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毒薬の甘い処方箋~恋の病に薬なし~
「……はぁ、むかつく」
うさぎ漢方極楽満月。桃太郎くんが出かけた後の静かな店内で、俺はソファに寝転がりながら、天井に向けてぽつりと呟いた。
頭に浮かぶのは、あの忌々しい鬼の顔だ。切れ長の三白眼に、額の一本角、そしていつも手放さない物騒な金棒。閻魔大王の第一補佐官だか何だか知らないが、融通の利かない、冷徹で、暴力的で、おまけに俺の天敵。
思い出すだけで胃のあたりがキリキリと痛む。
なのに、どうして俺の心臓は、あの男を思い出すだけでこんなに変なリズムを刻むのだろう。
「神獣ともあろう者が、あんなカタブツ相手に、ねぇ……」
自分で口にしておきながら、あまりの滑稽さに自嘲気味な笑いが漏れた。
そう、俺はあの鬼灯という鬼が、どうしようもなく好きだった。
女の子が大好きで、女の子にモテるためならどんな努力も惜しまないこの俺が、よりによって「可愛げ」という言葉を母親の腹の中に忘れてきたような男(鬼だけど)に惹かれている。これはもう、神獣人生最大のバグとしか言いようがない。
冷たくあしらわれるたびにムカつくし、金棒で殴られれば痛い。けれど、奴がたまに見せる、仕事に対する異常なまでの真摯さや、地獄を裏から支える圧倒的な背中を見てしまうと、どうしても目が離せなくなるのだ。
ガラガラ、と容赦のない音を立てて店の引き戸が開いた。
「おい、白豚。頼んでいた胃薬の納品書が間違っています。書き直してください」
噂をすれば影、である。
入ってきた鬼灯は、相変わらず感情の読めない鉄面皮で、手にした書類を俺の前の机にバシッと叩きつけた。
いつもなら「誰が白豚だ悪鬼!」と言い返すところだが、今日の俺は少しだけセンチメンタルだったらしい。ソファから起き上がりもせず、のそりと首だけを動かして奴を見上げた。
「……相変わらず愛想のない奴。少しは『こんにちは、白澤さん。お体に気をつけて』くらい言えないわけ?」
「言えませんね。あなたに対して抱いている感情は『○ね』以外にありませんから」
「酷っ! 神獣に対して○ねは不敬罪だからね!?」
いつも通りのくだらない口喧嘩。だけど、俺を見下ろす鬼灯の瞳が、ふと微かに揺れたのを俺は見逃さなかった。奴は俺がいつもより大人しいことに気づいたのか、金棒を握る手に少しだけ力を込めた。
「……何ですか。今日のあなたは妙に絡みづらい。女にフラれて金でも毟り取られたのですか」
「違ーーう! 大体、俺が悩むとしたら恋の悩みくらいだよ」
「フン、どうせまたどこかの亡者か如来の愛玩動物に手を出して痛い目を見たのでしょう」
フイッと目をそらす鬼灯。
その横顔を見ていたら、胸の奥のモヤモヤとした塊が、限界を迎えて溢れそうになった。
気づけば、俺はソファから飛び起き、鬼灯の胸ぐらをつかんでいた。
「うおっ……! 何ですか唐突に。金棒で脳天をかち割られたいのですか」
「うるさい! 悪鬼のくせに、何にも気づかないで偉そうにすんな!」
「は? 何のことですか」
本当に分かっていない顔をしている。この男は、地獄の政務に関しては恐ろしいほど有能なのに、こういう人間の(いや、神獣の)機微に関しては驚くほど鈍感だ。いや、俺が相手だから意図的にシャットアウトしているのかもしれない。
掴んだ黒い着物の感触が、手のひらを通して熱を伝えてくる。
俺は鬼灯の目を真っ直ぐに見つめ、一世一代の、最低で最高の嫌がらせを口にした。
「お前のせいだよ、全部」
「……私の?」
「そうだよ。お前が変に真面目で、変に強くて、俺のことばっかり突っかかってくるから……俺、お前のことばっかり考えてんじゃんか」
鬼灯の目が、わずかに大きく開かれた。地獄の鬼神が、生まれて初めて見るような「呆然」とした表情を浮かべている。
「……白澤さん、あなた何を言ってーー」
「好きなんだよ、バカ!!」
叫ぶと同時に、俺は勢い任せに鬼灯の唇に自分のそれを押し付けた。
唇と唇が衝突するような、お世辞にもロマンチックとは言えない、痛みの混じったキス。
すぐに引き剥がされて金棒で殴られる――そう身構えた俺の予想に反して、鬼灯の体は硬直したまま動かなかった。
数秒の後、俺が息切れ混じりに唇を離すと、鬼灯は顔を真っ赤に(怒りか、あるいは別の何かで)染めながら、信じられないほど低い声で呟いた。
「……あなた、本当に、正真正銘の馬鹿ですね」
「うるさいな! 自分が一番よく分かってるよ!」
鬼灯はゆっくりと手を上げ、俺の掴んでいた自分の胸ぐらの上から、俺の手をギュッと握りしめた。その力強さに、心臓が跳ねる。
「……書き直させようと思った納品書ですが、明日までに阎魔庁へ直接持ってきてください。その際、あなたの分の夕食も用意させますから」
「え……? それって……」
「遅れたら、本当にすり潰します」
鬼灯はそれだけ言うと、握っていた俺の手をパッと離し、取り憑かれたような速さで店を出て行った。去り際の奴の耳が、見たこともないほど真っ赤に染まっていたのを、俺は見逃さなかった。
静まり返った店内で、俺は自分の唇にそっと手を触れる。
「……あーあ。本当に、タチの悪い毒薬を飲んじゃったなぁ」
苦くて、痛くて、だけどどうしようもなく甘いその余韻に浸りながら、俺は明日着ていく服を仕立て直すために、嬉しそうにクローゼットへと向かうのだった。
名無しさん

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明星宵
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コメント
1件
第11話、読み終えました。ついに来たか……!という感じです。白澤が「お前のせいだよ、全部」って叫ぶところ、あそこはもう感情の勢いが全部乗ってて、こっちまでドキドキしました。鬼灯が真っ赤になって「馬鹿ですね」と返すギャップもたまらない。毒薬の甘さってタイトルがまさにこの余韻を表してるなあと。明日の夕食、どうなるんでしょうね。続きが気になります〜。