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ぽん
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とうめい
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あれからまた暫く経った日のこと。
今回、ルシアンから指定された「特別メニュー」の場所は、いつもの地下区画のキューブではなかった。
端末のナビが示す目的地は、第8セクターの中でもさらに上層部。私のような落ちこぼれの学生には縁のない、高級店や有力な会員制クラブが立ち並ぶ煌びやかな歓楽街だった。宙に浮く豪奢なホログラム広告が夜の街を彩り、すれ違うサキュバスたちは皆、洗練された身なりと余裕のある笑みを浮かべている。
(私なんかが、こんなところ歩いてていいのかな……)
ただでさえ目立つのが苦手な私は、完全に場違いな空気に萎縮し、すっかり背中を丸めて歩いていた。
ルシアンから送られてきたナビゲーションに従って歩を進めると、やがて一際目を引く、重厚で巨大な建物に行き着いた。
恐る恐るエントランスに足を踏み入れ、受付でルシアンから事前に渡されていた黒いカードキーを提示する。追い返されるんじゃないかとビクビクしていたけれど、スタッフはカードを見るなり恭しく頭を下げ、驚くほどスムーズに中へと案内してくれた。
建物の中は、外の喧騒が嘘のように落ち着いた、けれどむせ返るほどに濃密な空気が漂っていた。
広々としたラウンジでは、学校の生徒たちとは比べ物にならないほど色香を漂わせた大人のサキュバスたちが、グラスを傾けながら談笑している。空間に漂うフェロモンすらも、甘く、深く、どこか暴力的なまでの魅力に満ちていた。
私は息を詰めるようにして案内人の後ろを小走りついていき、ふかふかの絨毯が敷かれた廊下を進み、指定された部屋の前に辿り着いた。
案内人が一礼して去っていくのを見送り、私は大きく深呼吸をした。
コンコン、と控えめにドアをノックする。
「……」
返事はない。もう一度ノックしてみたけれど、やはり静かなままだ。
「……失礼、します」
小さく声を漏らし、重いドアをゆっくりと押し開けて中に入った。
ドアが閉まると、ラウンジの喧騒が嘘のように完全にシャットアウトされた。
そこは、静かで、厳かで……飾ってはいるけれど決してわざとらしくない、洗練された調度品に囲まれた、とてつもなく豪華な寝室だった。ふかふかの絨毯が足音を吸い込み、間接照明が部屋を淡く照らしている。部屋の中央には、天蓋付きの巨大なベッドが鎮座していた。
(ルシアン、まだ来てないのかな……)
部屋の中を見渡しても、あの見慣れた水色の髪は見当たらない。少しだけ、胸の奥がしゅんと萎んだ。
ルシアンに貰った抑制剤のおかげで、この前のペア実習ではパニックにならず、初めてまともに最後までやり遂げることができたのだ。優しいペアの子に初めて褒めてもらえた。
そのことを、一番にルシアンに報告したかったのに。色んな話したいことがあったのに。
そんなことを考えながら、手持ち無沙汰に部屋の入り口で立ち尽くしていると――不意に、部屋の中央にあるベッドのシーツが、のそりと動いた。
「ひゃっ……!」
ルシアン!?
驚いて肩を跳ねさせたけれど、シーツの隙間から現れたのは、ルシアンではなかった。
間接照明の光を弾く、眩しいほどに明るい金髪のロングヘア。その隙間から覗く、獲物を値踏みするような、妖しく光るピンク色の瞳。
「…………緊張……怯え……不安」
甘く、少し掠れた声。
ルシアンの持つ「王子様」のような中性的な魅力とは全く違う、圧倒的な「大人」としての色気を放つ見知らぬサキュバスが、気だるげに私を見つめている。
ルシアンと同じくらい――いや、それ以上に圧倒的な存在感を放つその姿に、私は完全に思考を停止させ、その場にカチンと固まってしまった。
――大きい。
ルシアンも私より背が高いけれど、目の前の女性はさらにその上をいく長身だった。
本能的な恐怖に駆られ、思わず後ずさりをする。けれど、数歩下がったところで踵が硬いものにぶつかり、背中がピタリとドアに張り付いてしまった。もう逃げ場はない。
気まずさと怯えで顔を上げられず、咄嗟に視線を逸らして下を向く。
けれど、そうすると薄いシルクのルームウェア越しに、彼女の豊満すぎる胸の谷間や、滑らかで肉感的な腰のラインが嫌でも視界に入ってきてしまう。同じサキュバスとして、あまりにも格が違いすぎた。
「それと……ふふっ」
ペタリ、ペタリと絨毯を踏む音が近づき、私の目の前で止まる。
ふわりと、熟れた果実と麝香(ムスク)が混ざったような、むせ返るほど甘くて濃厚な大人の香りが鼻を掠めた。
するりと伸びてきた長い両手が、私の顔を左右から包み込む。
「ひぅっ……」
逃げられないように顎を固定され、無理やり顔を上げさせられた。
間接照明の薄暗い光の中、妖しく光るピンク色の瞳が至近距離で私を覗き込んでくる。その瞳はどこかとろんと焦点が合っておらず、気だるげに細められていた。
私は怖くてたまらず、ギュッと目を逸らす。視界がぼやけ、今にも泣き出してしまいそうだった。
「……んふ。悪い子」
彼女はポツリと寝言のように呟いたかと思うと、私の脇の下に腕を差し込み、まるで小さな子供やぬいぐるみを扱うかのように、ヒョイッと軽く抱き上げてしまった。
「えっ……!? あ、あのっ……!」
足が床から離れ、パニックでバタバタと暴れようとするけれど、彼女の腕力には全く敵わない。
そのまま私はベッドへと運ばれ、ふかふかのシーツの上へ無造作に転がされた。起き上がる隙も与えられず、背後からのしかかるようにして彼女の長い手足が絡みついてくる。
「ひゃあ……っ!?」
完全に抱き枕扱いだった。
豊かな胸が背中に押し付けられ、私の抵抗など意に介さないまま、彼女の顔が私の首筋へと埋められる。
「ん……ちゅ……」
びくり、と肩が大きく跳ねた。
耳先を、熱い吐息とともに甘噛みされたのだ。
ちゅぷ、と舌先で耳の裏を舐め上げられ、背筋に強烈な電流が走る。相手が無意識のスキンシップのつもりでも、大人のサキュバスの纏う濃密なフェロモンと愛撫は、私の未熟な身体をゆっくりと火照らせていく。
(どうしよう、どうしよう……っ! 薬、飲んでないのに……っ!)
このままじゃ、また勝手に発情してどうにかなってしまう。
涙目でシーツを握りしめ、ギュッと目を瞑った――その時だった。
ガチャリ。
重いドアが開く音が、静かな寝室に響き渡った。
「……リルティ?」
聞き馴染みのある、あのハスキーで落ち着いた声。
私は弾かれたように目を開け、ドアの方へと視線を向けた。
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