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クオルの矢について話している間に工房馬車は目的地に着いた。ゆっくりと速度を落とし、どこかの路地へと入る道の前で止まった。

クオルが荷台の後ろの板を倒し、林檎を転がり落とす。標的用とはいえ、このように食べ物を粗末に扱うのを見たらユカリは怒るだろうな、とベルニージュは思った。


「何か入れ物や布はないんですか? 林檎を転がしたままにはしておけないですよね?」


どうやらそのつもりだったらしい。クオルは眉を持ち上げて辺りを見渡す。


「ああ、それじゃあ、私が矢を受け取りに行っている間、そこの机の下のひつに林檎を詰め込んでください。私が戻ってきたら二階に矢を運び上げるのも手伝ってくださいね」


そう言ってクオルは一人工房馬車を出て行ってしまった。不器用な上に不用心なようだ。馬車ごと盗まれてもおかしくないというのに。

ベルニージュは櫃と林檎と通り道に呪文をかけて、林檎自ら櫃に収まるように仕向けると、勝手に二階に上がった。二階もほとんど一階と同じような有様だ。雑多な物が雑然としている。そして大量の矢が今の一階の林檎と同様に床に散らばっていた。


ここで【追跡ルピシャミス】を完成させてしまえば、何も矢を貰う必要などないのだ。


ベルニージュは大量の矢を使い、禁忌ユカリ文字を形作っていく。撥ねや払いまで、知る限り正確に・・・


しばらくして、そもそも最初に作った[【堅固《アルム》】の人文字はそこまで正確性を求められていなかったことを思い出す。なにせ人が並んだだけだ。

だから、より正確に描いても元型文字が発現しないのは当たり前なのだ、とベルニージュは自分を慰めた。やはり矢を貰って帰ってじっくり検証する必要がありそうだ、と思い直す。


矢を元通りに散らかし、階下を覗き込むと、林檎はすでに全て櫃の中に納まっていた。窓から外を覗き込むが、クオルはまだ戻って来ない。


ベルニージュは暇つぶしに二階を見学することにした。一階と違って器具や触媒などは少なく、書物や書類、覚書が多い。どちらかというと書斎として利用しているのだろう。一階よりもクオルの研究志向を示すものが多い。


どうやらクオルは主に魔法道具の研究を行っているらしい。必中の矢、変幻自在の鞭、生きた檻。多少物騒な道具、武器に偏ってはいるが、護符や工具、家具や生活用品に関する研究もある。魔導書に関する研究資料や写本もあるようだ。


ふとベルニージュは毛色の違う一角に気づく。それは深奥・・に関する研究だった。神、宇宙、生命、知性、そして魔導書。魔法使いの目指す到達点は様々にあるが、深奥もまたその一つだった。


窓の向こうで荷車を曳くクオルの姿に気づき、ベルニージュは階下に戻る。林檎を櫃に納める呪文の痕跡を取り除くと、引き戸を開けてクオルを出迎える。再び荷車ごと乗り込んできたクオルはまたもや汗だくになっていた。


「少し休んでいてください。上に運べばいいんですよね?」

クオルは悲鳴をあげるみたいに息せき切って答える。「ああ、ごめんなさい。よろしく、です」


今にも倒れそうなクオルを横目にベルニージュは矢を抱えて階を何度も往復する。そうして何度も少しずつ深奥の研究を盗み見る。とはいえ、さして革新的な発想はなかった。どれも従来の研究をなぞったものであり、クオル独自の接近アプローチと言えるものはない。さりとてこれほど大量の資料を揃え、ある種力尽くともいえる網羅的な研究には目を見張るものがある。


「気になります?」とクオルに問いかけられ、慌ててその一角から飛びのく。


振り返るとクオルが矢の束を床に放っているところだった。まるで足音が聞こえなかった。


「すみません。好奇心が過ぎました」


あるいは警戒心が足りなかった。とベルニージュは反省する。


「いいですよ、別に。隠すような内容はここにはありませんし」


別のどこかにあるという意味だろうか。


「深奥を研究されているんですね」


盗み見た内容を尋ねるというのはあまりにも不作法かもしれないが、ベルニージュは尋ねずにいられなかった。


「はい。深奥というより、魂が主ですけどね。私たちはどこから来て、どこへ行くのか。私たちの魂はなぜこのようなのか」クオルは子供っぽく笑う。「好奇心です」


それ以上咎められることはなく、ユカリと待ち合わせしている場所まで送ってもらうことになった。その間、二人で矢を二階に運ぶ。


「ワタシも深奥に興味があるんです。ワタシの場合は一つの手段として」階段を上り下りしながら、ベルニージュも自身の修める魔法の一端を明かす。

「手段? 深奥が?」

「はい。ワタシは魔導書を越える魔法を実現したいんです」


クオルは感心したようにため息をつく。


「魔導書を越えることそのものが目的なんです? 何かの目的のために魔導書を越える必要があるのではなく」

「はい。その通りです。誰が著したのかも分かっていないですけど、魔導書の著者こそが古今東西で最も偉大な魔法使いだと思うんです」


一階で矢を拾い上げ、二階に上がって床に放り投げる。


「そうですね。誰も異論は挟まないでしょう。人間が著者だとも限りませんが」

「ワタシはその魔法使いに勝ちたい」


クオルが今日もっとも大きな声で笑った。しかし馬鹿にしたような笑いではなく、ベルニージュを称えるような笑いだった。


「素晴らしい気概ですね。それならば、確かに深奥など通過点に過ぎないのかもしれない。あらゆる魔法は魂に通じているとされ、あらゆる魂の行き着く場所と仮定されているのが深奥ですから」

「はい。冥府、異世界、不死、宇宙、転生。あらゆる神秘の研究がそこへ繋がっていると考えられています。一説には魔導書の著者もまた深奥に到達したのではないか、なんて話も」

「であるならば最高の魔法使いを目指すなら、深奥へ至って初めて始まるのかもしれませんね」


野望を上手く言い表してくれて、ベルニージュは少しばかり嬉しくなった。


「それにしても」とクオルは付け加える。「深奥の話はあまりできないので嬉しいです。昨今の魔法使いは神秘への興味を失ったのかと辟易するばかりなので。まあ、魔法道具で糊口をしのぐ私も偉そうなことは言えませんが」

「ワタシもあまり深く語れる人がいないので嬉しいです」

クオルは希望を秘めた瞳をベルニージュに向けて言う。「それなら――」

「助手にはなりませんけどね」


そうして作業を終えた頃には待ち合わせ場所へ着き、約束通り林檎と矢を受け取ると、ベルニージュはクオルと別れたのだった。ユカリと待ち合わせた正午は過ぎていた。




「それでしばらく待ってもユカリは待ち合わせ場所に来ないから、見世物小屋に出向いたってわけ」ベルニージュは黄昏に照らされ、焚火を挟んだユカリと焚書官の姿のケブシュテラに語った。「それで禁忌ユカリ文字の光に気づいて見世物小屋に飛び込んだんだよ。そしたらユカリは檻に閉じ込められてるもんだから、ユカリに詰め寄ってる奴を追い払って――」

「あれ、クオルさんだよ」焚火の明かりに揺らめくユカリに指摘される。


「え? ワタシが火をけしかけた人が? 本当に?」

「うん。コドーズと檻とか鞭を取引していたみたいだね」

「ああ、なるほどね。魔法談議で盛り上がったけど、確かに根は悪そうな人だったな。しつこいし」

「しつこいよね、あの人」とユカリは同意する。


ベルニージュは一日の疲れを追い出すように、赤みがかった空に向けて伸びをする。


「それにしても、【豊饒ガジェ】を完成させちゃうとはね。苦労して林檎を探したのにさ」そう言ったのち、ベルニージュはケブシュテラの気まずそうな様子に気づき、付け加える。「でも、ありがとう。ケブシュテラ。【豊饒ガジェ】を作ってくれて、ユカリを助けてくれて」


ケブシュテラは静かにこくりと頷く。


ユカリが脇に詰まれた林檎と矢を見つめて言う。「でも【追跡ルピシャミス】は上手くいかないんだね。何を試したんだっけ?」

「えーとね」ベルニージュは指折り数える。「まず矢そのもので文字を作ったけど駄目。やじりで地面に文字を書いても駄目。矢羽にインクをつけて文字を書いても駄目。あと何ができると思う?」

「ベル!」ユカリは真面目な表情をベルニージュに向ける。「矢は放たないと駄目だよ!」

「ああ、なるほど。それもそうだね」


「早速弓を買おう!」ユカリは興奮した様子で拳を握る。「以前から疑われていた私の弓の腕前を見せる時が来た!」

「いらないよ。丁度良い魔法を知ったばかりなんだからさ」


ベルニージュの指導の元、三人で魔法の矢をこしらえる。日が沈み、神秘の色濃い夜が訪れ、星々が競い合うように瞬き始めた頃、全ての準備が整った。

クオルにもらった試作品以外の全ての矢を束にして抱え、大木に対峙してベルニージュは構える。ユカリとケブシュテラは離れた場所で見ている。


ユカリがベルニージュに尋ねかける。「グリュエーに協力してもらう?」

「そうだね。勢いを強める呪文は使ってないから、その方が良いかも」


ベルニージュはユカリに合図し、矢の束を宙に思い切り放り投げる。ほとんど同時に追い風が吹き荒び、沢山の矢が大木に向かって飛んで行く。

そして禁忌ユカリ文字を記しておいた大木の表面に次々と突き刺さる。


狩り、三人の狩人、弓矢、執行人の躊躇、深き忠誠、【追跡ルピシャミス】が完成した。


元型文字は星も恥じ入るほどに強く輝き、魔導書の衣の裏地に記された【追跡ルピシャミス】もまた控えめな蛍のように灯る。その後【追跡ルピシャミス】にまつわる物語をユカリにしつこくせがまれ、ベルニージュは適当にでっちあげた。

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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