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――正直、私はこの世界が大好きだ。
私たちを散々な目に遭わせたこの国は嫌いだけど、ひとつのファンタジー世界として捉えるのであれば、この世界のことを想っただけで心が躍る。
ぷちっ
夜、私は自分の部屋で作ったばかりの『ぷちぷち君』のひとつを指先で潰してみた。
……ああ、何とも懐かしい音。そしてこの感触。
この快感を知った者にとっては、これを潰していくのは魅惑的なことだ。
しかし――
「この触感、この世界では初……!」
『英知接続』をフル活用しながら、よく分からないルートを辿ってようやく作り出すことのできた『ぷちぷち君』。
細かいことは分からないが、錬金術というよりも化学的なところで何かごにょごにょやっていたのだろう。
完成はしたものの、その詳細まではよく理解できなかった。
……錬金術スキル、レベル99を以ってしてもだ。細かく理解するには、きっと化学スキルが必要なのだろう。
「うぅーん……。確かに便利そうなんだけどー……」
何を悩んでいるかと言えば、そもそもこの素材。質感からして、この世界には今まで無かったものだ。
以前作った『付箋』は、結局のところ『紙』である。
しかしこの『ぷちぷち君』、見るからにオーパーツ的な雰囲気が伝わってくる。
……いや、別に広めちゃえばそれはそれで広まっちゃうだろうけど、何となく、個人的には広めたくはないというか。
私は何でも作れるとは言え、今の文明からあまりにも逸脱したものを作ってしまえば、この世界が築き上げてきたものが侵されてしまう。
便利なのは良いことだけど、やりすぎると元の世界にどんどん近付いてしまうわけで……。
例えばスマホなんて作ろうものなら、文明レベルで大きく変わってしまう。
私がそんなものを求めているかといえば、答えはノーだ。
というわけで――
「……『ぷちぷち君』はお蔵入りにしておこう……。
緩衝材は、紙とかで考えてみるかー」
紙の細切れを入れておくだけでも、衝撃にはそれなりに強くなる。
『ぷちぷち君』と比べてしまえば簡素なものになってしまうけど、今のところはそれでも問題ないかな……。
ぐぅ……
「ん?」
突然の音に驚くも、何のことはない、自分のお腹の音だった。
時間は22時。寝るには少し早いし、何かを食べるには時間がある。
アイテムボックスにはある程度の料理が残っているけど、さすがにそれではがっつり過ぎるし……。
こういうときのために、ちょっとしたお菓子くらいは用意しておくべきだったかな。
お菓子と言えば――
「エミリアさん!」
……が、自然と思い出される。
お菓子というか、食べること自体がすでに関連付いてしまっているんだけど。
さすがにエミリアさんのことだから、お菓子を何も持っていないということはないだろう。
たまには部屋にでも、遊びに行ってみようかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エミリアさんの部屋に行くと、彼女はパジャマ姿で出迎えてくれた。
「はーい? あれ、アイナさん?」
「突然すいません。ちょっとご相談がありまして」
「え? はい、何でもどうぞ! 中に入りますか?」
「えーっと……どうしようかな。ちなみに今、何をしているところでした?」
「今はお勉強をしてました! 光魔法のお勉強、ですね」
エミリアさんは使える魔法がたまに増えていることがあるが、それは日々の勉強の成果なのだろう。
私も見習わなくては……!
……そう言えば王国軍との戦いも終わったことだし、そろそろ私も行動に移さなくてはいけない。
やるやる詐欺はダメなのだ。
「あー、勉強の邪魔はできませんね……。
それじゃ、ここで大丈夫です」
「そうですか? 気にしないでも大丈夫ですけど」
「いえいえ。それで、ご相談なんですけど……」
「はい!」
「何かお菓子、持ってませんか?」
「えぇーっ!?」
私の相談に、エミリアさんはずっこけそうになった。
「す、すいません。何だかちょっと、お腹が空いちゃって……」
「アイナさんにしては珍しいですね……!
何か差し上げたいところですが、食べるものは何もなくて」
「あ、そうなんですか」
私としては、それこそが珍しいと思ってしまった。
いや、それはエミリアさんに失礼か……。
「はい、そうなんです。
王国軍との戦いの合間に、全部食べちゃったんですよ」
……がくん。
私のイメージを、エミリアさんは裏切らないでくれた。
「あはは、それは残念。そのうち一緒に、補充しに行きましょうね」
「いいですね! 是非ご一緒させてください!」
「はーい。それじゃお勉強中にお邪魔しました。頑張ってくださいね!」
「分かりました! ご期待ください!」
……ふむふむ、次は一体どんな魔法を覚えるのかな?
今後も一緒に冒険する機会はあるだろうし、これはしっかり期待しておこう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エミリアさんと別れたあと、何となく食堂に行ってみる。
メイドさんがいたら、何か無いかを聞こうと思ったんだけど――
「誰もいない」
ぐぅ
私の言葉に、お腹の音が器用に答えてくれた。
まずいまずい、このままいったらそのうちお腹の虫が意思を持ってしまいそうだ。
「うーん、ダメ元で厨房の方に行ってみようかな……」
自分のお屋敷ですら、厨房は少し行きにくい場所だった。
他人様のお屋敷であれば、さらに行き難くはあるけど――まぁまぁ、今日は特別ということで。
明日からはお菓子を常備するようにするから、今日だけはごめんなさい……っと。
……とは言うものの、さすがにずかずかと進んでいく度胸は無い。
恐る恐る、様子をみながら慎重に進んでいくと――
「――ちょっと、あなた! そこで何をしているの!?」
「ひゃっ!?」
突然背後から聞こえた女性の声に、私は驚いてしまった。
やっぱり勝手にこっちに来るのは怒られちゃうか――
……ひとまず謝ろうとその女性の方に振り向くと、そこには思いがけず懐かしい顔があった。
「え? ……アイナさん!!」
「ルイサさん!?」
私が以前クレントスにいたとき、ずっと泊まっていた宿屋の女将さん――
……今はアイーシャさんの身のまわりのことをしているとは聞いていたけど、クレントスに戻ってから会うのは初めてだった。
「あらあら、あらあら!
久し振りだね! 噂は聞いていたけど、このお屋敷にお世話になっていたんだね!」
「お久し振りです――むぎゅ!?」
急いで近付いてきたルイサさんに思い切り抱き締められて、私の身体と言葉は押し潰されてしまった。
おお、以前よりも力強くなったような……。
1分ほど抱き締められてから、私はようやく解放された。
「はぁ、ずっと会いたかったんだよ!
私もこのお屋敷に戻ってきたばかりだから、まさかアイナさんがいるとは思わなかったわ」
「ルイサさん、このお屋敷にいるような話を聞いていたんですけど、そういえば見ないなぁって。
今までどこかに行っていたんですか?」
「えっとね。アイーシャさんから頼まれて、アルデンヌ伯爵のお屋敷で働いていたの」
「え? それってヴィクトリアの家……?」
何だかんだですっかり忘れていたその名前。
今となってはもう、結構どうでもよくなっていたかもしれない。
「そうなのよ。あの人たちが変な動きをしないようにね、私が行くように言われて。
本当ならあんな家族よりも、アイーシャさんの世話をしていたかったのに!」
「あ、あはは……」
ぐぅ
私の乾いた笑いと一緒に、お腹の虫も突然声を上げた。
「あら? アイナさん、お腹が空いてるの?」
「す、少しだけ……。それで、厨房に誰かいないかなって……」
「そう言うことだったのね。
簡単なものを作るから、これからいろいろとお話をしましょう!」
「良いんですか? それなら是非!」
思わぬ人との再会と、ありがたいお夜食。
早々に自分の部屋に戻るつもりではあったけど、これは何とも嬉しい誤算♪