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サムライロルテス

第54話 - 第54話　　三人の宣教師2

2025年04月27日

#戦国時代

#歴史小説

#織田信長

#豊臣秀吉

#大航海時代

#第4回テノコン

頼達矢

グネッキ・ソルディ・オルガンティノとフランシスコ・カブラルは日本地区の布教責任者コスメ・デ・トーレスの後継者として共に日本に派遣された。

だが二人は何かにつけて対立し、諍いが絶えなかった。これは前年度に手違いでインディア管区長代理の権限がカブラルとオルガンティノに重複してしまったことがきっかけだが、本当の理由は両者の人間的資質、育ちにある宿命的なものというしかない。

フランシスコ・カブラルはエスパーニャの貴族として生まれた。世界の覇権国の貴族の子として優越意識に溢れるのはある意味当然と言えるかも知れないが、さらに長じて軍人としてインディアで被征服者達に君臨したことで彼の選民意識は決定的なものになったようである。

カブラルにとって白人種のヨーロッパ人こそが真の神に選ばれた優良人種であり、アフリカ、アジアの有色人種は劣等で偉大な文明を造る能力などあるはずもなくただ支配され、使役されるべき存在だという価値観は揺るぎないものらしい。

だから先任のトーレスがフランシスコザビエル同様日本人の資質を高く評価し、日本での布教では日本文化を尊重していたにも関わらず、カブラルはこのような「適応主義」を頭から否定した。

学究熱心で、ヨーロッパの学術とキリスト教カトリックの神学の精髄を身に着けたと自負するカブラルは日本の独自の文化も日本人の資質も決して認めようとはしなかった。

ザビエル、トーレス、そしてオルガンティノはヨーロッパ、キリスト教カトリックの影響を全く受けずに個性的な文化を築いた日本人という非常に個性的な存在に驚かされ魅了されたのだが、逆にカブラルは怒りと嫌悪をかき立てられるようであった。

「私は日本人ほど傲慢、貪欲、不安定で、偽装的な国民は見たことがない。日本人は悪徳に耽っており、かつまた、そのように育てられている」

カブラルはそう言い放った。

そしてキリスト教に入信した日本人に対しても

「とどのつまり、お前達は日本人だ」

と罵り、キリスト教カトリックの信仰に必須のラテン語と宣教師との会話に必要なプルトゥガル語を学ばせようとはしなかった。

（思い上がった差別主義者め……）

オルガンティノは臓腑が焼け付くような深甚な怒りで我を忘れそうになった。

カブラルの傲慢と差別意識は日本人に対してだけではない。同じイエズス会の同士であるオルガンティノにも向けられていたのだ。

オルガンティノはイタリーのミラノ公国ランゴバルト地方のカスト村で農民の子として生まれた。

ミラノはエスパーニャに支配されていた為、被征服国のさらに卑しい農民の子としてカブラルはオルガンティノを公然と見下し、その育ちと学識の低さを指摘し、嘲笑った。

（あの男だけは許せん。いや、これは決して私怨ではない。ジャポネーゼ達を真の信仰に導きこのジャッポーネを真のキリスト教の王国とする為にはあの男をこれ以上この国にのさばらす訳にはいかないのだ）

オルガンティノは決意した。

「ヴァリニャーノ師。カブラル師をこの国の布教責任者の立場から解任すべきです」

オルガンティノの言葉を聞き、フロイスは驚きの表情を浮かべたようである。

常に温和すぎる程温和で他者を非難することや揉め事を極めて嫌うオルガンティノがこのような主張をするとは思わなかったのだろう。

ヴァリニャーノはしばし考えに沈んでいたが、それは左程長い時間では無かった。

「そうですね。私はさんざんカブラル師からジャポネーゼの非難、罵倒を散々聞かされました。日本人は賤しい資質の為、決して真の信仰に目覚めることはないと。しかし私は九州からこの畿内での旅で多くの日本人信徒に出会い、感動を覚えました。トーレス師やオルガンティノ師の言うように、日本人の資質は極めて高い。我らヨーロッパ人に劣る者ではないでしょう。カブラル師は完全に間違っている。彼はこの国の布教にはそぐわない人物であることは明白だ」

「おお、では……」

「我ら三人の連名でカブラル師を日本地区の責任者から解任することをイエズス会本部に要請しましょう。よろしいですかなフロイス師」

「やむをえませんな」

フロイスはやむを得ないという表情で頷いた。彼はオルガンティノやヴァリニャーノ程日本人を高く評価してはいなのだろうが、カブラルがこの国の布教に適さないという考えには賛成なのだろう。

そこに織田家に仕える小姓の少年二人が宣教師達の元にやって来た。

「やあ、これは坊丸殿に力丸殿」

オルガンティノは快活に挨拶し、フロイスも丁重な礼をした。

ノブナガが最も寵愛する懐刀として知られる森蘭丸の実弟である坊丸こと森長隆（もりながたか）と力丸こと森長氏（もりながうじ）である。

両者とも十代半ばの少年であるが兄の蘭丸に似て秀麗な顔立ちであり、余程武芸の修練を積んでいるのだろう、筋骨たくましい体格であった。

「フロイス殿にオルガンティノ殿。それにそちらが畿内に着いたばかりのヴァリニャーノ殿でしたね。上様がお会いになられるとのことです。御案内仕ります」

まだかぞえで十六歳でしかないというのに、坊丸の流麗な口調と気品あふれる態度には三人の宣教師は感嘆せずにはいられなかった。

己より遥かに年長のしかも異国人に対しても微塵も心怯む様子が無いのだから、余程胆力優れ、なおかつずば抜けて聡明であることは明白であった。