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君という物語

1 - きみという物語

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2025年07月09日

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オークションで売られた男の子と買った男の話


創作



start


薄暗い競売場の空気は、湿っていた。


「50万……55万……60万……。他にいらっしゃいませんか? ……では、60万で落札。西条 透様」


男の名が呼ばれた瞬間、朔斗(さくと)は身を固くした。目隠し越しに、自分がどこへ連れて行かれるのかも、なぜ“買われた”のかもわからない。


ただ一つわかるのは、ここから先、何かが変わるのだということ。


連れてこられたのは、閑静な高台にある洋館のような家だった。中は静かで、本の匂いがする。あたたかい照明、広い書斎、そして——大量の原稿用紙。


「ここが、君のこれからの場所だ。名前は?」


しばらく沈黙したあと、朔斗は小さな声で答えた。


「……さくと」


「朔斗か。いい名だな」


目の前の男——西条 透(さいじょう とおる)は、有名な小説家だった。世間に名前こそ出していないが、書店の棚を席巻する大ベストセラー作家。だが彼の素顔を知る者は、少ない。


「どうして……僕なんかを買ったんですか」


勇気を振り絞って、朔斗は聞いた。


透は少しだけ微笑んだ。そして、一冊の分厚い原稿を差し出した。


「これを読めばわかる」


タイトルは朧の檻。


ページをめくるたび、朔斗は言葉を失った。


そこには、誰よりも自分に似た少年が描かれていた。姿や、生き方全てが自分そっくり、いや、自分だった。


「……これ、まさか……」


「君を知らないまま、書いたんだ。……でも、ずっと探してた。“この少年”の面影を持つ人間を」


透の眼差しはまっすぐだった。冷たさも、下心もなかった。ただ、真剣に「創作者」としての執着があった。


「次の物語には、本物の“君”が必要だ。……ただのモデルじゃない。君の呼吸、沈黙、傷跡、、すべてが、俺の物語になる」


最初は、受け入れられなかった。


自分という存在が、物語のための“材料”に過ぎないのだとしたら。

それはまた、商品として扱われることと変わらないのではないかと。


でも、日が経つにつれ、透の言葉が変わっていった。


「君が泣いた夜の音を、俺は書きたい」


「君が初めて笑った朝の光を、残したい」


「君の存在が、俺を救った。……だから今度は、俺が君を救いたいんだ」


一緒に暮らすうちに、朔斗の中の何かが変わっていった。


朝、コーヒーを淹れる透の背中。


夜、執筆の合間にふと自分にかけられる言葉。


静かな愛情のようなものが、紙の上にも、現実にも、少しずつ滲んでくる。


ある夜、透が言った。


「新作のタイトルは、“君という物語”にするつもりだ」


「……僕?」


「そう。君がいてくれたから、書ける物語だ。……もしよかったら、もう二度とどこにも売られない、誰のものにもならない“自由な君”を、この家で書き続けさせてほしい」


朔斗はそっと頷いた。


まだ不安はある。でも、初めてだった。誰かに、何かに、「物語として残されたい」と思ったのは。




















それは、初夏の夜だった。


蝉の声が遠く、窓の向こうから流れてくる。原稿に集中していた透がふと顔を上げると、隣でうたた寝をしている朔斗の姿が目に入った。


淡い月明かりが、彼の頬を照らしている。


紙のように白く、儚げで、なのに、芯のある強さを湛えていた。



透は、静かに原稿用紙を閉じた。


それからしばらく、朔斗は毎日のように透の原稿のそばにいた。


物語に意見を出したり、キャラクターの台詞を一緒に考えたり。


朔斗はもう“素材”ではなかった。


彼自身が、透にとって唯一の“相棒”になっていた。


ある晩、透がふと口を開いた。


「……朔斗。君は、ここにいて幸せか?」


「え?」


「……君が、もし自由を求めているなら。今からでも、解放する。どこへでも行けるようにする。だけど……」


言葉に詰まる透を、朔斗がじっと見つめた。


「僕は……行かないよ。どこへも」


透の目が揺れた。


「ここが、僕の場所なんだって、最近ようやく思えるようになった。……透さんが、そう思わせてくれた」


その夜、ふたりは初めて正面から想いを交わした。


静かなリビング。紅茶の香り。


「透さん。ひとつだけ、ずっと聞きたかったことがあるんです」


「なんだ?」


「……僕じゃなくても、物語は書けたんじゃないですか? どうして、“僕”じゃないとダメだったの?」


しばらく沈黙が流れた。


やがて透は、椅子から立ち上がり、朔斗のそばに膝をついた。


「君じゃなきゃ、物語は始まりもしなかった」


その目に、嘘はなかった。


「君の涙も、怒りも、笑顔も、俺にとっては全部、“奇跡”なんだ。誰にも触れさせたくない。……俺だけが、君の続きを知っていたい」


その言葉に、朔斗の頬から涙がひとしずく、落ちた。


「じゃあ……続きを、一緒に書いてもいい?」


「もちろんだ。……できれば、生涯をかけて」


そしてその夜。


初めて透のベッドで眠った朔斗は、誰にも支配されず、誰のものでもないまま、ただひとりの人に抱かれるということの、温かさを知った。


触れ合う手も、重なる唇も、過去の痛みをすべて上書きしていくようだった。


透は囁いた。


「君がいてくれるだけで、書きたい物語が増えていく」


「僕も……透さんといるだけで、生きていける気がするよ」


恋人としての生活は、劇的な変化はなかった。


けれど、透の手から生まれる物語は、よりやわらかく、あたたかくなっていった。


そして朔斗は、いつしか「透の小説の中の少年」ではなく、「透と一緒に未来を描いていく青年」になっていた。


2人の物語は、まだ序章にすぎない。


だけど、それは確かに。


“誰にも壊されない、本物の恋”の始まりだった。

… 𝗍𝗁𝖾 𝖾𝗇𝖽

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