紛れもない事実です』
「トラゾーがそう思うなら、俺には泣きそうな顔じゃなくて笑った顔見せてほしい」
パッと顔を上げたトラゾー。
袋の隙間から見える緑色の目は、ゆらゆらと揺れている。
『…あは、は…、なんですそれ。そういうのは好きな女の子に言うものですよ。こんな男で幽霊の俺に使うような言葉じゃ「そんなん関係ない。俺はトラゾーの笑った顔が見たいよ」……う、…ッ』
きゅっと耳にかかる袋の紐を引っ張って更に深く被ってる顔を隠すトラゾーを下から覗き込む。
微かにうっすら透けていて向こうが見えてるものの、短い黒髪からのぞく耳ははっきりと真っ赤になっていた。
「照れてる?」
『照れてません。クロノアさんが変なこと言うから混乱してるだけです』
「それ照れてるって言うんじゃ?」
『もう!そういうのいいですから!』
折角ちゃんと謝ろうと思ったのに!と怒って拗ねたトラゾーはまた姿を消してしまった。
「うわ、卑怯だ」
『(卑怯じゃありません!)』
声だけ聴こえる。
でも本気で怒ってる感じゃなさそうだ。
「可愛いね」
ぽろりと、出た言葉。
「………ん?」
「『え?』」
重なる俺とトラゾーの困惑した声。
幽霊で、ましてや男に対して可愛いと言った自分に驚く。
しにがみくんみたいな見た目可愛い感じとかそういう意味の可愛いじゃなくて、仕草?言動?が。
「(いや、笑った顔はめちゃくちゃ可愛いと思うけど)」
『(なんです?暑さで頭やられました?それとも、頭痛のせいでおかしくなったんです?)』
近くにいるのか、そう言ってくるトラゾーにムッとした。
「…やっぱりかわいくねー」
『(俺、男なんで結構です。俺よりもクロノアさんの方が可愛いと思いますよ?)』
よくコメントでも俺に対して可愛い可愛いと書かれてることあるけど嬉しくはない。
それなのにトラゾーが言ったことに対しては反抗心が余計に湧く。
「可愛いよりかっこいいって言われたいよ」
トラゾーには、という言葉は飲み込んだ。
いくらなんでも引かれるだろうと思ったから。
『(充分すぎるくらいあなたはかっこいいですよ。でもやっぱり…)』
「やっぱり?」
続きが気になった。
トラゾーが俺をどう思ってるのかを。
どうして、気になっているのかと困惑しながらも。
『(いえ、…かっこいいからモテるんだろうなって)』
「………またその話?」
『(もし俺が女だとしたら、好きになってるかもしれませんね)』
過去、誰かに言われたことがあるようなセリフ。
「………え、」
なんちゃって、と付け加えたトラゾーは一切喋らなくなり無言を貫く。
どこかに行ってしまったのか、そこにいるのか分からないほど静寂と化した部屋の中。
じわじわと体温が上がっていき、俯いて顔を覆い隠す。
自分でも低温だと思ってるけど、その自身の手が触れる顔がとてつもないくらい熱い。
「(なん、で照れて…っ)」
気持ち悪いだなんて、全く思わなかった。
なんなら、
「うれ、し、い…?」
恋人の話を振られた時は不快に思ったのに、トラゾーにそう言われて嬉しく思っている自分がいる。
そんなはずはない。
トラゾーが女じゃなくても俺は、、、
そう考えようとすると、頭の奥がツキリとまた痛む。
そのことを考えるなと、誰かに言われてるように。
自身で封じ込めているようで。
「…トラゾー」
そう呼んでも、名前の主は姿も見せず返事もしない。
ねぇ、きみは、一体、誰なんだい。
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コメント
2件
なんか下書きして、加筆して公開したら加筆した部分が消えてて泣いた ちょっと書き直してます…
あー、もう、この2人の距離感が甘酸っぱくてたまらんかったわ…!!「笑った顔が見たい」とか「可愛いね」とか、クロノアが無自覚に口にするセリフが全部刺さる。トラゾーの耳が真っ赤になるシーン、めっちゃ可愛かった。でも最後の「きみは、一体、誰なんだい」で一気に物語の謎が深まって、続きが気になって仕方ない。この違和感と記憶の欠落、どう伏線回収されるんだろう…楽しみ!