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出久推し
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桜が咲く季節になると、決まってあいつを思い出す。
「かっちゃん、こっち!」
「走んな、デク!」
まだ小さかった頃、俺たちは毎年この道を歩いた。
出久は桜を見るたびに足を止めて、花びらが一枚落ちてくるだけでも嬉しそうに笑っていた。
「今年も綺麗だね」
「去年も同じこと言ってただろ」
「だって綺麗だから」
「……ふーん」
「かっちゃんも見てるじゃん」
「見てねぇ」
「見てるよ」
「うるせぇ」
そう言いながらも、隣で笑っている出久を見るのは嫌いじゃなかった。
「ねぇ、かっちゃん」
「あ?」
「また来年も一緒に見ようね」
「当たり前だろ」
あの頃は、その約束がずっと続くと思っていた。
高校に入ってからも、俺たちは変わらなかった。
訓練が終われば一緒に帰って、コンビニで飯を買って、くだらねぇ話をしながら歩いた。
「かっちゃん、今日の訓練すごかったね」
「お前も悪くなかっただろ」
「本当?」
「ああ」
「珍しいなぁ。かっちゃんが褒めてくれるなんて」
「調子乗んな」
「でも嬉しい」
「……そうかよ」
「うん」
そんな毎日が当たり前だった。
だから、卒業してしばらくした頃に出久から海外へ行く話をされた時は、素直に驚いた。
「海外?」
「ああ。向こうの事務所から声をかけてもらったんだ」
「いつ行く」
「来月」
「来月って……急すぎんだろ」
「僕もそう思った。でも、ずっとやってみたかったことだから」
出久は少し緊張したように笑った。
「……行きてぇんだろ」
「うん」
「なら、行ってこい」
「かっちゃん……」
「ただし、ちゃんと帰ってこいよ」
「もちろん」
「絶対か」
「絶対」
「……ならいい」
出発の日、俺は空港まで出久を見送りに行った。
「かっちゃん、見送りに来てくれてありがとう」
「別に。暇だっただけだ」
「嘘だ」
「うるせぇ」
出久が笑う。
「じゃあ、行ってくるね」
「……おう」
「またね、かっちゃん」
「またな」
そのまま出久は人混みの向こうへ消えていった。
最初の頃は、連絡もよく来た。
『かっちゃん、今日の任務でね』
「また任務の話かよ」
『だって聞いてほしいんだもん』
「はいはい。で、何やらかした」
『何もしてないよ!』
くだらねぇやり取りだったが、俺はそんな時間が嫌いじゃなかった。
向こうの仕事が忙しくなるにつれて、少しずつ連絡は減っていった。
『ごめん、今日はもう寝るね』
「ああ。無理すんなよ」
『かっちゃんもね。また連絡する』
「……おう」
その「また」が、いつの間にか遠くなっていった。
連絡は少しずつ減り、何年も会わないまま、俺たちはそれぞれの仕事に追われていた。
それでも、いつかまた会えると思っていた。
……そう思っていた。
そして、今年も桜が咲いた。
「……今年も咲いたか」
昔二人で歩いた道を、一人で歩く。
桜を見上げていると、あの日の声が蘇った。
『かっちゃん、桜きれいだね』
「……うるせぇな」
返事なんか返ってくるはずもねぇのに、思わずそう呟いた。
何年経っても、あいつを忘れられない。
桜を見るたびに、あいつの笑った顔が浮かぶ。
「……ほんっと、馬鹿だな。俺も」
手のひらに落ちた花びらを見つめる。
あれだけ一緒にいた時間まで、遠い昔のことみてぇになっていく。
そう思っていた。
その時、スマホが震えた。
「……誰だよ」
知らねぇ番号だった。少し迷ってから、通話を取る。
「もしもし」
『……かっちゃん?』
息が止まった。
「……出久」
『うん。久しぶり』
「お前……何年ぶりだと思ってんだ」
『ごめん』
「遅ぇんだよ」
『うん。本当にごめん』
「何してた」
『仕事。こっちに来てから色々あって……連絡したかったんだけど、気づいたらこんなに時間が経ってた』
「……そうかよ」
『怒ってる?』
「当たり前だろ」
『そっか』
「何年も連絡寄越さねぇで、いきなり電話してきてんじゃねぇよ」
『……ごめん』
「謝りゃ済むと思ってんのか」
『思ってないよ』
「なら何で電話してきた」
少しの沈黙があった。
『……声、聞きたかった』
「……」
『ずっと、かっちゃんに連絡しなきゃって思ってた。でも、今さら何て言えばいいのか分からなくて』
「馬鹿か」
『うん』
「そういうとこ、昔から変わってねぇな」
『……かっちゃんも』
「俺が何だよ」
『怒ってるのに、ちゃんと話してくれるところ』
「うるせぇ」
出久が小さく笑った。
その笑い声を聞いた瞬間、何年も離れていたことが嘘みてぇに思えた。
『……かっちゃん』
「あ?」
『声、聞けてよかった』
「……俺もだ」
電話の向こうが静かになる。
『今年も桜、咲いた?』
「ああ。今、昔二人で歩いてた道にいる」
『本当?』
「何だよ」
『……なんか、不思議だね』
「何がだ」
『何年も経ったのに、桜はちゃんと咲くんだなって』
「当たり前だろ」
『ふふ。そうだね』
「今年も綺麗だぞ」
『そっか。僕も見たかったな』
「……来年だな」
『え?』
「来年、一緒に見んぞ」
『……うん』
「今度は勝手にいなくなるんじゃねぇぞ」
『分かった』
「絶対だからな」
『約束する』
電話を切ったあと、俺はしばらく桜を見上げていた。
今宵も桜が舞い落ちる。
けど、もう寂しくはなかった。
「……また来年な、出久」
今度こそ、あの約束を守る。
そう思いながら、俺は舞い落ちる桜を見送った。
コメント
1件
あ〜、これは……刺さるわ。 幼なじみの“かっちゃん”視点で、出久との距離感や時間の経過がすごく丁寧に描かれてて、最後の電話で「来年、一緒に見んぞ」って言うシーンで完全に持ってかれた。 桜の描写が切ないけど、再会の約束でちゃんと温かくなる構成、本当にいい。 連絡が減っても変わらない信頼関係がにじんでて、涙腺緩んだわ…。