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「響」
花火の音と観客のざわざわした雑音がノイズキャンセルされたように、「響」と俺を呼ぶ声だけははっきりと聞こえた。
話しかけてきた当の奏(そう)ちゃんは何も話さず困惑した顔をしている。
俺も何を話したら良いのかわからない。
ふと、俺はあさ美と手を繋いでいる事に気付いた。
あさ美が口火を切る。
「藤村先輩も花火見に来たんですか!?」
気まずい沈黙がいくらか和らいだ。
「うん、合唱部の連中とね。これから待ち合わせ」
「そうなんですね。偶然!あたしと響もデートで来ました」
デート。あぁ、勘違いされたくなかったなぁ。
奏ちゃんにだけは。
あさ美の手前なにも言えないけれど。
「響、やっぱりデートだったんだね」
奏ちゃんは笑ったが、何だか無理しているように見えた。
なんで悲しそうな顔するの?
これが奏ちゃんの望む「普通のカップル」なんでしょ?
「先輩、嘘ですよ。あたしと響は友達として花火大会に来ました」
あさ美が言う。
どういうつもりだ。
棒立ちになって、何も言えない俺は本当に男らしくない。
奏ちゃんがまた黙る。
「あさ美ちゃん」
「はい」
「あさ美ちゃんが繋いでいる響の手を一瞬だけ俺に貸してくれない?」
奏ちゃんの言葉に驚く。
あさ美は少し迷ってから、俺の手を離した。
「一瞬とは言わず、今日一日貸しますので」
「ちゃんと二人で話してください」
「あさ美ちゃん、ありがとう」
奏ちゃんはそう言うと、俺の手を握り花火の会場とは反対の方へ引っ張っていく。
振り向くと、あさ美が俺に向かってガッツポーズをしていた。
あさ美、ありがとう。
そして、ごめん。
奏ちゃんの久々に感じる手の温もり。
奏ちゃん、奏ちゃん。
俺は奏ちゃんに引っ張られながら、相変わらずカッコいい奏ちゃんの細いけれどもたくましい背中を見つめていた。
奏ちゃん、このまま俺を何処かへ連れ去ってよ。
奏ちゃんと一緒にいられるならどこだっていいんだ。
やっと人混みを抜けて、道路に出た。
奏でちゃんは俺の方を見ず、手だけは繋いだまま早足で歩く。
「奏ちゃん、どこ行くの?」
奏ちゃんは答えない。
「合唱部の人達と待ち合わせしてたんじゃなの?」
「うん、あとでメールしておく」
前に奏ちゃんと二人で来たことのある公園に着くと、奏ちゃんは足を止めた。
「響、少し話してもいい?」
振り向いた奏ちゃんは真剣な顔をしていた。
「うん、なに?」
「ごめんね、何か…あさ美ちゃんとのデート邪魔して」
「いや、あれは本当にデートじゃなくて。俺達付き合ってないから…」
俺の見苦しい言い訳の途中で奏ちゃんが言った。
「嫌だったんだ」
「響が、女の子と一緒にいること。俺以外の人と手を繋いでたこと全部」
だって、奏ちゃんから俺を手放したんじゃん。
「ごめんね、響。勝手だよね。俺は響の幸せを願って突き放したつもりだったけど」
「うん…」
「響の隣にいるのは俺がいい」
「奏ちゃん、それは俺も…」
当たり前に決まってる。奏ちゃんが欲しい。
「響、俺から言わせて」
「うん…」
「響のことが好き。ずっと一緒に居たい。たとえ、これから周りに何を言われようとも。偏見の目で見られようとも」
「奏ちゃん…」
「絶対に響を守るから、俺と一緒にいて…下さい」
「奏ちゃん」
俺は奏ちゃんに抱きついた。
奏ちゃんは今度はしっかりと力強く俺を抱き締めてくれた。
「奏ちゃん、今のってプロポーズ?」
「それくらいの覚悟は出来てるよ」
俺はこんなに幸せな言葉を今までの人生でもらったことがあったかな。
やっとやっと、奏ちゃんと気持が繋がった。
今日が俺の人生最良の日なのかな。
いや、違う。
これからもずっと幸せを更新していくんだ、奏ちゃんと二人で。
「奏ちゃん、一つだけ約束して」
「うん?」
俺は奏ちゃんの胸の中で目をつむりながら言う。
「もう、勝手に俺の幸せを考えたりして勝手に悩んで突き放さないで。ずっと一生一緒にいて」
「うん。もう離さない。響、傷つけてごめんね」
また涙が出てくる。
でも今度は悲しい涙じゃない。
「それでも、もしも。もしも気持がすれ違うことがあっても…」
「うん…」
「絶対にお互いに本当の気持ちを話して。納得いくまで何度でも話して。ずっと一緒にいられるように」
「わかった。響と一緒に居るためなら努力する」
「奏ちゃん、大好き」
「俺も響のこと大好きだよ」
人の気持ちは移ろいゆくものだけど、世の中に絶対なんてないけど。
今の俺達なら絶対離れることはないと、そう思えるんだ。
「響、顔あげて?」
俺が奏ちゃんの顔を見上げると、奏ちゃんは優しくキスしてくれた。
ああ幸せ。
今日という日が。
奏ちゃんの温かくて柔らかい唇。
チャペルの鐘が聞こえるよう。
結婚式でするキスみたいに、俺達は永遠の約束を交わした気がした。