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2025.8.30
紫視点
ソファに座ってもう読み終えてしまった本をただめくっていると、ガチャガチャと玄関先から開錠する音が聞こえた。
「ただいま…あれ、まだ起きてたんだ。」
「あぁ、きり良いとこまで…」
リビングに彼が入ってくると、砂糖たっぷりの生クリームで着飾られたケーキのように甘い甘い匂いが充満した。いかにも女性が付けていそうな香水の香り。
「…しゃー、く?」
「なにぃ、どうしたの?」
「……ぃや、おかえり。」
今日は他社との打ち合わせだから外に出なければならないと言っていた。香水なんて付けている人は沢山いるし、満員電車にでも乗れば移る可能性は十分にある。
それでもこんなにするのか?
彼のことを信じたいのに、信じられない自分が嫌になる。あぁ、夜はだめだ。思考に闇が介入してしまう。
「…先に寝とく。」
「そっか、こんな時間まで待っててくれてありがとな。おやすみ。」
聞きたかったのに、怖くて聞けなかった。頭の中はよくない考えであふれていく。はやく柔らかい布団に入り込んで、この感情を無くしてしまおう。
大丈夫。
朝になれば何事もなかった顔をみせてくれるはず。俺の好きな匂いを纏って、いつもみたいにおはようって幸せそうな顔で笑ってくれるんだ。
「…ぇ」
朝日が入り込むベッドの上でひとり目覚める。ひとり、そうひとりで。
同じ家で暮らすようになってから、俺が嫌だといっても一緒に眠っていたのに温もりはおろか、いた痕跡さえ見つからなかった。
シャークんを探しにリビングへでると、ソファの上でその身体を丸めていた。わざわざ持ち出されたブランケットがあるということは、疲れ果てて寝落ちしたわけではなさそうだ。
じゃあやっぱり……?
俺の悪いところなんて思い当たる節しかない。きっともうすぐこの関係が終わってしまう。
鎖を付けられたときみたいに重たい足を引きずって、寝室へと戻った。
緑視点
鈍痛で目が覚める。
身体の至るところが軋み、悲鳴をあげている。
「い”ってぇ”……ソファなんて寝るもんじゃねぇや…」
俺からの言葉で始まった関係。
半ば強引に始まってしまったけれど、今では身体だけじゃなく心まで繋がっている。
そうだと信じたい。
けれどスマイルから好きだと言ってくれたことは一度もなかった。だから……少し、本当に少しだけ揺らいでしまった。甘い甘い香りを纏った誘惑。昨日の行為がバレることはないだろうが、気まずさと後悔から同じベッドに入ることは出来なかった。
「正直に言わなきゃなぁ……」
痛む身体をソファから剥がし、スマイルが寝ている寝室に向かった。
遮光カーテンの隙間から入り込んでくる僅かな光。薄暗い部屋。
「…起きてる?」
ベッドの膨らみから返事はない。
いつもより少し早めに起きてしまったからまだ起きていないのかと思ったが、もそりと動き布団の端から顔を出す。
「……」
「あの、さ…昨日のことなんだけど…」
「……俺のこと、捨てるんだろ。」
「、は?」
「俺に飽きてたんならそう言えよ。」
「…な、にを言ってんだ。」
「最初から俺のことなんて好きじゃないんだろ?こんなヤツより可愛げがあって素直で甘えてくれる女の子がいいよな。」
「いや、ちょっと待てって。本当になに言ってんの?」
いつも冷静な彼がぼろぼろと大粒の涙をこぼす。
「えっ、ちょっ!スマイルっ!?」
「俺…シャークんのこと、好きみたい…」
「っえ、」
「ごめん…最後まで面倒くさいやつで…」
彼は俯いたまま謝罪の言葉を重ねる。
何度も何度も好きになってごめんと、諦められなくてごめんと。
俺だけじゃなかった。
スマイルもちゃんと依存していたんだ。
そうわかるや否や、多幸感に満たされる。今の俺は気持ち悪いくらい恍惚に満ちた顔をしていることだろう。
「…スマイル…」
俺の呼びかけには反応しない。
悠久とも一瞬とも思える静寂。
「……シャークん。」
「っ!な、なに?」
「お願い、だから…最後にぎゅって…して……」
濡れた瞳。
罪悪感を抱きながらも、それがこの世の何よりも美しいと思ってしまった。
誰にも渡さない。
渡したくない。
見せたくない。
「…勝手に最後とか言うなよ。」
俺だけを見てて。
「ずぅっと大好きだよ、スマイル…」
生きる意味を失ってしまったような顔をした彼に向かって手を伸ばす。
しばらく日光を浴びていない白い肌。
細くすらっと伸びた首。
そこにある緑の首輪をそっと撫でた。
ずっと、ずっと一緒にいるからな。
弧を描いた双眸に俺が反射する。
どちらからともなく近づき、俺らは初めてキスをした。