「私とフィンちゃんは小学生の頃からの幼馴染です。小学3年生のときに転校してきて
緑に近い青い目をしていて、茶色より少し明るい髪色で
整った顔をクシャッっと崩した可愛い笑顔でたちまち学校で人気者になりました。
その魅力に大人も気づいたようで小学5年生のとき
雑誌の道行く人のファッションコーナーみたいなところのほんの片隅に取り上げられたんです。
そしてそのときにモデル事務所の人に声をかけられて
フィンちゃんのお母さんが事務所の人から名刺をもらって
一回家に帰って話し合って、フィンちゃんがフィンちゃんのお母さんに
「やってみる?」って言われて
そのモデル事務所に入って小さい頃から読者モデルをやっていました。
そんなクラスや学校、大人からも人気のフィンちゃんでしたが
その中でも私はフィンちゃんと1番仲良くなって同じ中学に進学することになりました。
中学生になって少しずつ露出が増え始めて
雑誌で1ページの片面丸々載ってるなんてことも増えました。
そして中学3年生、勉強が忙しいときにフィンちゃんがやけに嬉しそうにしていたので
「どうかした?」って聞いたんです。
そしたら「実はねぇ〜?…来年のめざめのテレビのイマカラガールの1人に
選ばれましたぁ〜!」と自分で拍手をしながら
とても嬉しそうに整った顔をクシャっと崩した笑顔で私だけに報告してくれました。
私は驚いたけど、徐々に嬉しさが勝ってきて一緒に喜びを分かち合いました。
芸能生活が本格的に始まるかもしれないということで志望校を女子校に変えて
私も同じとこに行きたくて一緒に勉強を頑張りました。
そして2人で同じ高校に行けることになって、高校1年生から怜夢さんと知っての通り
めざめのテレビのイマカラガールのコーナーにフィンちゃんが出るようになりました。
今まで出ていた雑誌でも見開きで宣伝してくれて
自分のことみたいに嬉しくて、その雑誌も2冊とか買いました。
めざめのテレビのイマカラガールは週に1回の出演でしたけど
私は妹、父母と欠かさず見ました。姫冬もお母さんもお父さんも喜んでました。
そして1年が過ぎてイマカラガールが交代になりました。
なのにまた学校で嬉しそうな顔をしてたので「どうしたの?」と聞くと
なんといろんなバラエティ番組のオーディションに声をかけられたと
嬉しそうに言っていました。私も嬉しくてそのオーディションの日まで
フィンちゃんと同じくらい、もしかしたらフィンちゃん以上に緊張していました。
オーディションが土曜日で日曜日に会う約束をして
その日曜日、もちろん受かっていてほしいけど
もし落ちていたとしても楽しもう。と決めて会うと
あからさまに笑顔を隠しきれていないフィンちゃんがこちらへ向かって歩いてきました。
なんと最終オーディションまで残ったと。その日はカラオケで大騒ぎしました。
フィンちゃんなら、もう平気だと思っていました。
でも最終オーディションの次の日、いつも通りの笑顔だけど
どこか悔しそうな悲しそうな感じがしました。そのことを伝えると
「やっぱ妃馬にはわかるんだね」
とオーディションに落ちたということを話してくれました。
結局そのオーディションはフィンちゃんが
イマカラガールをしていたときにすでにいろいろなバラエティ番組に出ていて
話題になってるギャルの読者モデルの人に決まったようでした。
でもフィンちゃんは事務所から
まだいろんなバラエティ番組のオーディションが来てるからと言われ
オーディションを受け続けました。
ただ毎回いいところまでは行くものの勝ち取れないオーディションばかり。
そしてあるとき聞いちゃったそうです。
テレビ局のトイレの洗面台で手を洗っていると男子トイレのほうから
「僕的にはビジュアル、礼儀からして、圧倒的にドルフィンちゃんなんすけどね」
「まぁ、ぶっちゃけオレもそうなんだよ。
画面映えとか大御所に失礼がないとかスタッフにも気遣える子だろうしな。
でも上の判断としては、エピソードたくさんありそうだし
多少礼儀できてなくても、敬語使えなくても
「ギャルだから」「若いから」ってことで許されそうだしってことなんだよね」
「僕ならやり切れないっすねぇ〜。
礼儀もできない敬語も使えないやつが自分に勝って番組出てたら」
「な!」
という恐らくオーディションの関係者の会話を。
そのときからフィンちゃん、芸能の仕事を休むようになっていって結局辞めちゃったんです。
それからですかね。徐々に学校にも来なくなって
2ヶ月くらい連続で学校を休んだときもありました。
さすがに心配だったけど人に会いたくないのかもと思って
3、4日に1回くらいの頻度でお家に伺って
顔見て話して毎日LIMEでメッセージ送ってってしてたら
ひさしぶりに登校してきてくれたんですが…。すごく痩せててですね…。
まぁそこからは割といつも通りのフィンちゃんだったんですけど
話の流れで芸能の話題が出ると笑顔ではあるものの
どこかいつもの笑顔と違うと私はわかっていて
トイレから戻ってきて教室で芸能の話をしていたら
教室の扉の前まで戻ってきても教室に入らなかったりと
あからさまに芸能関係の話を避けたりするようになって
私もクラスのみんなも極力テレビの話題をあまり振らなくなりました。
でも芸人さんや歌手の方は好きらしくて、芸人さんや歌手の方のテレビ番組とか
ネット番組とかMyPipeとかの話は笑ってしてました。
それであるとき言われたんです。
「私、今後雑誌やテレビ出てたことは極力隠していく」って。
私もフィンちゃんの意見を尊重して大学では誰にも言わずにいたんです。
もちろん数分とはいえ1年間、全国テレビ出ていたので怜夢さんみたいに
森野ドルフィンを知ってる人もいたのでそういう人とは仲良くならずにしていて。
だからフィンちゃんのこと話すときには本人に確認を。ということなんです」
なにも言葉が出なかった。正直芸能人って楽して稼げてでいいな、羨ましいなと思っていた。
ただ今の妃馬さんの森本デルフィンさんの話を聞いて、そう思っていた自分を恥じた。
「そうなんですね」
そんな相槌の一言しか言えなかった。そんな中ただ1つ疑問が浮かんだ。
「ん?でも今まで大学で仲良くなった子にもそのこと話さなかったんですよね?」
「はい。でも大学で仲良くなった子ってほんと少なくて私と仲良い子は5人?
でフィンちゃんと仲良いのは1人かな?みんな女の子で」
「男だから話したんですか?…ん?僕に話してくれたのは…どうして?」
そう聞くと一瞬ハッっとした表情をした妃馬さんは
「あ、えぇーと…。あ!いや、今度一緒にゲームやるから
教えておいたほうがいいかなって思いまして」
と言った。
「あぁ…そうなんですね」
と納得した返事をした。だけどやはり疑問は残っていた。
「ゲームするから」という理由であれば
別に顔を合わせることもないしわざわざ説明する必要はなかったのではないかと。
ただこれ以上デリケートな問題にずけずけと踏み込むのはどうかと思ったので
その疑問は心の内に留めた。
「あ、そうだ!」
と妃馬さんと姫冬ちゃんのお母さんがなにか思い付いたように声をあげる。
「ママどうしたの?」
「えぇ〜っと、暑ノ井くん?で合ってた?」
「あ、はい。合ってます」
「良かったら晩ご飯食べていく?」
予想だにしない思い付きだった。
「えっ…」
どういう返答が正しいのか、失礼にならないのか目を泳がせ考える。
「悪くないですか?家族団欒の中に」
我ながら良い返答だと思った。
「大丈夫。ねっ?」
と姫冬ちゃんに聞く。
「うん!私は全然ウエルカム!」
「ねっ?」
今度は妃馬さんに聞く。
「私も…良いですけど。怜夢さんの事情もあるだろうし」
と少し困ったような申し訳なさそうな表情を僕に向ける。
「あ、僕は家に連絡入れれば大丈夫ですけど」
と前半部分を妃馬さんを見ながら言い、後半部分は2人のお母さんに向かって言った。
「よし!じゃあ今日は5人でご飯ね!」
なんだか嬉しそうにテンションの上がった妃馬さんと姫冬ちゃんのお母さんは
ダイニングテーブルのイスから立ち上がり、キッチンへ向かう。
「暑ノ井くん、好き嫌いはなにかある?」
そう聞かれ、あれこれ好き嫌いを言ったら、迷惑だろうし印象悪いだろうなとも思ったが
せっかく作っていただいた料理は美味しくいただきたいと思い
「えぇ〜と、ピーマンとセロリ、あとキノコ類が苦手です」
と答えると
「わぁ〜すごい!妃馬と全く一緒」
と言い、冷蔵庫を開けて恐らくレシピを考えてる妃馬さんと姫冬ちゃんのお母さん。
「妃馬と全く一緒」と言う妃馬さんと姫冬ちゃんお母さんの言葉が耳に残り
なんだか妃馬さんのほうを向きづらくなった。
「すごいですね。お姉ちゃんと共通点いっぱい」
姫冬ちゃんに言われた。なおさら妃馬さんのほうを向きづらくなった。
「え、あぁ〜たまたまでしょ!
こんなお嬢様とこんな平民が共通点いっぱいなわけないじゃん!」
ドッっと背中に軽い衝撃が走る。顔だけを妃馬さんのほうに向けると
妃馬さんが僕の背中に肩叩きのように右拳をぶつけていた。
「お嬢様」
という一言だけを少し不機嫌そうな表情で言う妃馬さんにドキッっとした。
妃馬さん、姫冬ちゃんのご実家にお邪魔して2人のお母さんと顔を合わせ話して
これから晩ご飯までご馳走になるという状況で、ただでさえ鼓動が常時高鳴っている中
そこにセカンドインパクトがやってきて胸が痛いほどだった。
「すいませんすいません」
と謝る。ただ胸は未だに痛いほど鼓動が高鳴っていた。
「あ、そうだLIMEしとかないと」
そう呟きポケットからスマホを取り出し、母にLIMEを飛ばす。スマホを太ももの上に置く。
「あ!そうだ!怜夢先輩!うち可愛い可愛い猫いるんですよぉ〜」
「あ、らしいね!妃馬さんが言ってた」
「えぇ〜と…。あれ?どこ行った?ちょっと待っててください」
と言い立ち上がり廊下に行く姫冬ちゃん。
妃馬さんと2人での空気になぜか気まずさを感じる。
バウムクーヘンの最後の1欠片を口に運び、紅茶の残りも飲み干した。
太ももの上に置いたスマホをソファーの上に置き
小皿、フォーク、ティーカップを持ち、ソファーから立ち上がる。
料理の音が聞こえるキッチンのほうへ向かい
「ご馳走様でした。とても美味しかったです。ありがとうございます」
と料理中の妃馬さんと姫冬ちゃんのお母さんに話しかける。
「あ、どーも。あ、そこ置いといてくれる?」
とシンクを指指す妃馬さんと姫冬ちゃんのお母さんの言う通りに
両手に持った一式をシンクに置いた。
「水出しても大丈夫ですか?」
「あ、うん。大丈夫よ」
僕は棒状の取手を上げ水を出す。小皿、ティーカップに水を溜め、棒状の取手を下げる。
「あ、ありがとうね。お家でもお手伝いとかしてるの?」
「いえ、そんな手伝いなんてほどのものではないんですけど」
「随分慣れてる感じがしたから」
「いえ」
「妃馬と姫冬にも教えてあげて」
と妃馬さんと姫冬ちゃんのお母さんが笑いながら冗談を言う。
その冗談になんと返していいかわからず僕も軽く笑う。そんなことをしてたら妃馬さんが
「怜夢さん!」
と僕の名前を呼ぶ。妃馬さんのほうに視線を向けると妃馬さんが僕のスマホを掲げていた。
小さな画面を見るとLIMEの無料通話がかかってきていた。歩いて妃馬さんの元に向かう。
「あ、ありがとうございます」
そう言ってスマホを受け取る。今一度画面をよく見ると「かあさん」の文字。
「すいません。ちょっと外出てきます」
と言い玄関へ向かう。
「はぁーい」
という妃馬さんと姫冬ちゃんのお母さんの声が聞こえる。
「あ、怜夢先輩、この子が…」
と姫冬ちゃんの声の方向を向き、猫を抱っこした姫冬ちゃんにスマホの画面を指指して
「ちょごめん」
と言い靴の踵を踏み、玄関のドアを開き外へ出る。