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「玲伊さん?」
「優ちゃん……可愛すぎるって。それ、ちょっと反則」
玲伊さんは聞こえないほど小さな声でぼそぼそっと呟いた。
「えっ?」
わたしが首をかしげて聞き返すと、今度は普通の声で言った。
「わかったよ。じゃあハグはなしにする。また寝不足になっても困るしな」
それから、わたしの頭に手をのせて、ぽんぽんと軽く叩いた。
「じゃあな。おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
玲伊さん、ハグを嫌がったりして、気を悪くしたかな。
でも、もうしたくなかったから。
大好きな人と挨拶だけのハグなんて。
それに……
玲伊さんには、あんなに綺麗ですてきな彼女がいるのだし。
そうして1週間、2週間と〈リインカネーション〉に通う日々は続いていった。
初日はどうなることかと思ったけれど、どんなことも回数を重ねると慣れていくものらしい。
ジムでのトレーニングを終えてもそれほど疲れることもなくなり、カメラの前でも意識せずに自然に振る舞えるようになってきた。
夜、玲伊さんにふたりきりで髪のケアをしてもらうときは、相変わらずうるさいほど心臓がばくついていたけれど。
でも、ジムもエステも、そして、玲伊さんの施術もすべてが超一流。
わたし個人では、こんな贅沢は絶対不可能なこと。
日に日にそのありがたさが身に染みてきた。
それに……実は最近、鏡を見るのがそれほど苦じゃなくなった。
そうすると、自分でもメイクをするようになり、先週からまたコンタクトに戻した。
髪もサラサラで、肌の調子自分至上最高。
これもみんな、玲伊さんが〈シンデレラ・プロジェクト〉に誘ってくれたおかげだと思うと、今は感謝こそすれ、嫌だと思うことはまったくなくなっていた。
***
そんなこんなでプロジェクトがはじまって、ちょうど1カ月目。
季節はもう梅雨に移っていた。
その日は〈リインカネーション〉の休館日で、玲伊さんの施術だけが予定されていた。
それもめずらしく午前中に。
「今日でちょうど1カ月だな。うん、だいぶ理想に近づいてきた」
VIPサロンでいつものようにトリートメントとマッサージをしてもらい、ブローを終えたところで、玲伊さんはわたしの髪の手触りを確かめながら言った。
たしかに以前とはくらべものにならないほど髪がしっとり落ち着くようになった。
手櫛ですくと、するりと指の間からこぼれ落ちてゆく。
「玲伊さんに施術してもらうようになって、髪が|縺《もつ》れることがなくなりました。前は朝、とかすのが大変だったけど」
「でも、こんなに早く効果が表れてくれたのは、優ちゃんがエクササイズや食事の管理を真面目に取り組んでくれているおかげだよ」
「そんな、わたしは何も」
玲伊さんは首を横に振った。
「いや、だって優ちゃん、運動苦手なんだろう。それにいくら近いからって、昼夜の食事に通ってもらうのも結構、大変じゃないか」
そうしろ、と言ったのは、当の玲伊さんなんだけど。
確かに慣れるまでは大変だと思うこともあったけれど、今はもう〈リインカネーション〉に通うことが生活の一部になっていた。
「いえ。もう今はぜんぜん苦にならないので。はじめのうちは、大変なことを引き受けたって少し後悔してましたけど……」
わたしが話しはじめると、鏡のなかの玲伊さんがこちらを見つめる。
ちょっとドキドキしながら、話を続けた。
「それに25歳を過ぎてから、なんとなくだるい日が続いたり、いつも体が重い、と思いはじめていたところで、これが年を取ることなのかな、なんて漠然と思っていたんですけど」
わたしの言葉に、玲伊さんはおいおい、と苦笑する。
「『もう年を取った』なんて言うなよ。そんなこと言われたら、優ちゃんより四つも上の俺はどうなるんだ」
「そうですよね。うん、それは間違いだったって気づかせてもらいました。この1カ月、運動したり、体に良いものを食べるようになったら、とても体調が良くなって。ああ、今までは、ただ、さぼっていただけだったんだと実感しました」
「そっか。でも、俺から見ても本当によく頑張ってくれているよ。そんな優ちゃんに、今日はご褒美を上げたいと思って」
「わ、ご褒美ですか?」
「うん。今日の昼食はカフェじゃなく、俺の部屋に用意したから」
「玲伊さんの部屋で……いただくんですか?」
「正確に言えば、屋上のテラスで。今日は天気がいいからね」
たしかに、梅雨とは思えない好天だ。
6月も半ばを過ぎて、例年なら雨続きのはずだけど、今年は空梅雨らしい。
こんな日に屋外で食事をしたら、気持ちが良いに決まってる。
「カフェのお食事をわざわざ8階に?」
「さあ。どうかな?」彼は思わせぶりに言った。
それから、メイク道具を持ってきて、化粧を直し、じゃあ行こうか、とわたしに立ち上がるように促した。