その日の夜も、青葉は、あかりの店に行ってみた。
「ああ、木南さん」
とカウンターの中にいて、スマホを見ていたあかりが顔を上げる。
「コバエは元気か」
「知らないですよ。
何処かに旅立ちましたから」
そこであかりは表情をくもらせる。
「日向もいつか親の元を離れて……
いや、私のことは姉だと思ってるんですが。
飛び立っていってしまうんですかね?」
「飛び立たなくても困るだろう。
っていうか、お前は、何故、コバエを見て我が子を思う……」
まあ、内容はともかくとして。
こうして、二人で日向のことを語るのは、ほんとうの夫婦みたいで、ちょっと嬉しくもあった。
あかりが窓から街の灯りを見て、呟く。
「でも、ひとつ、わからないことがあるんですよね……」
俺も昨日から、いろいろとわからないことだらけだ……と思ったとき、あかりが言った。
「コバエ、小銭のところじゃなくて、札入れの方から出てきたんですよ。
どうやって入ってたんですかね?」
「……どうでもいいよ」
こいつは話していると気が抜ける、と思いながら、青葉はカウンターに目をやった。
「お、結局、カフェになったのか?
なにやら喫茶店のような感じに、カップやコーヒーサイフォンが並んでいたからだ。
「いえいえ。
そんな急に営業できませんよ。
でも、『なんかもう、カフェになるかもしれません』とか言いながら、いらっしゃったお客様に、サービスでお茶、お出ししたりしてるんですよね」
客と商品を眺めながら、ゆっくり話しているあかりが思い浮かんだ。
ほっこりする光景だ。
儲けを考えないのなら、それもいいかもしれないが……と思いながら訊いてみた。
「ネットショップはどうなった?」
他の人が訊いていたら、
いや、それ以前に、お前らの関係はどうなった?
と突っ込まれそうだなと思いながらも、訊いてみる。
「あ、それなんですけど。
木南さんが言ってくださったみたいに、目玉商品がすぐ目に入るように組み替えてみたので、見てください」
とあかりがカウンターにノートパソコンを持ってくる。
二人で、それを眺めながら、
こういう時間を積み重ねっていって。
いつか昔の信頼関係を取り戻せたら、と思っていたが。
……そんな呑気にやっていて大丈夫だろうか、とも思っていた。
きっとあいつがあかりに猛アタックしてくるに違いないのに。
もしも、俺の顔があかりの好みなら、きっとあいつの顔も好みだろうからな、と大吾に怯える青葉は知らなかった。
あかりは、青葉の顔は、別に好みでもなんでもなかったことを。
もともとのあかりの好みは、堀様のような繊細な顔で。
青葉のようなキリッとした顔は好きではなかった。
堀様よりも、共演していた原という俳優の方が青葉に似ていたのだが。
まったく好みではなく。
寿々花と二人、
「なんで、原さん応援しないんですか。
息子さんによく似てますよ」
「あなたこそ、なんで、原さん、応援しないの。
うちの息子の顔が嫌いなのっ?」
と言い合って揉めていた。
なので、大吾の顔が自分と同じことは特に問題ではなく。
むしろ、あの強引さの方が怖いことを青葉はまだ知らなかった。
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