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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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「今日もいい天気だなあ」


太陽も昇りきる頃、暖かな陽気に包まれる季節。目の前に広がる大きな畑や家畜のいる大きな牧場を眺めながら、20歳前後の男がロッキングチェアに座って揺られている。


男は整った顔で紫の髪を揺らし、その黒い瞳を右手に持つ本に向けている。そして、彼の服装は、半袖のワイシャツにスラックス、革靴といった風景と全くそぐわないビジネスカジュアルな出で立ちである。


「のどかだ。これこそ、スローライフの極みだなっ!」


整った顔が喜びで少し歪む。この喜びが隠せない男は転生者である。


前の世界では、20代後半で仕事も慣れてきた頃、通勤中にひょんなことで亡くなってしまった。そして、それは前の世界の設計ミスだったということで、異世界の女神に魂を拾ってもらい、いろいろと女神様が融通してもらいながら転生したのだった。


彼のこの世界での望みは、スローライフを送ること。そのスローライフには、モフモフとハーレムが欠かせないと女神にも伝えてある。特にモフモフは絶対と念を押すほどだった。


なお、美形なのは神様の趣味であると同時にハーレムを構築するための先行投資だった。そして、この男は既に女神の伴侶になっているのだ。


「このまま眠ってしまいそうだ。さすがに風邪を引くかな」


男の名前は、ムツキ。漢字で書くと1月を意味する睦月である。


男で睦月というのも中々なさそうなものだが、前世の両親からの、誰とでも仲良くできるように、そして、尽きることが無い熱意を持ってほしい、という願いによって、至って真面目に付けられた名前だった。もちろん、1月生まれである。


本人はとても気に入っていて、転生後もそう名乗っている。


「ご主人! ご主人!」


ムツキの耳に、どこからか甲高い声が聞こえてくる。


「ご主人、また人族が攻め込んできましたニャ!」


「あぁ……マジか」


ムツキはその言葉にがっくりときたようで持っていた本で顔を覆う。


言葉の主は黒猫だった。黒猫は四本足でムツキの前まで駆けてきてから、すっくと二本足で立ち始めた。


「ご主人! また人族が攻め込んできましたニャー!」


黒猫は、立つと子どもくらいの大きさだった。金色の瞳をしており、胸元に白いふさふさの毛を蓄えて、先っぽだけ白い2本の長い尻尾をゆらゆらと揺らしていた。


「あぁ。ケット、聞こえているさ。ありがとう」


ムツキはケットと呼んでいる黒猫の頭を撫でてあげる。ケットは2本の尻尾をくねらせながら嬉しそうにしている。


「今は、クーと部下たちが畑を死守するために向かっていますニャ。オイラも部下たちを引き連れて行きますニャ!」


「……待ってくれ!」


その言葉と同時に駆け出していきそうなケットをムツキは制止した。


「ニャ?」


ケットは振り返り、ムツキを見ながら首を傾げる。


「いや、申し出はありがたいけど、ケットたちは引き続き、家畜の世話をしておいてもらえるかな? 俺には家畜の世話ができないからな。あっちは俺が行くよ」


「……イエッサー、ニャ!」


ケットはムツキのその言葉に敬礼をして、自分の持ち場に戻るためにまた四本足で駆け出して行った。


「……はあ」


ムツキはケットがいなくなってから、とても深い溜息を吐いた。


「仕方ない。行くか。【レヴィテーション】。【クレアヴォイアンス】」


ムツキはその言葉を呟いた後、彼の身体はふわふわとゆっくりと回転しながら浮き上がっていく。


「あぁ。いたいた。【テレポーテーション】」


次の瞬間、ムツキの姿は消え去った。




「おぉ。いたいた」


浮いたままのムツキの目の前に広がるのは、広大な草原と5,000人を超えるだろう人族の兵士たちだった。


それぞれが剣や槍、弓、杖などいろいろな武器を思い思いに持っているが、武器によらず全身甲冑でガチガチに固めており、敏捷性を度外視した防御力優先の装備だった。


「これだけいると、中々だな。しかし、厳ついし、何より可愛くない」


そして、ムツキの眼下には、100匹足らずの様々な犬種の犬が対峙するように整列している。その中にひと際大きく、まるで象のような大きさの全体的に碧色をした長毛種の犬がいた。


「それに比べて、うちの子たちはなんて可愛いんだ。それぞれの良さを生かしている。……さて、おーい。クー」


ムツキのその言葉に、象のような大きさの犬が見上げる。クーと呼ばれた犬は嬉しそうな顔をしている。


「主様。オレたちの雄姿を見に来てくれたのか?」


「あー、いや、違うんだ。クーたちは畑仕事に戻ってもらえるか? 俺には追い払うことができても、皆のように畑仕事ができない」


「くぅん……」


「そんな声で鳴かないでくれ……」


クーは嬉しそうな顔を崩さないままに寂しそうな声を少し上げた。どうやら、クーの嬉しそうな顔は自前のようで感情によらないようである。


「……わかった。オレたちは見せ場ではなく持ち場に戻る」


「ごめんな、よろしく頼むよ。いい仕事を期待している」


クーはムツキのその言葉に尻尾を振った。そして、クーは自分の部下とともに人族から離れるように走っていった。


「聞こえるか、異端の魔王よ!」


直後、人族の軍勢の方から、とびきり大きな声が聞こえてきた。


「【スピーカー】。誰が魔王だ。誰がっ!」


ムツキはその声の主に向かって、魔法で拡声した声で対抗する。


「黙れ! 人族に仇なす魔の者め! いくら尋常ではない強さとはいえ、この圧倒的な軍勢を前に勝ち目などないだろう! はーっはっはっはっは!」


ムツキはこちらの話を聞く気のない男にどうしたものかと考えあぐねていた。


「つうか、魔王を倒すと意気込んでいる割に少ない気もするが……、人手不足か」


ムツキは人族でありながら、最強であり、無敵であり、まるで神の化身として転生したかのようなデタラメさだった。そして、人族に与するわけでもなく、魔王率いる魔人族に与するわけでもなく、中立の立場を取ろうとしている。


何故か。


理由は簡単で、ムツキは融通してもらって、スローライフを満喫するために転生したのだった。つまり、ムツキは戦いにまったく興味がなく、そんなことには関わらずに放っておいてほしいと切実に願っている。


しかしながら、女神によって最強になってしまった悲しき存在であるためか、戦いに巻き込まれる運命にあった。


「帰ってくれ! 俺はスローライフを送りたいんだ! 俺の邪魔にならなければ、人族に危害を加えない!」


これは度々来る各国の兵士たちに発信している言葉である。


「そのような言葉、信じるに値しない! 我々は祖国のため、そして、人族繁栄のため、樹海の資源を人族へもたらすために貴様という悪を討ち滅ぼすだけだ!」


これも度々来る各国の陣頭指揮官たちが返してきた言葉である。それぞれ多少のアレンジはあれど、結局は功名心であり、有無を言わさぬ彼らの大義名分を押し付けられているに過ぎない。


「ダメだ。話にならない。なんで毎回こうなんだ!」


ムツキはがっくりと項垂れる。


「今だ! 掛かれ!」


「あっ。よせ!」


杖を持った兵士たちが一斉に魔法の詠唱を始め、ムツキは焦って思わず声を荒げる。やがて、それぞれの杖から、炎、水、風、土、光、闇、雷、氷などの様々な魔法が彼を襲いかかる。


しかし、それらはすべて翻って、術者の元へ返っていく。


「は? 嘘だろ?」

「戻ってくる?!」

「やべぇ!」


攻撃魔法反射。

すべての攻撃魔法を跳ね返すパッシブスキル。自分自身の魔力、つまりこの場合、ムツキの魔力を乗せて術者に返すため、約3~5倍の魔法になって返っていく。


「ちっ! 【ダウングレード】」


「うわぁっ!」

「ぎゃあ!」

「やべぇ!」


術者の周りにいた兵士も巻き添えを食らいながら、さながら地獄絵図のような光景が広がる。ムツキが咄嗟に跳ね返った魔法に威力を下げる魔法【ダウングレード】を使ったので、幸い死者が出なかった。


「卑怯だぞ! 空に浮いて、魔法を跳ね返すなど!」


「いや、敵対心の無い奴相手に、一斉攻撃仕掛ける奴らに卑怯と呼ばれる筋合いはないんだが」


ムツキはそう独り言ちながらもゆっくりと高度を下げていく。


剣や槍の兵士たちが進軍しようとしていたからだ。土地を荒らされてはたまったものではないと彼は思い降り立つことにした。


「いい高さだ! 弓兵! 前へ! 撃て!」


「まあ、これはいいか」


弓兵の弓から矢が無数に飛んでくる。正確にムツキへと飛んでくるのは、彼のパッシブスキルによるものだ。


遠距離攻撃無効。

すべての遠距離攻撃を無効にするパッシブスキル。放たれた矢はムツキに届くことなく、ムツキの収納魔法の収納スペースにきちんと並べて収納される。ちなみに、この矢束は彼の収入源の1つになっている。


「魔法も矢も効かぬとは、聞きしに勝る化け物だな!」


「魔王だの、化け物だの、同じ人族に吐く言葉じゃないだろうに」


ムツキのその言葉は陣頭指揮官に届くことはない。兵士たちが畑や牧場へと進軍しようとするので、ムツキは慌てて降り、兵士の前に仁王立ちした。


「これより先に行けば、容赦しないぞ!」


「掛かれ!」


「やああああああ」

「とおおおおおお」

「うおおおおおお」


兵士たちは次々にムツキへと襲い掛かる。剣が四方八方から彼の身体を切りつけようとし、槍が彼を貫こうとし、中には斧を振り下ろす兵士もいた。


しかし、攻撃は届かなかった。


近距離攻撃無効。

すべての近距離攻撃を無効にするパッシブスキル。不思議な力により、攻撃は突っ立つだけのムツキでさえ掠めることなく空振りに終わる。


「武器が当たらないだと。近距離攻撃無効か! ならば、拳だ!」


「いや、もう諦めてくれ……」


いくらか格闘技に覚えのある兵士がムツキに殴り掛かる。しかし、それさえも無意味に終わる。


接触攻撃無効。

レベル差のある敵が接触攻撃をしようとした場合に発動するパッシブスキル。すべての接触攻撃がどういう理由か、すべて握手に変わる。


友好度上昇。

嫌われていない限り、ムツキを見続けていると好意的な目で見るようになる。効果は見なくなってからも約1週間から1か月ほど持続し、重ね掛けも可能である。


「……握手ありがとうございます!」

「スローライフがんばってください!」

「応援しています!」


ムツキと兵士たちが次々に熱い握手を交わしていき、さながらアイドルの握手会の様相を呈している。


「えーっと、ありがとう?」


やがて、5,000人を超える握手会を終えたムツキと兵士たちは帰っていくのだった。陣頭指揮官に至っては、鎧にサインまでしてもらっていた。帰国後にひどく叱られることになるのは、また別のお話である。

【第1部】最強転生者はもふもふスローライフにしがみつく!

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テラーでもスローライフ読めるとは思わなかったです! これから読ませて頂きますね!

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