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面白いです!
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――こ、こんな……こんな……
「こんな恋愛、してみてぇ……」
夜の帳が落ち切り、道行くサラリーマンからは、ぼちぼちアルコールの匂いが漏れるようになりだす時間帯。
オレ、|北村智紀《きたむらともき》は、コンビニの雑誌コーナーで月刊少女漫画『マリン』を手に、溢れる涙で視界を滲ませながらページを捲っていた。
「ちょ……なにアレ? キモくない?」
「うわぁ……少女漫画見て泣くとか、ありえないんですけど……」
「なまじ顔が悪くないだけに、マジ引くわ~」
背後から聞こえるOLさん達のヒソヒソ話しに、ハッと我に返るオレ。
っとと……イカンイカン! 確かに今のオレは、こんなところで少女漫画に涙している場合ではないのだ!
とりあえず読みかけの『マリン』を買い物カゴに入れると、手近にあった適当な漫画雑誌を手に取り、それを開きながら窓越しに外へと目を向けた。
雑誌でカモフラージュしつつ、黒縁の伊達メガネを通して正面のアンティークな店に視界に収め――
「ちょおぉっ!? 今度は、BLっ!?」
「い、いや、でも……スーツ着たスリムで長身の眼鏡『腐』男子は、ちょっとイイかも」
「アレは滾るわ~。 ……じゅるっ!」
――えっ?
再び聞こえて着たOLさんのヒソヒソ話しに、オレは手にしていた雑誌に目を落と――
「ぶっ!?」
目を落とした先にあった驚きの光景に、思い切り吹き出すオレ。
そう……そこに|描《えが》かれていたのは、全裸で激しく交わっている二人のイケメン男子……
オレはページを勢い良く閉じると、その腐女子専用漫画雑誌を慌てて棚へと戻した。
背後から三つの舌打ちが聞こえて来るが、それどころではない。
いきなり、見慣れた男の|身体《モノ》で、見慣れぬ行為をするところを見せつけられたオレの心臓は――
『学校から帰ると、隠してあったはずのエロ本が机の上に無言で置かれていた時の男子中学生』
と同じくらい激しく脈打っていた。
てゆうか何故、母親という生き物は息子の隠したエロ本の場所を的確に見抜くのだろうか?
そして何故、成人誌には子供の立ち読み防止としてテープ止めがしてあるのに、レディコミやBL漫画には、それがないのだろうか……?
いや、それ以前に――
少女漫画の隣にBL漫画なんて置いてんじゃねぇーよっ!!
青少年健全育成条例に理解のない店員に対して、心の中で悪態を吐きながら呼吸を整えていると、見覚えのある女性が視界の|隅《すみ》をかすめた。
「っ!!」
オレはとっさに身を屈めて、本棚の隙間からその女性をとらえる。
変装でもしているかの様な大きな帽子とサングラス。そして、もう季節は6月だというのにコートを纏い、立てた襟で顔を隠しながら歩く挙動不審な女性――
間違えないっ、彼女だっ!!
オレは本棚の影に隠れながらスマホを取り出し、履歴の一番上に表示された番号へとコールした。
「こちら|冥府の番犬《サーベラス》。スターダスト・コントロール、応答せよ」
『こちらスターダスト・コントロール。どうしたサーベラス?』
コール音が鳴ると同時に繋がる電話。オレの潜めた声に、事務的な女性の声が返って来た。
「ポイントCKHにて|対象《ターゲット》を発見した」
『スターダスト・コントロール了解。すぐに|悪魔《デビル》を向かわせる。サーベラスは引き続き、監視を続行せよ』
「サーベラス、了解」
ターゲットに視線を向けたまま通話を終了し、スマホを内ポケットに戻すオレ。そしてその視線の先では、ターゲットが辺りを気にしながら向かいのアンティークな店の中へと消えて行くのが見えた。
それを確認したオレは、大きく息を吐き出し、緊張を解きながらゆっくりと立ち上がる。
そう、オレは少女漫画を立ち読みのする為に、このコンビニに来ている訳ではない。実のところ今はまだ仕事中で、これは仕事の一環なのだ。
オレは少女漫画雑誌の会計を手早く済ませて外へ出ると、自販機の影からアンティークな店の監視を続けた。