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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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「なのに~、スペイダー卿ったら酷いんです。『貴方はずぶぬれの野良犬よりスプラッターでおぞましい』なーんて言うんですよぉ。でもですね、これ本当は私じゃなくて、スペイダー卿ご本人の責任で、全部私のせいにしているだけなんです。あれは本当に許せませんでした。今でもこう、胸の奥にムムっというモヤモヤが募って、お菓子も喉を通らないっていうか。あら、そうでした。フレアさんもこちらお食べになられますか。美味しいんですよ、スプラッター饅頭♪」


おどろおどろしいパッケージに包まれた饅頭をフレアの前に置いたミアは、パクパクと持参した饅頭をかじりながら、前職である貴族邸で受けた仕打ちを饒舌に語った。

『それはお前のせいだろ』というツッコミどころを随所に匂わせながら、女は小一時間、ただただ一方的に喋り続けた。


「あ、こちらも知っていますか。最近ロベックへ越して行った旧ゴルア邸に住まれていたマルムス卿のお話。なんでも本当はお仕事ではなく、奥様以外の女性とのっぴきならないご関係になっていらしたとか。それで三行半を突き付けられたマルムス卿は、伯爵の身分を剥奪されてしまったとか、違うとか。ホント、人は見かけによらないですよねぇ。もぐもぐ」


「あ、あの……、すみませんミアさん。お話中のところ申し訳ないのですが、少しだけ質問にお答えいただけますか?」


「ええ、ええ、なんなりと。なんでも聞いてください。噂話から、カリプト山菜の炒めものの隠し味まで、なんなりと!」


「こちらに書かれている経歴やスキルは、その……、本当なのでしょうか。例えば縫製スキルや料理のスキル、回復術や対モンスター棒術なんてものまでありますけど……」


「ハイッ! 一通りなんでもできます。各地の公卿様や王族の皆様のもとで働いておりましたので、様々な要望に応えるため、色とりどりのスキルを心得ておりますです!」


目を輝かせ演説を始めたミアは、関わった人物とその聡明さをまるで自分のことのように語りながら、どんな出会いがあり、どうクリアしてきたかを聞いてもいないのに雄弁に語った。


「あの……、例えば縫製スキルだと、どのような……?」


「お召し物の製作から、大きいものですと建物外観の鉄板張りまでなんでもござれです!」


本当かよと呆れるイチルに対し、フレアの反応は対照的だった。

どこに心を掴まれたのか、ふむふむと興味深そうに話を聞いていた。

しかしイチルは、その胡散臭さから、俺なら二秒で不採用だなと頭を抱えて首を振った。


「ええと、働いてもらう期間なんですが……」


「さ、採用ですか?! でしたら今からでも働けます。あと一つだけ要望というか、お願いがありまして、実はスペイダー卿のお宅を出されてしまったものですから、実は住むところがなくて、よろしければ住み込みで働かせていただけないでしょうか!」


ぐぐっとフレアに顔を寄せたミアは、不器用な営業スマイルを浮かべながら手を握った。

どこまでも図々しい奴めとイチルが割って入ろうとしたが、フレアは無下に断ることもせず、困惑の表情を浮かべるだけだった。


「あの、私、なんでもします。身の回りのお世話や食事の準備、設備の管理から怪我人の治療まで、本当になんでもします。ですから、私をここに置いてください、お願いします!」


テーブルの上で正座し三指ついて土下座したミアは、勢いだけで押し切ろうとにじり寄った。

しかしこんな茶番で重要な従業員を決められてはたまらないと、イチルはミアの首根っこを掴み、ポイっと小屋の出入口に投げ捨てた。


「はい、面接はここまで。合否はギルド経由で数日内に連絡します、と。ま、……アンタが合格する確率は極めて低いと思うけどな」


ガーンと大口を開いたミアを外へ摘みだしたイチルは、「そこをなんとか」と粘るミアを無視し、ピシャリと扉を閉めた。それからしばらく外で騒いでいたが、数分もすると諦めて帰っていった。


「なんだったんだ|アレは……。ああ、なんだか目眩がする。久々腰にきた」


台風のように去っていったおかしな女によって場は荒らされたものの、それなりの成果はあったなとイチルは満足そうに紙束を揃えた。しかしフレアは、怒涛のように過ぎていった非日常の時間に意識が追いつかないのか、放心したまま、まだ気が抜けているようだった。


「直接見て感じた印象と、能力とスキル。そして僅かな直感を含めて、誰を雇うか決めろ。それらしい者がいなければ雇わなくても構わない。それも一つの判断だ。その分、仕事は停滞するけどな」


うつむいて紙の束を見つめたフレアは、そんなこと言われてもと甘えるような顔でイチルを見つめた。しかしイチルは背を向け、人に頼るなと突き放した。


「人を雇うなんてものは、どこの世でもこんなものだ。時に裏切られ、逃げられ、失敗しながら進めていくしかない。なるようにしかならん」


「でも~。みんな私の顔をちらちら見ながら、こんな子供を騙すくらい楽勝楽勝って顔してたもん。それくらいはわかるんだからね」


意外と冷静に見ているじゃないかとニヤけたイチルは、なら一つ提案してやると指を立てた。

本来ならば御法度の裏技ではあるが、異世界ならそれもまた有効という飛び道具的提案だった。


「いっそのこと採用希望者の素の姿を見てみればいい。お前を小馬鹿にしていた奴らは問題外として、目ぼしい人物には俺の裁量で《追跡》を付与しておいた。確認したい人物の行動を、実際にその目で見て決めるといい」


「えッ、そんなことできるの?」


「一部界隈じゃ常識的に行われている手法だ。フレアはダンジョンのこと以外も、まだまだ勉強が必要だな。良い機会だ、ついてこい」



そうしてイチルとフレアは、独断と偏見で最終審査へと進んだ12名の追跡調査を開始した。

熱心に小さな行いも見逃さぬよう、つぶさにメモを取ったフレアは、個々人がどんな人物かを見逃さぬよう細かく観察した。


「目ぼしい奴らは勝手に見回ってみるつもりだったが、やはり下調べは重要だな。中にはろくでもないのも混じっているようじゃないか。……コイツなどは、顔を変えてはいるが、ギルドのお尋ね者だな。口八丁手八丁、誤魔化しながら逃げ回ってるんだろうが、後でギルドに連絡しておこう」


「え、何か言った?」


「いいや。それで目ぼしい人物はいたのか?」


「どうなんだろう。でもやっぱり、人の裏側を見るってあまり気分がいいものじゃないよね」


「上辺の関係性などしょせんそんなものだ。残すところいよいよ最後の一人のようだが……、本当にコイツも見るのか?」



手元に残った一枚の紙をイチルが弾いた。

そこには記憶に新しい、あの人物の顔が記されていた。

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