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篠崎はエンジンを掛けると、オプションをのせた画像の紙だけを入れた封筒を胸に抱いた新谷を見た。
助手席に座り、放心したように、前方を眺めている。
「お前さ」
話しかけると、彼はやっと篠崎の存在を思い出したかのようにピクリと反応した。
「どうせなら、お遊びの写真見せてやりゃあいいのに」
言うと新谷は、また視線を前方に戻したあと、ゆっくりと6階の窓を見上げた。
「迷ったんですけど、やっぱり死にゆく人に、嘘はつけないかなって」
瞬きを繰り返すと、その視線を篠崎に向けた。
「家が建ったときに、お祖母さんが、“どれどれ”って見にきて、“写真と違う!”ってガッカリしたら嫌じゃないですか」
それは彼女の死後のことを言っているのだろう。
「それにセゾンの家はオプションなんてつけなくても、“豪邸”なんで。あのお祖母さんならそれがわかると思って」
新谷は潤んだ目で微笑みながら、また視線を病院に戻した。
「…………」
不覚にも目頭が熱くなり、篠崎はギアをドライブに入れて発進させた。
「……まあ、“家が建った”って言った時点である意味嘘だけどだな」
おどけて優しく突っ込むと、
「嘘ではないです。未来の話です」
新谷は篠崎を見上げた。
「素敵な家を……篠崎さんが絶対に建ててくれますから」
その目から透明な涙が一粒零れ落ちた。
「……そうかよ」
やっとのことでその吸い込まれそうな瞳から目を離すと、篠崎はハンドルに軽く凭れた。
「………ッ」
喉の奥と胃袋に重苦しい痛みが走る。
(なんだこれ……!)
何年も感じたことのない痛みに思わず上半身を捻る。
「事務所に戻ったら、石澤さんに契約の日を変更してもらいたいこと、俺から電話します。きっとわかってくれますよね」
「……そうだな」
新谷の言葉に相槌を打つのが精いっぱいだった。
息をついて助手席から流れていく風景を見ている、新谷の白い首元を横目で見る。
(……嘘だろ。……まさか……)
痛む胃のあたりをさすりながら、篠崎も前方に目を移し、眉間に皺を寄せて、ハンドルを握りしめた。