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『お前、お母さん似やなぁ、はは、よ〜似とるわ!その間抜け面…』
パパは声のトーンを下げ、ブツブツと独り言を呟き、皺くちゃな太い指で私の首に、すがるよう、強く必死に握り絞めた。目やにが張り付いたパパの目頭から汚く濁った涙が雨のよう何粒も落下して、私のおでこにぶつかり弾ける。パパが泣いてる理由とか知らへんし、なんで顔真っ赤にして酔っ払ってんのか分からんし、そんなこと考える暇なかった。私は口をみっともなく大きく開けた、いっぱいに酸素を含んでも喉に通らなきゃ意味がない。唯一!鼻に通るのはパパのアルコール臭と、異常に汗ばむパパの汗臭さ、鼻で吸う気にもなれない。喘ぎ喘ぎで『やめて』と言ってもやめてくれへんし、パパの毛むくじゃらな腕を叩いたり爪を思いっきり深くたてても、やめるどころかさらに強くしてくる。苦しい…まだまだ死にたくない!けど…パパの頭が三つに見えて、木材でつくられた天井の茶色も、パパのチリチリな黒色の髪も、モザイクみたいにボヤケて混ざり合って溶け合って、視界もグラついてパパの瞳がどれか分からんくて、車酔いしたみたいに気持ち悪くて吐きそうになって、意識が遠くなって、抵抗すんのも苦しさにリアクションするのも疲れてめんどーになって、パパの腕から手を離し、諦めてダランとさせた。すると、 『離せや!』
兄ちゃんの叫び声がした。パパの手が首から離れ、酸素が喉を通るようになった。膝から崩れ落ち、私は俯いてゲホゲホ咳込みながら息を何度も何度も吸った。死ぬかと思った!もう生きてけないと思った!!よかった!!! バリンッ
ガラス瓶の破片が床に散らばった。その上にかぶせるよう、いちごスムージー?がジワジワ広がった。
私はバッと顔を上げた。パパの顔は焦りと驚きと心配と罪悪感と責任感と後悔と快楽と快感と興奮と鳥肌と憂鬱感と解放感と
ピロンッ 『おわっ!?』私は着信音に驚き、ベットから崩れ落ちそうになった!そうはさせまいとカーテンを掴み、バランス感覚を保とうとしたら…ビリビリという音と共にカーテンの布がブチッとちぎれ、私は転げ落ちた。尻が痛い、尻から打っちゃった…しかも、最悪な夢を見てしまった。二度と思い出したくなくて、あえて考えてこなかったトラウマを、私が男性恐怖症になった原因を…冷や汗でベッタベタになったおでこを拭い、私は立ち上がって、床に寝転ぶ邪魔くさい布団を蹴り飛ばした。ベットの目の前にある作業机に、さきほど『疲れた、寝てからやる』と言って放置したパソコンにうつるスッカラカンな小説の文。その周りにはクシャクシャに丸められた原稿用紙、コピー用紙の袋、開けっ放しのアイディアノート、筆記用具と消しゴムのカス、スマホにはラインの通知が表示されたロック画面。私はスマホを手に取り、ラインを開けた。通知の正体は、小学六年生から知り合った真芯ミナミちゃんだった。なになに? 『久しぶりにいつものとこで、飲み会行こ!オンノちゃんが忙しかったら全然断ってオッケイでーす!』か… 私は首に手を添えた。首には、いまだに残っている絞められた跡を隠すためのグルグル巻きにされた包帯。もう会うことはないし、会える訳が無いパパ。それでも、皺くちゃな太い指が、あの時しっかり強く握りしめてきた感触を時々思い出してしまってゾワッとする。私のパパはお酒好き、パパゆずりなのか、成人済みの私もお酒が大好きだ。けれど、パパみたいになりたくない。だから…でも、疲れたなぁ飲みたいなぁ現実から逃れて酔っていたい…いや!私はこれでも小説家、小説の原稿用紙を出さないといけない締め切りが……… 私は指を動かし、送信した。 『行きマッチョ』と呟くムキムキな手足が生えたマッチ棒くんのスタンプを。
ピロンッ『なにこれ〜』とミナミに言われてしまった。可愛いのに… 『ヘックション!』マフラーとモコモコの分厚いコートを身につけ、真冬対策バッチシ!と思えばこのありさまだ。袖や襟の隙間からヒンヤリ凍った風が入ってくる。耳も手もジンジン痛い。手にハァッと暖かい息を吹きかけると、息が白く染まり、オレンジ色の空に消えてしまった、数秒で。私はバス停の時刻表を見て、速く来ないかなぁとブルブル震え上がった。何度も手に息を吹きかけていると、コツッ。ブーツの足音が横で止まった。チラッと横目で見るとその人、ヘッドホンをつけた男性で、目線はスマホにベッタリだった。私は、もしかしたら首を絞めてくるかも?と思考がめぐり、男性と距離を大きく取った。ドクンドクン、私は震えながら男性の顔を伺い、息を呑んだ。…いま、ぜったい、私を見て、鼻で笑った。
『はは、よ〜似とるわ!その間抜け面…』 パパの声が頭にひびく。あわてて目をそらしコートの裾を握りしめた。