寒い冬の日、ある病室の窓が開いていた。
冬の冷たさと、雪へと変わりつつある雨の冷たさが、風に乗って次々と病室に吹き込んでくる。
その凍えるような病室にいる彼女の病は、血液がんだった。
そんな寒い病室に、突然ドアが開いた。
入ってきた看護師は、室内の冷え込みに思わず息を飲んだ。
しかし、文句ひとつ言わず、震えながらも、光を失った彼女の瞳を見つめて、静かに声をかけた。
「齋藤さん。北村 颯汰様からお手紙が届きました」
光を失っていたはずの彼女の瞳に、わずかな輝きが戻った。
北村颯汰――。
その名前は今、金持ちたちの間で頻繁に語られる有名な存在だ。
だが、彼がまだ誰にも知られていなかった頃から、そばで支え続けた人物がいた。
その人物こそが、今目の前で、血液がんに苦しみながら病室に横たわる少女だった。
彼女の名は、齋藤 春夏。
「読む前に、窓を閉めますね」
看護師は、手紙をそっと彼女に手渡しながら、優しく声をかけた。
春夏は手紙を見つめたまま、静かに頷いた。
「私が読みましょうか?」
なかなか手紙を開こうとしない春夏を見て、看護師はそっと問いかけた。
春夏は一瞬ためらったが、目を閉じ、少しだけ悲しそうな笑みを浮かべながら首を横に振った。
彼女は字が読めないわけではない。
ただ――
この手紙を開いたら、彼とはもう本当に触れられない気がしたのだ。
何年もそばで支え続けた彼を、今ではテレビ越しにしか見ることができない。
だから、春夏はうすうす気づいていた。
病にかかってから何年も、手紙を送り続けた。
そして、やっと届いた彼からの返事。
けれど、それは最初で最後のものになるのかもしれないと。
震える手で、春夏は恐る恐る封を開けた。
そして読み終わったとき、骨ばった両手が震えだした。
手紙の上に、ぽたり、と温かいしずくが落ちた。
それは、彼女の涙だった。
覚悟はしていた。
それでも、今まで想い続けた人に、あっさりと突き放されるのは、やはり悲しかった。
彼女が泣き出すのを見て、看護師は何かを言おうとしたが、言葉を飲み込み、頭を下げてそっと病室を後にした。
手紙には、たった一言だけが書かれていた。
『今までありがとう。そして、さようなら』
大きな紙に、ただその短い一文だけが。
そのたった一言で、春夏の青春は終わった。
――いや、正確には、それよりずっと前から終わっていたのかもしれない。
血液がんと診断されたその日から。
いや、それよりもっと前、彼女の美しい青春は、すでに終わっていたのだ。
彼と共に歩むはずだった未来も、
幸せになるはずだった彼女自身も。
すべてが、雪に溶けて消えていった。
コメント
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普通の恋愛であってくれ普通の恋愛であってくれ
ミステリーでは無くただの普通の恋愛であってほしい