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光街 葵
102
#死ネタ
さんま
21
さんま
161
水青
93
玉狛支部のダイニングテーブルには、いつも当たり前のように2つのマグカップが並んでいた。ひとつは白、もうひとつは青。オサムがいつも
「ほら、空閑の分」
と言って、少し熱めの緑茶やココアを淹れてくれるのが、ここ最近のおれのお気に入りだった。近界民であるおれにとって、こちらの世界の習慣はどれも新鮮だ。でも、オサムが淹れてくれる飲み物が美味しく感じるのは、きっと日本の文化だから、という理由だけじゃない。
“おれ、オサムのことが好きなんだな”
そう自覚したときも、不思議と戸惑いはなかった。ただ、この温かく穏やかな時間がずっと続けばいい、そう願っていた。オサムの隣は、居心地が良い。道を歩くときも、戦闘のフォーメーションを組むときも、おれはいつもオサムの左側にいた。そこから見るオサムの横顔は、いつだって真面目で、不器用で、誰よりも真っ直ぐだった。その横顔を見つめるたびに、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。それなのに、その当たり前は、ある日突然、形を変えておれの前に現れた。
ある日の午後、作戦室の向こうから、低く落ち着いたオサムの声が聞こえてきた。偶然通りかかったおれの耳に飛び込んできたのは、オサムがとりまる先輩と、これからの未来について話している声だった。
「_はい。遠征が終わったら、ぼくは……」
開いたドアの隙間から見えたオサムは、少し照れたように、でもどこか決意を秘めた真剣な顔で笑っていた。とりまる先輩も、そんなオサムの肩をぽんと叩き、優しく微笑んでいる。
『遠征が終わったら、俺は――』
その後に続く言葉を、おれは最後まで聞くことができなかった。胸の奥が、冷たくツンと痛んだ。オサムが目指している遠征。それはおれにとっても、レプリカを探すための大切な目的だ。だけど、それが終わった後の世界について、おれは深く考えないようにしていた。なぜなら、おれの身体の残された時間を考えれば、おれがこの世界に、オサムの隣に残り続けることはできないと分かっていたからだ。オサムの真っ直ぐな瞳が見つめる未来。そこに、近界民であるおれの居場所は、最初から用意されていないのかもしれない。いや、用意させてはいけないんだ。
オサムの邪魔はしたくない。オサムの重荷には、なりたくないな
そう思った瞬間、俺は静かにその場を離れ、自分の部屋へと足を進めていた。オサムの隣にいる資格が、自分にはないような気がして、逃げ出すように足早に歩いた。
その日から、おれは少しずつオサムと距離を置くようになった。一緒に玉狛支部に戻るのをやめたり、ダイニングでもあえて少し離れた席に座るようにした。オサムが何かを言いたげにこちらを見ていたけれど、おれは気づかないフリをして、いつものお気楽な笑顔を張り付けた。
夕方、誰もいないダイニングで、おれはひとり、オサムの真似をしてお茶を淹れてみる。オサムがいつもやっていたように、急須に茶葉を入れ、お湯を注ぐ。トクトクと静かな音を立てて、白いマグカップにお茶が満ちていく。その隣にあるはずの青いカップは、棚の中に片付けられたままだ。
「……ん」
静かに口をつけてみる。けれど、一口飲んだ瞬間、眉が勝手にひそんだ。
「……にが。まずいな、これ」
いつもオサムが淹れてくれるお茶と同じ茶葉のはずなのに、驚くほど苦くて、喉を通らなかった。お湯の温度が違ったのか、それとも茶葉の量が多かったのか。理由なんて、本当は分かっている。ただひとつの席、ポツンと残された右側の空間が、やけに広く感じられた。オサムがいないだけで、世界から色が消えてしまったかのように、味気ない。
「おれ、格好悪いな……」
独り言は、静かな部屋に寂しく響くだけだった
「空閑、ちょっといいか」
その日の夜遅く、作戦室で一人、バトルシミュレータを眺めていたおれに、オサムが声をかけてきた。振り返ると、オサムはいつになく厳しい、それでいてどこか傷ついたような表情で立っていた。
「どうした、オサム。こんな夜遅くに」
「どうしたのか、を聞きたいのはぼくの方だ」
オサムは一歩、おれに近づいた。その真面目な瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。
「最近、ぼくを避けているだろう。話しかけてもすぐにどこかへ行くし、隣にも座ってくれない。……ぼくが、何か君の気に障ることをしたなら、言ってほしい」
オサムの言葉に、嘘はなかった。本当に、純粋におれのことを心配して、悩んでくれていたのだ。その優しさが、今のおれには少しだけ苦しい。
「そんなことないよ。ただ、ちょっと遠征の準備とか、個人的なことで考え事をしてただけさ
おれはいつものように、軽い調子で嘘をついた。おれの副作用は、相手の嘘を見抜く。だけど、自分のつく嘘は、誰も見抜いてくれない。……そう思っていた。
「嘘だ」
オサムが、強く、はっきりとした声で言った。おれは目を見開いた。オサムはおれの顔をじっと見つめながら、拳を握りしめている。
「おまえの副作用みたいに、ぼくには嘘を見抜く力はない。でも、今のおまえの笑顔が、無理をして作られたものだってことくらいは分かる。……そんな風に笑うな、空閑。ぼくに、本当のことを話してくれ」
オサムの真っ直ぐな言葉が、おれの胸の奥に固まっていた冷たい塊を、容赦なく溶かしていく。不器用なくせに、こういうときだけ、オサムは驚くほど鋭くて、強い。おれは小さくため息をつき、張り付けていた笑みを消した。
「……オサムはさ、遠征が終わったら、どうするの?」
「え?」
「この前、作戦室でとりまる先輩と話してるの、聞こえちゃったんだ。『遠征が終わったら、ぼくは_』って。その後の言葉は聞かなかったけどさ」
おれは、自分の歪んだ独占欲や、寂しさを隠すように、淡々と言葉を紡いだ。
「修には、こっちの世界での未来がある。千佳もいるし、ボーダーでの生活もある。おれは、近界民だし、オサムより先にいなくなる。だから、オサムの未来の邪魔をしたくないって、思っただけだよ。オサムの隣に、勝手に空席を作られる前に、おれから引いとこうかなってね」
言い終えると、作戦室に重い沈黙が流れた。オサムは呆然としたように目を見開いた後、みるみるうちに顔を真っ赤にし、それから、ものすごい剣幕でおれの肩を掴んだ。
「_何を言ってるんだ、おまえは!」
オサムの大きな声が響く。怒っている。でも、その瞳には涙が浮かんでいるようにも見えた。
「確かにあの時、烏丸先輩には『遠征が終わったら、ぼくはあいつと一緒に、あいつの身体を治す方法を本格的に探したい』って、そう話していたんだ!」
「……え?」
今度は、おれが呆気に取られる番だった。
「ぼくが、おまえを置いていくわけがないだろう! おまえがいなくなる未来なんて、ぼくは一瞬だって考えていない! 遠征が終わっても、その先も、ぼくの隣にはいつも空閑にいてほしいんだ。それがぼくの……僕の、本心だからだ!」
オサムの叫びのような言葉が、おれの耳に、胸に、ダイレクトに突き刺さる。おれの副作用は、何も音を立てなかった。つまり_オサムの言葉には、一片の嘘も、偽りもない。
「オサム……それって」
「……気づくのが遅くてすまない、空閑。ぼくは、君のことが好きなんだ。ただの相棒としてじゃなく、一人の人間として、ずっと一緒にいたい。……おまえの邪魔だなんて、そんなこと、二度と言わないでくれ」
オサムは顔を真っ赤に染めながらも、掴んだおれの肩を離さなかった。その手は少し震えていて、オサムの必死さが痛いほど伝わってくる。嘘を見抜く能力なんて、今のおれには必要なかった。オサムの体温が、震えが、何よりも確かな真実を告げていたからだ。
「……あはは」
思わず、小さな笑いが漏れた。胸の奥の痛みが、一瞬で消え去っていく。
「なんだ。おれの盛大な勘違いだったわけだ」
「笑い事じゃない、ぼくは本気で悩んでいたんだぞ」
怒ったように眉をひそめるオサムの顔が、愛おしくてたまらなくなる。おれは一歩踏み込み、オサムの胸にそっと頭を預けた。オサムの身体がびくついたけれど、拒まれることはなかった。
「ごめんね、オサム。それと……ありがとう」
おれの右側には、やっぱりオサムが一番お似合いだ。
翌日の夕方、ダイニングには再び、2つのマグカップが並んでいた。白と、青。
「ほら、空閑。お茶淹れたぞ」
オサムが少し照れくさそうに、いつものように熱い緑茶の入ったカップを俺の前に置いた。おれはそれを受け取り、ゆっくりと口に含む。
「……うん、やっぱり美味しいや」
「昨日、自分で淹れたお茶が苦かったって言ってたな。茶葉が多かったんじゃないか?」
「うーん、どうだろうね。でも、オサムが淹れてくれた方が、絶対に美味しいのは確かだよ」
おれが笑うと、オサムも嬉しそうに眼鏡の奥の目を細めた。少し手を伸ばせば、すぐに触れられる距離。お互いの指先が、テーブルの上でほんの少しだけ触れ合う。それだけで、お腹の底から温かい気持ちが広がっていくのが分かった。いつか来る未来のことは、誰にも分からない。だけど、今のおれたちには、確かな絆と、お互いを想う気持ちがある。
もう恋なんてしない、なんて_思わなくて本当によかったな
窓の外に広がる夕焼け空を見つめながら、おれは心の中で、隣にいる大好きな相棒に、もう一度微笑みかけた。
コメント
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うわあ……めっちゃ良かった……! 遊真が自分で淹れたお茶を「にがい」って言うシーン、胸がぎゅっとなったよ。修の「嘘だ」からの一直線な告白、まっすぐすぎて泣くかと思った。お茶の味が戻って、二人の指が触れるラスト、温かくて何度でも読み返したい。さんまさん、素敵な話をありがとうございます!