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その日の朝、テレビが映し出したのは、もはや「暴動」という言葉では片付けられない惨状だった。画面の向こう、慣れ親しんだ駅前のロータリーで、人々が獣のように重なり合い、互いの喉を食い破っている。
『……現在、新宿区の一部地域に避難勧告が出ています。暴徒化した市民は……いえ、彼らは言葉を発しません。ただ、生存者に襲いかかり……カメラを、カメラを止めて——!』
砂嵐に消える画面。etはリモコンを握りしめ、指先が白くなるほど力を込めていた。隣で妹が不安そうに、ボロボロのシャツの裾をギュッと掴んでくる。
et:「……大丈夫だよ。ただの大きな喧嘩みたいなもん。すぐに警察が片付けてくれるし、気にしなよ」
etはサバサバと笑い、妹の頭を少し乱暴に、けれど慈しむように撫でた。だが、その視線は部屋の隅に置かれた「マナ」のロゴ入りジャケットに釘付けになっている。
昨晩、彼女のもとに届いた一通の通知。
『非常事態につき、警備部門の臨時リーダーに任命する。至急、本社へ向かえ』
清掃員として、誰にも見られずゴミを拾っていた自分に、なぜ。
一瞬の戸惑いは、父親の遺した「見栄」という名の呪縛にかき消された。
et:「……ほら、お姉ちゃん、実はすごい仕事任されちゃったんだ。この街を守るヒーローみたいなもんかな」
そう言って胸を張る。鏡に映る自分は、安物のジャケットを羽織っただけの、ただの空腹な少女だ。けれど、嘘を重ねるたびに、自分が本物の「選ばれし者」になれるような気がして、彼女はわざとらしく鼻を鳴らした。
巨大企業「マナ」の本社ビルは、パニックに陥った街の中で、唯一の聖域のようにそびえ立っていた。エントランスに足を踏み入れたetを待っていたのは、重装備の男たちと、彼らを指揮する幹部のmfだった。
mf:「待っていたよ、etさん。君のあの『ハッタリ』の効いた強気な態度は、今の臆病な民衆を導くのに最適だ。君を、我が社の防衛の顔……『街の守護者』に任命する」
次々と手渡される装備品。最新式の無線機、重厚なタクティカルベスト、そして鈍い光を放つ金属バット。最後に、腕に巻かれたのは「リーダー」を示す鮮やかなオレンジ色の腕章だった。
昨日まで自分をゴミのように扱っていた社員たちが、今はetに敬礼を送り、指示を仰いでいる。
et:「……任せなよ。これくらい、私一人でなんとかなるし。ゾンビだかなんだか知らないけど、私の前に立たせないからさ」
サバサバと応じる声に、自分でも驚くほどの熱がこもる。
実際には、ベストの下で心臓が壊れた時計のように激しく脈打っている。けれど、周囲の称賛と期待の眼差しが、その恐怖を塗り潰していく。
「自分はエリートだ。特別な存在だ」
それは、空腹で野草を食べていた惨めな昨夜の自分を忘れさせる、極上の麻薬だった。
「……随分と、お似合いの『舞台衣装』ですね、etさん」
喧騒の向こうから、聞き慣れた、けれど今の状況にはあまりに不釣り合いなほど穏やかな声が響いた。桃色の髪を揺らし、タブレット端末を手にしたnaが、人混みを割ってゆっくりと近づいてくる。
et:「……naさん。見てよこれ、私の新しい『役職』。設計士様も、今夜からは私に守られる立場ってわけ」
etはわざとらしく腕章を見せびらかし、勝ち誇ったように笑った。
だが、naはその瞳の奥にある「震え」を、まるですりガラスの向こう側を透かすように、まっすぐに見つめていた。
na:「……そうですね。とても誇らしげで、美しいです。……でも、私の計算機(シミュレーター)には、あなたの『安全』という文字がどこにも表示されないんですよ?」
naは一歩、etのパーソナルスペースに音もなく踏み込んだ。彼女のまとう、清潔な石鹸とインクが混じったような香りが、血生臭い外の世界の空気を一瞬だけ遮断する。
na:「その腕章は、あなたを飾るためのものではありません。……いつかあなたを、底なしの泥沼へ引きずり込むための『重り』なんです。あなたは、自分が何を背負わされているか、分かっていますか?」
et:「……っ。何が言いたいの、縁起でもない。……気にしなよ、私はもう、あんたたちとは違う場所にいるんだから。……行かなきゃ、仕事があるんだ」
etは逃げるようにその場を去った。背中に突き刺さる、naの冷たく、そしてどこか「獲物」を定めるような執着に満ちた視線を振り切るように。
ビルの最上階、分厚いガラスに守られた司令室。
naは窓から、眼下で避難を待つ民衆と、その最前線で武器を手に「ヒーロー」として振る舞うetの後ろ姿を見下ろしていた。
手元のタブレットには、防衛システムの設計図……ではなく、etのバイタルデータ、家庭環境、そして父親の不名誉な記録に至るまでのすべての情報が、緻密なアルゴリズムで整理されている。
na:「……ふふ。もう少しです。その『見栄』が、あなた自身の首を絞め、絶望という名の地獄に叩き落とされるまで、あとどれくらいでしょうか」
naは、画面上のetの心拍数を示す波形を、愛おしそうに指先でなぞった。
na:「あなたがすべてを失って、プライドも命も捨てて、私の名前を呼ぶ。……その瞬間まで、あとわずか。……楽しみですね、etさん。あなたの世界が壊れる音、一番近くで聴かせてください」
naの唇が、おっとりとした微笑みを象る。
街の至る所で爆発音が響き、不気味な咆哮がビルの壁を伝って昇ってくる。「黄金の檻」の中で、etが真実という名の地獄を知るまでのカウントダウンは、すでに最終局面に入っていた。
2話終了
次回3話
【現在の進行状況】
第1話 虚飾の晩餐
世界観: 原因不明の感染症(ゾンビ化)が静かに街を侵食し始める。
etの現状: 極貧生活の中、妹に嘘をつきながら「見栄」だけで生きている。
naの登場: 清掃員として働くetの「嘘」と「ボロボロの靴」を冷徹に観察する設計士として登場。
第2話 黄金の檻:
急展開: 街がパニックに陥る中、etが巨大企業「マナ」の警備リーダー(街の守護者)に大抜擢される。
etの心理: 偽りの権力と称賛に酔いしれ、「自分はエリートだ」と錯覚し始める。
naの暗躍: etの抜擢が「生贄(トカゲの尻尾切り)」であることを知りながら、彼女が絶望して堕ちてくる瞬間を「設計図」を描いて待ち構えている。