ランス・クラウンと虫垂炎2
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⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱
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「…っ、は」
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熱が上がったのか。
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しんどい。
眠れない。───どうしよう。
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同じ部屋でドットが夢の中を漂うようにして眠りについている。
1日ずっと迷惑ばかり掛けてしまった。
きっと疲れているだろうな。
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申し訳ない。
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オレは熱いのか寒いのか分からず、描けていた布団を捲った。
冷気に包まれた。
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思えば──
ドットはああ見えて、存外繊細で。
元来優しい人間なのだとつくづく思う。
ドットのお姉さんがドットを守るために、即ちドットが自身を守れるようにあのような言葉遣い、態度を教えたのだろうということは明白だ。
ドットは見ていると、気が弱そうなところも垣間見える。
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そんな優しい彼に、ついつい頼ってしまった。
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体調を崩したオレを寛容に受け入れ看病してくれるドットに対して、普段思いもしない感謝という感情を抱く。
今のところは、これを伝えるつもりはない。
伝えなくても、本人には分かっているから。
オレが言わなくても、伝わっているだろう。
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ドットは瞼ひとつ動かさない。
そろそろ彼は熟睡眠に入るに違いない。
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やっぱり、オレは熱いのか寒いのか分からず、さっき捲ったばかりの布団をもう一度掛けた。
温もりに包まれた。
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その間オレが微睡むことは無かった。
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どのくらい経ったか判然としない、
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誰ひとりとて。
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───深夜●時。
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ふと、
喉が渇いた。
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額の上にあった氷嚢を片手に、ふらり、と起き上がった。視界はぐるりぐるり、ぐにゃぐにゃと可笑しさを無口にして語っていた。
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「!っ…、、」
差し込むような腹の痛みを堪えて、そのまま部屋を後にする。
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…はずが、立っているのも辛くて、その場にしゃがみ込んだ。
痛い、
いたい、
痛いイタイ痛いいたいイタイいたい痛い…!!!!
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しゃがんでなどいられない。
ドットを起こさないようにしなければ。
アイツには寝てもらわなければ。
これ以上迷惑を掛けてはならない。
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「…はぁっ、はっ」
少し落ち着いてから。
いや、自身を落ち着かせて‥
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こういう時、心音や呼吸音ばかりが耳に響くものだとばかり認識していたが、そういう訳ではなさそうだ。
ただ視界だけは狭く、揺れていた。
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傍から見ると、瞳孔が小刻みに揺れているのだろう。
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何とか身体をもう一度支えて、壁伝いに立つ。
覚束ない足取り。
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みっともなく腹を片手で擦っているものの、
何とか歩くことは出来た。
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ここまで来れば煩く無いだろう、と思い、半ば倒れるようにリビングの床に寝転がった。
体力が限界だった。
床って、冷たい。
至極当然のことだが。
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冷たい床に、熱い体温が溶けていった。
熱が中和されて心地が良い。
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壁に寄りかかって座る。
水を口に含む。
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「んく、」
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冷たい水が喉を通り、体内へ流れ込んでいくのがよく分かる。
自身の体温の高さを実感した。
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と、そこに今までとは多少異なる不和を感じた。
胃がきゅる、と存在を訴えた。
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変。
おかしい。
‥今に始まったことではない。
「ふ、ぁ…ぅう、」
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それを無視して更に飲む。
2口目を飲み込んだ、その時だった────
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「、はぁっは、、‥ッひ、っんく…!!ごぷッ、」
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びしゃり、ぼたた、、、。
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液体の音がした。
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冷たい。
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口から垂れた水が膝あたりと腹部を濡らした。
服が濡れた。
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──────どうして…?
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理解するよりはやく、
表現し難い気持ちの悪さに襲われた。
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つまり─────
飲んだ水を、胃は受け付けなかったらしい。
水すら飲めないだなんて。
吐いたというより、そのまま戻ってきた。
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高熱‥か。
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「げほっ‥けふ、
はぁっ、はっ、ぅ‥…ぉえ、」
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気持ち、悪い。
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ぞわりとする感覚。
熱による発汗。
腹痛による脂汗。
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背中に汗で湿った衣服が張り付いている。
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床、‥を、拭かなければ
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と思うのに、
今の嘔吐により吐き気が誘発された。
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「っひ、ぅえ」
腹、痛い。
まだ吐きそう、‥?
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汚れた衣服を脱ぐ。
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「ぃ、、」
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ボタンを外していく手が震える。
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腹が痛い。
頭がぐらぐらする。
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全部、可笑しい。
怖い。
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「は──っ、は、」
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どのみち汚れているのだ、問題ない。そう思って、脱いだ服で床を拭いた。
あまり憶えていないが、服は着た気がする。どうやったのかと訊かれても、皆目見当がつかないが。
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消毒…後で良いか。
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胃の不快感と腹痛が綯い交ぜになる。
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とにかく表現できない気持ちが悪さが込み上げてきて。
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どうにも出来なくて、胸元のあたりを必死に擦った。
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「ぅ、」
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バスルームへ向かった。
‥気がする。
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あついし、さむい。
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いたい
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しんどい
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くるしい。
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,
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,
,
,
,
,
,
,
,
あれ‥?
,
,
ここ、どこ.‥。?
,
,
,
,
,
,
痛い。
,
,
痛い‥!!
,
,
,
オレは、その場に蹲った。
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「…ぅぅ …」
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真夜中に小さく響いて聞こえる声に、目が覚めた。
「…?らん、す─?」
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どうやらこの寝室にアイツはいないらしい。
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ガチャ、
声のする方へ歩いていく。
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光景。
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オレの寝る間に起きた出来事。
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「 っ、
. ん、…
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. うぅ、
. ぃ゛ 」
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足を、腹を抱え込んで、冷たい床の上で
ただ独り蹲っていた───。
「!!大丈夫か?」
「んっ、 ぁ、、どっと…す ま な ぃ、
お、こした、か…? 、ッぅぐ、」
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「…いや、偶然目が覚めただけだ、」
偶然?勿論嘘だ。テメェを心配させねぇための。
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こういう嘘…虚は、魔法界──つまり競争社会においてですら必要不可欠だ。
例えあるにしても、オレとオメェの仲であっても。
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「なぁ、眠れねぇほど腹が痛ぇのか?」
「っ、…べつ、に」
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「下してないか?」
「…ない、っ」
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「他に症状あったら、言えるか?」
「ぅ、えと、ん、…きもち、わ る く て」
「そっか、」
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「それ で..さっき、、うぁ、──ッん、けほ、」
背中をオレにできる限りは優しく摩る。
「おーおー、ゆっくりでいいからな」
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「……ちょ、…っとだけ、
────そ ..の 、っ
えぇと、っ..吐、 い て… .」
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「!!気分が悪かったんだな?」
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こちらを見上げるランス。
初めて目が合う。
苦痛に顔を歪めて、青く深い瞳には涙の膜を張って。
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「…汚 した、‥す ま な 、ぃッ」
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そうまでして、謝罪か──?
そんなものは、要らない。
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「、…ぃ゛、..っ」
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「まだ痛ぇのか…」
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「…!っ、ちょ、…と、」
急に立ち上がったことで、身体がぐらりと揺れて倒れ込む。それをオレはギリギリで受け止めた。
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「っ、ごめ── はぁっ、ふ、」
今度こそ腹を押さえてよろよろと立ち上がったランスは、口元を袖口で隠すようにしていた。
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弾かれたように目の前のバスルーム────つまりトイレへ駆け込み、お得意の魔法で鍵を掛けられてしまった。
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胃がぐるぐるとしていて、締め付けられるように痛い。
不思議な感覚。痛みはどんどん強くなっていく。
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耐えられると思ったのに。
一人じゃなくなった、ただそれだけで安堵するなんて──ましてやそれで決壊しそうになるなんて、頭の悪い話だ。
危うくドットの目の前で床に戻してしまうところだった…。
間に合ってよかった────
「っ、ぇふ、」
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アイツはまだ近くにいるだろう。
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「っ… ぇ゛、け゜ぽ 、げぇっ、!」 ばしゃん、
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できる限り音を出さないようにしなければ。
汚らわしい声と音を聞かれないように。
「っ、…うぇ゛ッ、けほん゛、ったぃ、」ぽた、びしゃ…
殆ど水と胃液に近い。
丸一日何も口にしていないのだから当然だ。
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気持ちが悪い。悪寒が背を奔走し、目が回る…
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薄い壁1枚隔てて、声が聞こえた。
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ドンドン!!!…煩。
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「なぁ、こ…開け…れ..───?」
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無理だ。こんなところ、見せられない。
というよりそもそも…動けない。
「っは、ゔぇ、っ、」
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「…大….夫…?….も…いい..ゃ、
勝手に…け…ぞ──オプティアース!」
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入られないようにかけたはずだった魔法も虚しく、いとも簡単に解錠魔法がかかり、ドアが開けられた。
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体調を崩すと魔法すら使いこなせないとは、なんとも情けないことだな────と、自嘲気味に嗤うことすら許されなかった。こんなことで嗤えていたのならどれだけ良かったことだろうか。
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「った、っげほ、お゙ぇ゛っ!」
「ランス!」
ドットは珍しく──いや、昨日何度も聞いたが──オレの名を呼び、背中を摩ってくれている。
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「──…っ、けほッ、っかふ ..ぇ」ぱしゃん…
汚い音を聞かれないようにしなければ。
こんな醜態を晒して、ドットは何を思うだろう?
腹痛や発熱に侵されて尚、オレは羞恥心や自尊心を捨てきれなかったのだ。
迷惑だろう。
気持ちが悪いだろう。
汚いだろう、恥ずべきだろう。
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「迷惑じゃない。気にすんな」
言葉数少なく、そう言った。
普段は話好きで明るいドットが───
そう、言ったのだ。
それは、彼なりの気遣いなのだろうか。
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「ぉぇ、…っく、うぅ、ぃ゙」 ぽたっ…
それでも、羞恥心というものは脳裏を支配する。
痛みは酷く、常人であれば耐えられないのではないかと思う。確実に医者にあたるべきだ。
どうするべきか
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珍しくオレは焦った
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内心──
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「っはぁ、ぃ゙ッ… け°ふッ、ぇッ
. っぐ!!、…!?ゲホッげほ、ひゅ、」
不味い、器官に吐瀉物が流れ込んで…!!
「!?ランスっ!!息しろ!!」
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ドットが背中を摩る手に強く力を込めた。
今まで声を殺して極力静かに吐いていたが、
背中を擦られたことで吐き気が増し─────
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「げほっ、んゔぇッ! ~い゛ったぃ、ッ、ぇ゛!!」
「痛いかー、よくなれ、よくなれ」
あまりの痛みに意識が飛びそうで、死んでしまうのではないかと、冗談無しに思う。
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「い”ッ、っげほ、ッげぇぇ、〰〜ぃ゛たぃ、」
「ランス、」
腹を押さえつけた手。さらに爪が食い込むくらいに力を込め、強くする。こうでもしなければ、耐えられない。服越しに爪の跡がつくくらいには、掴んだ。そのせいで腹の皮膚に爪痕のような内出血が出来たのではと思う。
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「うぇ、ッは、…は、……っ、ぇ゛
ぃ゛ッたぃ、う”ぉえ゛ッ゛、」
「痛いな、苦しいな、」
痛い、痛い、だなんて馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返す。そんなことを言われても、ドットの不安を加速させるだけだ。
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「いだぃ、っう、ゔぇっ!、!げほ、い゙っ、
どっ と 、す、ん、ッう”、 ……ぃ」
「喋らなくていい、キツイだろ」
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嗚呼。また気を遣わせてしまう。
情けない。
痛みに耐えられない自分が、情けない。
迷惑をかけ続ける自分が、情けない。
憎たらしい。何で、どうしてだ。
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「っふ、どっと、ッはぁ、い゛…すま、な い、
きたな、ぃ、めーわ..く、こんなの、…はぁっ、」
「汚くねぇよ、テメェは吐くことだけ集中してろ」
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口は悪くても、ドットの優しさがよく伝わってくる。
今だって、背中を擦ってくれるその手は、──自身で言うのも可笑しな話だが───…とても…とても、慈愛で溢れていた。普段喧嘩ばかりするドットの手が。
温かい。
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そして──
おかしい。波があるが、この痛み。
ただの腹痛じゃない。
「はぁっ…──はっ、…ぉえ゛ぇ゙っ!」
「吐くもの、ねぇよな
こんだけ戻したのに胃が変だな…」
そう、もう吐くものなんて無いのだ。
それなのに胃は収縮を続ける。
それなのに腹は痛みを増していく。
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日中は上腹部だった痛みが、右下腹へ変化して。
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熱で意識が朦朧としている。
嫌な予感、と表現可能か。
「はぁっ、っぐ、
ぃだぃ゛っ、‼、い゙たぃぃ、ぅゔぇ、」
─────本当に、死んでしまいそう。縁起でもないことばかりが脳内を駆けた。
「ランス‼医務室…いや、夜間救急か!?」
「い゙たぃ、はぁっはっ、ぅひ、っ痛、」
「非常時だ、教師呼ぶぞ!!
どうやって───そうだマッシュに頼めば!!」
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何故か、目が眩んだ。
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白、黒、赤。
様々な色が点滅、チカチカする。
明るい。
頭が回らなくて、何も考えられない。
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と、そこまで来てまたえずく。吐き気に見舞われる。
「ゔ、っ…ん゙ぇ゛ぇ、っげほッ」
勿論、吐くものはない。
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「辛いな」
「…っ、だいじょ、ぶ 、…
、っ…ゔぇ゛ぇ゙ッ、はぁっ、ぅぐ゛…‼」
「あと少しの辛抱だ…」
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「っぐ… ぇ” っ…!ぃだぃ、どっ、と、」
「頑張れ、頑張れ」
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オレの頬を水が一筋伝った─────
それは、生理的だとかじゃなくて。
つまり、吐いているから涙目、だとかでなくて。
苦しい、痛い、オレは死ぬんじゃないか───
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「!?ッ──痛いな、痛ぇよな…!
. だけど怖くねぇよ、
. 治るから安心しろよ、な?」
下劣ないつものドットの喋り方と同じ。なのにどうして。何故、こんなにも安心するのだろうか。
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「はぁっ、った゛ぃ゛、っふ、ふ、、…んう゛ぇッ…」
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半ば、痛みによる嘔吐にシフトしていると見て良いだろう。
吐く勢いも損なわれ、どろりと水面に液体が──重力。重力によって───落ちるだけ。名家クラウン家の長男として、重力を固有魔法とする者として、…あまりにも皮肉なことだ。
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「大丈夫だ、頑張れ」
背中を擦ってくれる手の力が少し強くなり、オレ自身よりもドットが俺の容態を解ってくれていることが伝わってくる。
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「っ、はぁ、っひ、ん゙」
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──────────と、その時───
─突如として心臓が、内臓が、とびはねた─
────ズキッ
────────どくんッ
「─ッうぐぁ”!!!!」
『痛い』─────ただ、
──それだけのフィーリングだった。
それが、神経を疾駆し、脳内を蹂躙する─
「ランスっ!!!」
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吐くために便器にかけていた手がズルリと滑落し、床に身体が叩きつけられた──が、その痛みすら気にならないほどに、痛い。痛い…!!
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とさ、
倒れた音は意外にも静かだった。
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「っん───、ぐ、ッ─う” 、 ッぁ、 !!!」
地に生まれ出ずる時分その以降に
感じたどんな痛みよりも、痛かった。
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錯乱。
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痛みって、何だったっけ、と思──
痛覚を感じすぎた。
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「…ン…ス、ラ.ン…スッ!!!!!」
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ごぽごぽと、水が流れるような声が耳の奥で響いた
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いやドットの声が可笑しいんじゃない
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オレが可笑しい、そういうことか
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何
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何だ ?
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何か言っている、のか?
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聞こえない
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痛覚すら、五感が遮断されたかのように
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もう、何も考えられ無───────
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続く
コメント
35件
最高すぎる!!こんな神作あるんですね!続き待ってます!
続きめっちゃ楽しみにしてます👍🏻 ̖́-︎