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そうしてあっという間に九カ月が過ぎ、婚約式を迎えた。
冬の寒さが落ち着き、暖かさを徐々に感じ始める季節。そう春の到来と共に、私とエリアスの関係も変わる。
知り合いから従者へ。護衛と経て、義兄妹。
そして今日、婚約者となる。
この世界に来て五年。つまりエリアスと出会ってからの歳月。
色々あったから、長いと感じてしまうけれど。これでもまだ、乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』の開始時期より、少しだけ早かった。
そう、始まる前にヒロインは攻略対象者と婚約するのだ。
それも他の攻略対象者たちから祝福を受けて。
「おめでとうございます、お嬢様」
「ありがとう、リュカ。久しぶりね。三年振りかしら」
灰色の髪の青年を目の前にして、私は顔を緩めた。
『使用人』のリュカ・ドロレだ。
エリアスの次に出会った、攻略対象者であり、マリアンヌの幼なじみ。
私がマリアンヌと入れ替わってしまったことにより、ポールとオレリアに利用されて、カルヴェ伯爵邸から追放された。
「もう皆、事情は知っているから、大丈夫だと思うけど。……何か言われたりしなかった?」
「温かい言葉をかけてもらいました。約一名を除いて」
エリアスのことね。三年、いや五年前から変わらないんだから、この二人は。
「でも、リュカだって言い返したんでしょう。エリアスが相手なら」
「はい。あいつは事件があったから、僕を非難しているわけではないので、遠慮なく言わせてもらいました」
「ふふふっ。相変わらずね」
私のせいで犬猿の仲になってしまったから、どうにかして仲直りさせたかったんだけど。
そもそも、始めから無理があったのね。
「それと、元気そうで良かったわ」
「お蔭さまで。ここで執事の勉強をしていたのが役に立ったようです」
リュカはポールから執事教育を受けていた。多分、エリアスを排除したいがために。
エリアスは元々、護衛としてカルヴェ伯爵邸にやってきた。けれどその教育を受けていなかったため、見習のような形で、従者となったのだ。
ポールは恐らく、エリアスは護衛以上になれないと思ったのだろう。だからリュカを育てて、私をも操作しようとした。
「……あまり良い記憶じゃないでしょう」
「僕は法的に罰せられていないのですから、これくらいはなんともありません。むしろ、お嬢様が気に病まれる方が辛いです」
「ありがとう、リュカ」
甘えん坊のリュカに、私が甘えさせてもらうなんてね。
ユーグの手紙でリュカのことを多少、知っているとはいえ、こんなにも成長しているとは思わなかった。
いや、これからはゲーム内で見た、攻略対象者(リュカ)になっていくのだろう。
「あぁ、いたいた。って、先に挨拶をしていたのか」
リュカの背後から懐かしい声が聞こえてきた。
「申し訳ありません、ユーグ様。自由にしていいと言われたので、つい」
頭を下げ、主に場所を譲るリュカに対して、気にするなとでも言うようにユーグは肩を叩いた。
お父様によく似た、黒髪の青年。『従兄弟』のユーグ・カルヴェだ。
三年前の事件後、母親とリュカの三人で、領地に暮らしている。が、ユーグの成人に合わせて、三人は領主館に移るらしい。
伯爵となるエリアスのサポートを任せたいのだそうだ。ユーグもまた、母親を養うために、快く了承してくれたと聞いた。
これでリュカも、本格的な執事業ができる、というわけだ。
「いいって。探す手間が省けたから」
それはどっちのことを言っているんだろう。リュカのこと? それとも私?
「エリアスがさ。君のところに行けってしつこいんだよ。それで探したらリュカもいたってわけ。相変わらず、僕を弾除け、いや虫除けか。そんなのにしないでほしいよ」
虫除けって、今日は私とエリアスの婚約式なんだよ。誰がちょっかいをかけるというの?
というより、そんなに嫌なら、エリアスがくればいいのに。ユーグに頼むなんて。
「伯父様と挨拶回りをしているから、こっちまで手が回らないのは仕方がないんだけどね。だから、そんな拗ねた顔をしないでよ」
「分かっているわ。でも、その挨拶回りだって、本来なら私とするものでしょう」
結婚式と同じで、周りに婚約をアピールする場なのだから。
「婿養子でなければね」
そう、通常であれば、婚約は結婚の準備期間。しかし、私とエリアスの場合は違う。
エリアスが次期伯爵であることをアピールする、周知期間なのだ。故に、挨拶回りはお父様とするのが妥当であり、効果的な行為だった。
「それとも、エリアスを誰かに取られる心配でもあるの?」
「え!?」
婚約式に何てことを言うの!?
「お嬢様。本当ですか? 正直に言ってください」
「リュカまで。そんなわけないでしょう。ユーグも変なことを言わないで」
「そうですよ。また変な勘繰りをされたんじゃないかって、思わず聞き耳を立ててしまったんですから」
「ケヴィン?」
何でここに、ケヴィンが? ウチの敷地なのに。それも給仕の格好で。
「祝いの席は、人手が足りなくなるものですからね。馳せ参じました」
ニコリと笑うのは、緑色の髪の青年。『商人』のケヴィン・コルニュだった。