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「ルカス、ルカス……呼んでる」
ソニド洞門をどうするべきか。そう悩んでいるとナビナがローブの端を引っ張っている。どうやらずっと俺を呼んでいたようで、ナビナの指はそのまま誰かに向けられた。
一人の男がテントの陰に隠れながら俺を見ているようだ。
「うん? 誰だろう……」
「知らない人」
「それはまぁ。イーシャ、君はどう?」
「……いいえ、わたくしにもさっぱり」
ここは他大陸からの商人が多くいる時があるし、おそらくそういう類《たぐい》だな。しかし俺を見るその男の眼光は商人にしては異常に鋭く、強烈に何かを訴えている。
「害は無さそうですけれど、見たことがない派手色な商人の格好をしてはいますわね。けれど、もしかしたらマスターを追って来た帝国の者なのでは?」
「いやぁ、さすがに商人まで敵に回した覚えはないかな……」
イーシャの言うように帝都では見たことのない格好だ。鮮やかな赤い刺繍が胸の辺りに見え、商人としては珍しく白色のダブレット《綿鎧》を装備している。商人がダブレットを着るのは珍しい。少なくとも帝国関係にあんな色合いの装備をした者はいなかったはず。
「ルカス、どうする?」
もし交渉事なら、ウルシュラが得意にしているし彼女に任せたい。しかし眼光だけで判断すれば、敵の可能性もあるし難しいところだ。
様子を見よう……そう思っていたら、
「ルカスさ~ん!」
商人らしき男の近くで、ウルシュラの声が聞こえてきた。ウルシュラの隣にはミルの姿もある。二人とも食べ物を手にしながら満足そうな顔だ。
「本当に呑気な二人だな……」
「ですけれど、ネコ族が警戒していないのは危険じゃないからなのでは?」
「ナビナはどう思う?」
「……分からない。でも、きっと何か知ってる感じもする」
以前よりもナビナが大人しい。先のことが分かってそうなことも言わなくなったし、あまり話をして来なくなった。
もしや俺から離れてウルシュラに戻ってしまったんじゃ?
それはともかく気になる以上こっちから近づくことにする。
そう思っていたのに、
「ルカスさん、この人がルカスさんにお話があるそうです~!」
「あっ……うん」
こちらの警戒心などお構いなしに、ウルシュラが連れて来てしまった。間近で見る男の顔は、俺に向けていた眼光とは程遠い気の抜けた顔を見せている。格好とは別に髪はぼさぼさで、あごひげを生やした締まりのない男だ。
「へっへっへ、どうも」
話しかけたその態度もまるで覇気が感じられない。態度だけで判断は出来ないし油断禁物ではあるが。
「……俺に何か話でも?」
「おたくを冒険者とお見かけしてるんすが、ログナド大陸に渡りたい……そう思ってやしませんかねぇ?」
「! どうしてそう思うんだ?」
この腰の低い感じは帝国関係じゃ無さそうだな。しかし態度だけで判断は出来ない。
「いやいやぁ、食べ歩きのお嬢さんたちはともかく、おたくらの気配はここじゃあ目立つんすよ。目的はここじゃぁなくて、ログナド大陸! そうすよね?」
確かに何か買うでも無いから目立ちそうではあるけど。何でログナド大陸に向かうかを聞いてくるのか、それが分かるまでは気を抜けないな。
「――何か後ろからついて来ていると思ってましたけれど、この男でしたのね」
「へ? イーシャは気付いてたの?」
「ええ。その男の懐から呪符の気配を感じましたので」
「なるほど……」
そんなに呪符って手に入るものなのか?
「……見たところ商人のようだけど、あんたがログナド大陸に行く方法でも教えてくれるとでも言うのか?」
「へっへっ、それじゃあ、ソニド洞門の前までついて来てくれませんかねぇ? そこで話するんで」
「その前に、俺は冒険者ルカス・アルムグレーンだ。あんたはどこから来た?」
この場合は俺から名乗る方がいい。敵じゃ無さそうだしまずは話を聞く。
「あっしはキーリジアの商人すよ、だんな。とにかく、ついて来てくれませんかねぇ」
そう言うと、商人は足早にソニド洞門に向かい始めた。商人の姿がかろうじて見える範囲の中、反応の遅いウルシュラが声を張り上げる。
「えええっ!? 今、キーリジアって言ってましたか?」
「そう言ってたけど、ウルシュラは知ってるの?」
「ええと、キーリジアはですね……」
「ミル、知ってるみゃ。キーリジアはログナド大陸にある町みゃ!」
ウルシュラが話しづらそうにしているのはそういうことか。聞いたこと無い名前だと思っていたけど、ログナド大陸にある町ってわけだ。そうすると商人の男はログナド大陸から来たってことになる。
「ルカス、置いていかれる。急いで」
「そ、そうだね。急ごう」
「商人が呪符……きな臭いですわね」
ウルシュラだけ何とも言えない表情になっているが、とにかくあの男が待つところに向かえばログナド大陸に渡れるかもしれない。