テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
――ガッ
遠くで、音がした。
分かってる。
何の音かなんて、嫌でも。
それでも――
振り返らなかった。
「……っ」
喉の奥が、焼けるみたいに痛い。
呼吸が、うまくできない。
それでも、足は動かさない。
(……これでいい)
選んだ。
自分で。
だから――
「……帰るぞ」
三ツ谷隆の声。
すぐ隣から聞こえる。
その“いつも通り”が、やけに遠い。
「……うん」
うまく声が出ない。
それでも、なんとか返す。
二人で、歩き出す。
さっきまで三人だった道を。
並んで。
でも――
一人分、空いている。
(……終わった)
これで、全部。
やっと。
やっと――
「……なぁ」
三ツ谷が、ふと口を開いた。
「なんか、変じゃね?」
足が止まる。
「……何が?」
「分かんねぇけど」
周りを見渡す。
「なんか足りねぇ気がする」
その言葉に、心臓が跳ねた。
(……やめて)
それ以上、言わないで。
気づかないで。
「……気のせいだよ」
すぐに否定する。
しなきゃいけない。
これは“正しい世界”なんだから。
「そうか?」
三ツ谷が、少し首をかしげる。
「まぁ、いいけど」
そのまま、また歩き出す。
(……大丈夫)
ちゃんと、成功した。
三ツ谷は生きてる。
隣にいる。
それでいい。
それで――
――ピロン
小さな音。
ポケットの中。
嫌な予感が、走る。
ゆっくりと、スマホを取り出す。
画面を見る。
そこに表示されていたのは――
“松野千冬”
「……え」
息が止まる。
(なんで)
だって今。
さっき。
確実に――
震える指で、通知を開く。
そこにあったのは、短い一文。
『なんで止めなかった?』
思考が、止まる。
「……は?」
声が漏れる。
三ツ谷が振り返る。
「どうした?」
聞こえていないはずなのに。
その声すら、遠い。
(……違う)
おかしい。
こんなの、おかしい。
だって千冬は――
――ピロン
もう一度、音が鳴る。
次のメッセージ。
『見てるよ』
全身の血が、一気に冷える。
ゆっくりと、顔を上げる。
周りを見る。
誰もいない。
でも――
「……いる」
確信があった。
どこかに。
“まだいる”。
「……っ」
息が荒くなる。
「どうしたって」
三ツ谷が近づく。
その瞬間――
「――っ!!」
強く、腕を掴んだ。
「離れないで」
思わず、声が出る。
三ツ谷が驚いた顔をする。
「は?どうしたお前」
「お願い」
必死に、縋る。
「離れないで……!」
その瞬間。
――ガッ
すぐ近くで、音がした。
さっきより、近い。
嫌な音。
「……え?」
ゆっくりと、振り向く。
そこにいたのは――
「……は?」
三ツ谷の声が、重なる。
目の前。
ほんの数メートル先。
そこに――
“もう一人の三ツ谷”が、倒れていた。
時間が、止まる。
「……なに、これ」
理解できない。
隣に、いる。
なのに、前にもいる。
同じ顔。
同じ服。
同じ――
「……あ」
気づいてしまった。
「……あ、あは」
笑いが、こぼれる。
止まらない。
(……そういうこと)
選んだ、はずだった。
三ツ谷を残して。
千冬を捨てて。
それで、終わるはずだった。
でも――
「足りねぇんだよ」
背後から、声。
あの声。
振り返る。
影が、立っている。
「一人じゃ」
低く、笑う。
「バランスがな」
世界が、ぐにゃりと歪む。
「やめて……」
声が震える。
でも、止まらない。
「選んだだろ?」
影が近づく。
「じゃあ、その結果も受け入れろよ」
耳元で、囁かれる。
「“どっちもいない世界”をな」
その瞬間。
隣の三ツ谷の手が――
するりと、消えた。
「……え」
何もない。
さっきまで、確かにあったのに。
温もりも。
存在も。
全部。
「……やだ」
声が出る。
遅い。
全部、遅い。
前に倒れていた三ツ谷も――
ゆっくりと、消えていく。
「やだ……やだ……!」
手を伸ばす。
掴めない。
何も。
誰も。
「やだぁああああ!!」
叫びが、空に溶ける。
誰にも届かない。
何も残らない。
ただ一人。
取り残される。
(……ああ)
最後に、理解した。
これは罰だ。
選んだ罰。
見捨てた罰。
――何も残らない。
その現実だけが、残った。
――春の匂いがした。
17